第94話 古代治癒師の呪い
アラタは田舎道を走る男と女を見ていた。いわゆる神の目線という状態であろうか。
アラタはその二人を観察する。
一人は二十代前半とおぼしき男性だ。
容姿は日本人である。おそらく異世界召喚された勇者であろう。
もう一人は尖った耳、白銀の髪、褐色の肌。ファンダジーな世界ではおなじみのダークエルフだ。おくるみで包まれた赤子を抱いている。
走る二人の背には闇夜で真っ赤に燃える村が見えた。
「あなた! 村が!」
「くそ! あいつらここまで追ってくるとは!」
息を切らしながらもその足を止めることはない。
何かから必死に逃げているのだろう。
突然、その行く先を塞ぐかのように爆発が起こった。轟音が鳴り響き、土煙が周りの視界をおおい隠す。
「きゃああ!」
「アイラ! 大丈夫か?!」
男はアイラと名を呼んだダークエルフにかけ寄った。彼女は尻もちをついているが、腕に抱いた赤子はしっかりと守っている。
「ええ、大丈夫よ。あなたは?」
「問題ない、それよりも……」
男は後ろを振り返った。
「まさか、こんな辺境に地に隠れていたとはな。
魔法使いといった体の男が立っていた。どこかで見たことあるなとアラタは思った。
「娘のアイシャも産まれたばかりなんだ。ゲイリー・オズワルド。あんただって人の子だろ? なぁ、見逃してくれよ」
ゲイリー・オズワルド。実際にアラタが見た大魔法使いと比べると幾分か若い。これは過去の映像なんだと思った。
「それは出来ぬ相談だな。郁人、お前は勇者パーティーを脱退した。ゆえに国からは処分の対象として懸賞金がかかっている。俺も研究費が必要でな。軍資金にはうってつけというわけだ」
ゲイリー・オズワルドは淡々といった。
「そもそもお前らが勝手に召喚したんだろ! なんでお前らのために命をかけなくちゃならないんだ! 魔王討伐なんて冗談じゃない! みんな死んじまったんだ! みんなだぞ!」
郁人は興奮した。
「お前もその時に死ねばよかったんじゃないのか? 生き恥さらしてまで生きる価値があるとは思えんが」
ゲイリー・オズワルドは冷ややかにいった。
「ふざけんな!」
郁人はなおもわめきつづけたが、その声をかき消すように悲鳴があがった。
「アイラ?!」
郁人が声のほうに振り向くとアイラが倒れていた。足を切断されて、倒れていた。
「なっ……!」
その光景を見た郁人が絶句する。
一人の剣士がアイラを見下ろしていた。
その鋭い目つきは熱をおびて冷酷そのものである。剣先からぽたぽたと血が滴り落ちていた。
「アイザック・グローリア!! きさまぁぁぁぁぁ!」
郁人が怒り狂う。一瞬の隙。だが、それが命取りになった。ゲイリー・オズワルドの攻撃魔法。郁人の首がぼんっと音をたてて飛んだ。
ちくしょう……、郁人の最後の思考がそれだった。
郁人の身体がばたりと倒れる。
「あ、あなた……」
ひゅーひゅーと息も絶え絶えに、アイラは涙を流した。
そして、自分の腕の中から投げ出された赤子の元へ這いずっていく。
「アイシャ……アイシャ……」
愛しい我が子の名を呼ぶ。
もう少しでその手が届きそうになったところで、ゲイリー・オズワルドがその赤子をひょいと掴んで持ち上げた。
「ほぉ、郁人とお前の間にできた子か」
興味津々といった目で赤子の顔をまじまじと眺める。
「返して、その子だけは……ぎゃ!」
アイザック・グローリアが残忍な表情を浮かべてアイラの肩口に剣を刺した。
ぐりぐりと剣を動かす。悲痛な叫びをあげるアイラ。
「アイザック。いたぶって遊んでる場合じゃないぞ。ここは魔国領だ。とっとと帰るぞ」
「えー? せっかくおもちゃを手に入れたのによぉ。もうちょっと楽しませろや」
「おもちゃはこれでよい」
ゲイリー・オズワルドはつかんだ赤子を揺らした。
「それはお前の趣味だろ? 何が好き好んでそんなもんを集めてるんだ?」
「わしの趣味趣向に口出ししないでもらいたい」
「それは俺様も同じだ」
剣を引き抜く。
「!! あうっっ……」
アイラは虫の息である。もはや視界は暗く何も見えていなかった。
「ほんじゃま、ダークエルフの女。あの世で郁人が待っている」
剣を振り上げる。
だがその剣が振り下ろされる事はなかった。
轟音が唸り声をあげ、アイザック・グローリアの身体がへしゃげた。
巨大な漆黒の鎧。その鉄の固まりが高速でやってきて、アイザック・グローリアに拳を振り抜いたのだ。
アイザック・グローリアの身体はきりもみしながら、森の木々をなぎ倒し、遠くまでとんでいく。
「四天魔将シーバイル・ティア・ブラックナイト!!」
ゲイリー・オズワルドの目が驚きに見開いた。
その巨躯から、ただならぬ妖気が発せられている。
勇者でもないかぎり、勝ち目はない。
後ずさり、魔法の杖をかざす。
四天魔将シーバイル・ティア・ブラックナイトがゲイリー・オズワルドに右手を振り上げる。
間一髪、転移が間に合ってゲイリー・オズワルドは離脱に成功した。
◆◆◆
「うっ……!!」
気がつくとアラタは床に崩れ落ちていた。
頭にクッションが敷かれ、ブランケットかかけられている。
「目が覚めたか? さすがにババァ一人では兄ちゃんを持ち上げられんで、そのままにするしかなかったでのぉ」
すまんと詫びるコルネラである。
「これは一体? 俺は何を見させられたんだ?」
アラタはびっしょりと汗をかいていた。
「古代治癒師の呪いじゃ」
「呪いだって?」
アラタは聞き返した。
「そのように聞いておる。古代治癒師のスキルを使うと、対象者の過去が視えるという。それは本人が覚えていない頃のことだったり、走馬灯のように一連の過去を視たり、様々なパターンで視えるらしい」
「そういう事は早くいってほしかった」
頭がクラクラする。
「あとこのスキルはどういうわけか異性にしか使えんから、覚えとくようにな」
コルネラがいたずらっぽく笑う。
「なに、その設定」
アラタは眉をひそめるも、103号が女の子で良かったと思った。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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