第22話 アラタ、地底湖を泳ぐ

「どうしてですか?!」


 クロエは机を叩いて抗議した。


「何がだ?」


とぼけないで下さい! アラタの捜索隊を出して下さい!」


 あー、と言うとアイザックは書類を取り出す。


「んー何々? 西山アラタ、二十歳。レベル1、ギルドランクF、魔力はあるが、経験値が無いか」


「そうです。ですから経験値を得るために──」


「必要ないだろぉ? そんな人材」


 アイザックは椅子から立ち上がってクロエのそんな言葉を遮り、クロエの前に立つ。


「俺たちに必要なのは、そちらの嬢ちゃんのようなレベル20以上の勇者だ」


 アイザックはスズを指して言う。

 スズはじっとアイザックを見る。


「だからと言って、見捨てる理由にはなりません。勇者である以上、魔王討伐の戦力に成長するハズです」


 クロエは上司である剣聖に食い下がった。


「アイザックさん。私達は勇者として召喚されましたが、日本人です」


 スズが口を挟む。


「本来はこの国と関係のない人達です。アラタを役に立たないかもしれないから、助けない。つまりこれは、私達が今後、旅をしている時に役に立たないから切り捨てられる可能性もあるという事……」


 スズはスッと目を伏せる。そしてアイザックに鋭い目線を送り


「そのような国の為に戦う理由は私達にあるのですか? 答えて頂きたく思います」


 アイザックはスズの視線を堂々と受けていた。


「無くても行くしかねぇんだ。お前達はな。でなければ元の世界には帰れないしな」


 アイザックはスズを威圧する。


「分かったかい?嬢ちゃん」


 スズはその発言に眉一つ動かさず受けとると、


「分かりました。失礼致しました」


 頭を下げて出ていく。


「あ、スズ、待って」


 スズを追いかけるクロエ。ドアに手をかけ振り返り


「私も失礼致しました。あなたの助けは借りませんので」


 頭を下げ出ていった。

 アイザックは頭を掻いた。

 そして、もう一度資料を見る。


「レベル1の勇者か……」


 その眼光は鋭く光る。


 ◆◆◆


 アラタはほんの少し眠った後、地底湖を泳いで渡る事にした。

 盾の材料を薪にしたが、すでに燃え尽きて灰となっている。

 服も生乾きで冷たい。

 だが、腕の痛みは先程より和らいでいた。


「やはりスキル【古代治癒師】は薬草を食む事で自身を治癒する力があるみたいだな」


 今のところ骨がくっついているわけではないが、自分で治療出来るのは心強かった。

 この前、体調が悪くなった時に薬草を口にして回復した気がしたので、もしやと、思ったのだ。

 だが、治療出来ると言っても劇的な速度で治る感じではないようだ。


 地底湖を泳ぐ準備をする。

 マントをくくり浮きにする。

 衣服を頭の上に縛る。

 ブルベアーから片手剣を引き抜き、腰に付けた。

 ブロードソード、プレートメイルは置いて行くことにした。


「いざ、行くとなると怖いな」


 地底湖は底が見えない。

 異世界の地底湖だ。どんな生物がいるか分からなかった。

 そーっと湖に入る。

 片手の平泳ぎでゆっくりと進む。

 水は冷たい。風が無いので波はたたない。

 何事もなく、狭い洞窟内に入った。

 足が届かない。浮きにしたマントはとっくに沈んでいった。

 片手で水を掻く、天井が低くなってきた。

 頭に乗せた服が天井を擦る。

 先が無ければ引き返すしかない。

 だが、引き返す体力は残されていなかった。


 ──と、洞窟を抜けた。

 そこも広い地底湖だ。

 先の方に岸が見えた。

 遠いな!アラタの体力は限界に近づいていた。


「風滑」


 魔法を唱えた。だが発動しなかった。

 水の上では使用出来ないようだ。

 顎が上がって、水面から顔しか出ていない状態だ。

 水を掻く腕が疲れてきた。溺れる寸前である。


【水発泡】

 水魔法を取得していた。どんな魔法か分からなかったが、風滑の様な魔法であれば助かる。発泡の文字が気になるが使うしかなかった。


「水発泡」


 水が身体にまとわりつく。一瞬身体が、水に沈む。

 そして、圧縮された水と一緒にアラタの身体も弧を描いて飛ばされた。


「う、ぐぐっ!」


 声にならない。

 水面に着水し届かないかと思われたが、水切りのように身体を何度かバウンドさせて岸にたどり着いた。背中をしたたかに打った。


「いってぇ……」

 暫く動けなかった。だが助かった。


 いつまでも寝てる訳にもいかない。起き上がる。背中がズキズキと痛む。

 頭に縛り付けた服をほどく。

 水をすっかり吸って重くなっていた。

 絞って、タオル代わりに身体を拭く。

 だが、身体が、冷えていくのに変わりはなかった。

 上を見上げると、穴が開いていて、外の光が入ってきていた。

 高すぎて登れそうになかった。


 服を抱きかかえて歩く。

 また行き止まりになっていた。

 上を見上げるとつり橋があった。

 ボロボロになっていて、朽ちていたので、随分と使われていないのだろう。


 ──と、アラタは岩場に何かを発見した。

 それは骸骨であった。


「あそこから落ちて、ここで亡くなったのか?」


 アラタは近づいて骸骨を調べた。

 ボロボロに朽ちていたが、それは日本人の服装だった。

 リュックもあった。

 中にはノート、鉛筆、水筒、ナイフ。

 魔王討伐の旅に出ていた昔召喚された勇者だろうか。


 アラタはノートを開いた。


『私は林田正人。一九八四年日本からこの世界に召喚された。私は加工食品業を営んでいた。林田食品の社長である。

 今、これを書いているのは、私はこの場所に落ちて、助からないと分かったからだ。

 足を怪我して動けず、死を待つのみだ。


 私は召喚された当時、恥ずかしい話だが妻子ある身でありながら、別の女性と逢瀬を重ねていた。水野友子というその女性は三年前、新入社員として林田食品に入社してきた。

 私は彼女に惹かれた。男女の関係になるのにそれほど時間はかからなかった。

 私達は家族に出張と称して旅行に行った。

 その先で召喚されたのだ』


 アラタは長めに書いてあるこのノートを読んだ。【書籍】に入ってしまったが、読み返す事はないだろう。当時の勇者の訓練は今とは違い、冒険者としての訓練も行っていた。

 そして、勇者チームだけで魔王討伐に旅立っていた。

 だが、この林田と愛人の友子は、途中でパーティーを抜けていた。パーティーのリーダーからは許可を貰っていると書いてあった。

 ギドの村に住むようになったという。

 それこそ、日本の文化を伝えたのは、この林田のようだ。

 二人の逃亡はアルフスナーダ国の知る事となり、捜索依頼がギルドでも出ていたという。

 村の者は二人をかくまっていたという。

 当時のギド村は食べる物にも困っていた状態であったが、彼らの力があったお陰で、復興したというので、それは理解できた。

 だが、愛人の友子はギルドカードを使って買い物をした事で、その所在がバレてしまったという。

 利用履歴は、ギルドに筒抜けのようだ。

 友子と林田は追われた。

 逃げる先でモンスターに襲われ、友子は死亡。

 林田も負傷し、つり橋が脆くなっていたせいで渡る際に落ちたという。

 勇者と言っても、必ずしも魔物に勝てるわけでもないのだろう。

 後は友子への想いが、書かれていた。


『友子、私はお前を愛している。

 屍となってもずっと愛している。

 これを読んでいる者に頼みたい。私の亡骸と友子の亡骸を同じ墓に入れてくれ。

 朝日の見える美しい場所に。

 そして、村での私の偉業に敬意を払ってギド村を林田村に改名してくれ。

 ここまでやって来た君なら出来るはずだ。

 期待している』


「知るかよ!」


 アラタはノートを地面に叩きつけた。

 やる必要のない、無駄な仕事を押し付けてくる上司の顔が浮かぶ。


「へぶし!」


 くしゃみが出て、鼻水が垂れた。


 しかし困った。

 林田と同じ運命を辿るのは正直勘弁してもらいたかった。

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