第93話 ハーフダークエルフ

「コルネラさん!」

 戸を激しく叩く音が部屋の中まで響いた。

「はいはい」

 コルネラが急ぎ足で戸口まで向かう。

「俺です! アラタです!」

「なんじゃ。 慌ただしいのぉ。どうしたんじゃ……ん? なんじゃそれは?」

 ドアを開けたコルネラは、アラタが抱いている存在に目がいく。

「通りで倒れていたのを発見しまして。傷が深そうなので診て欲しいのですが」

 アラタは結局103号を助ける事にしたのだ。

「見るからに怪しい者を拾ってきたな」

「それなんですが、こいつはおれたち勇者を監視している者の一人です」

 アラタは隠しても仕方ないと事情を話した。

「ほっ! ひゃひゃひゃ。もしかしてこいつが噂のナンバーズか。まさか本当に存在しておったとは」

「知っているのですか?」

「わしは勇者の人権を守る会の一員じゃったからな。噂には聞いておった。あの魔法使いは要注意人物のリストの中では最上位にのぼっておる」

 コルネラはきびすを返して、ついてこい、と言った。

 コルネラの住居は地下にあるが、さらに地下室がある。暗い階段をろうそくを灯して降りていく。

 103号をお姫様抱っこしているアラタはそれについていった。

 そこは小さな部屋で、簡易的な木製のベッド、小さなテーブルがしつらえてあった。棚にはガラス瓶や薬草などが並べられている。

「この部屋は?」

「診療所をかねた研究所といったところかの。これでも治癒師のはしくれじゃからな。といっても商売はしとらん。ただの年寄りの趣味じゃ。どれ、そのの者のローブを外しなされ」

「あぁ……それなんですが」

「なんじゃ?」

 アラタは躊躇した。コルネラがその存在を毛嫌いしているからだ。

 だが、見せない事には始まらない。

 アラタは医療ベッドに103号を乗せ、ローブを脱がせた。

 コルネラの表情がみるみる変わる。褐色の肌、白銀の髪、尖った耳、それが彼女の特徴だったからだ。

「ダークエルフだから、モンスター?」

 アラタはコルネラの表情からその感情を読み取った。

「モンスターはモンスターじゃが……これは……忌み子じゃ!」

「忌み子?」

 ハーフダークエルフ。

 ダークエルフと人間の間に出来た子供である。

「人がモンスターと愛し合うなどとは……兄ちゃん、これは捨てて来てくれ」

「捨ててこいって ……コルネラさん、何とかならりませんか?」

 捨て置けば、彼女は死ぬであろう。

 アラタはコルネラの両肩を掴む。

「なんじゃ?」

「コルネラさん、俺はこの子を助けたいんだ」

 アラタとコルネラの視線が交錯した。

 真剣なアラタの眼差しにコルネラは思わず、修一……と呟いた。

「修一?」

 コルネラははっとして、「い、いや、こっちのことじゃ。まったく勇者ってのはどうしてこうも……」

 コルネラはブツブツと文句を呟く。

 そして諦めたかのように、はぁ、とため息をついた。

「……わしは、こんなモノに触りたくないわい。どうしてもと言うのなら兄ちゃんが、自分で治療すればええわ」

「え?! 俺が?……いやぁ、それはさすがに何というか……。さっき、コルネラさんも言ってたじゃないですか。治癒師としての教育を受けていない勇者は、治療魔法を使っても治せないと」

「確かに言った。じゃが、兄ちゃんは、治癒魔法を使うわけじゃあない。スキル【古代治癒師】なら修練は必要ない。スキルの発生は、とある条件下で起きる事象じゃ。そこには医療の知識などいらん」

 高度なコントロールが必要な治癒魔法と違い、取得さえしていれば出来るのがスキル【治癒師】である。だが、実際にスキルで治癒を、取得しているものは殆どいないという。

「コルネラさんは、スキル【古代治癒師】の使い方が分かるのですか?」

 コルネラは腕を組む。少し唸ってから、ボソッと声を発した。

「わしの祖母がスキル【古代治癒師】を取得していた……一応、口伝で説明は受けておる」

「知ってたんですね」

「ふん。あまり関わりたくなかったからの」

 アラタはコルネラの指導を受けることになった。


「ええか? まずは、患者の怪我してる場所を把握するんじゃ。まずは服を脱がせ」

「え? 脱がせって……相手は子供とはいえ……」

 コルネラはそのまま無言で動かない。口は出すが、一切、手を出す気はないという意思表示であろう。

 アラタは観念して服を脱がせた。死んでしまっては元も子もない。

 黒い服には小さなポケットが幾つも付いていて、隠しナイフなども仕込んである。まさに間者の服といった加工が施してある。

 下着はスポーツブラっぽい形状でホンの少し胸が隆起している。脇腹が裂け、赤黒く血で滲んでいた。

 また、身体中に古い傷が無数にある。

 間者としての厳しい任務を物語っている。アラタはこんな女の子が、肌をボロボロにしているのを可哀想に思った。

「ステータス画面上で【古代治癒師】のスキルの表示があるじゃろ?」

「はい。ありますね」

 ステータス画面を開いたアラタは答えた。

「どんな風な画面になっておる?」

「ゲージがあって、半分位グリーンになってます」

「そのゲージは他人を治癒するためのエネルギーの残量であろう。現在は半分残っておるというわけじゃな」

「このあいだ、万能薬を飲みました。そうしたらこのゲージが出てきたんです」

「また高級なものを……要するにアラタの怪我や病気が治って、その余剰分がゲージに貯まる仕組みになっているはずじゃ」

「ということは俺が健康体じゃなきゃ【古代治癒師】は発動しないってことですか?」

「もの分かりが良いな。医者の不養生という言葉があるが、このスキルの使用者はそれがあてはまらんの。さて治療じゃが、まずは患部に手を当てよ」

「はい」

 アラタは脇腹の傷口を両の手のひらでおさえた。

 血がどくどくと流れ指の間からたれてくる。

「そうすればスキルが発動する。あー、注意点があったな。まぁそれは……」

 ―――すぐ分かる……とその声は聞こえなかった。

 なんだ一体?! アラタの視界が暗くなった。



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