第21話 アラタ、遭難する

 そこは崖になっていて、真下は深い闇が大口を開けていた。

 クロエは石を拾いそこに投げ入れた。

 あちこちに当たりながら落ちていく石は、暫くして水に着水する音を出した。


「深いわね」


 崖の側道をゆっくりと進んでいく。

 たまに上方の隙間から日の光が入ってくる。


「どこかに入り口があるかもな」


「そうね。秘密の空間って訳でもなさそうね」


 入り組んだ道を進む。

 アラタは念のためチョークで壁面や、地面に印を打って、帰路が分かる様にする。

 暫く進むと道が細くなってきた。

 あちらこちらに穴が開いていて、落ちれば命は無さそうだ。


「どうする? まだ行く?」


 クロエは振り返った。

 クロエとしては、帰路の時間も考えなければならなかった。


「そうだな、そろそろ──」


 戻ろうかと答えようとした時にアラタはクロエの後ろから襲いかかる大きな魔物の姿を見た。

 クロエはそれに気付いて剣を抜こうとする。

 が、それと同時にアラタはクロエの腕を引き、自分と入れ替わる。


「風滑」


 アラタは木製の盾を前に魔物にタックルした。


「グオオオオ!」


 それは雄叫びを上げた。と同時に魔物の足元が、崩れ落ちる。

 アラタは飛び退こうとしたが、魔物に頭を掴まれた。

「うわ!?」


 アラタと魔物は暗い闇の中に落ちていった。


「アラタ!」


 スズがそれを追う。

 ロープを適当な岩に固定しアラタが落ちた闇の中に垂らした。


「待って!」


 クロエがスズの腕を掴んでそれを止めた。


「何?クロエ!」


「二重遭難になるかもしれないから、それは許可出来ない!」


 クロエとしてもアラタを助けたいのは山々だ。


「ロープも底に届くかも分かってないし。それにスズはこの手の経験はあるの?」


「ないけど、行くしかない」


 勇者の遭難なら国から捜索隊が出るハズだ。

 クロエはスズに一度、王都に戻るように言った。

 捜索はプロに任せた方がいい。


「でも……!」


「お願い」


 クロエは震えていた。

 スズもクロエがその判断は無理をして下している様に見えたので従うしかなかった。

 スズは崖を降りる経験がなくても無理してでも降りて行こうと思ったが、自分に能力がないのは分かっていた。


 ◆◆◆


 アラタは闇の中を落ちていた。

 片手剣を抜き、自分の腕を掴んでいる魔物の腕を切る。

 手が離れたので、魔物の胸に剣を突き刺す。

 と、壁に激突し剣がモンスターの胸に深く突き刺さる。


「グ、グガガガァァァ!」


 魔物の断末魔が響く。

 さらに、宙を舞い、幾度か壁にぶつかり、魔物とアラタは離れる。

 魔物は地面に激突し、爆音と土煙を上げた。

 アラタはその先の地底湖に落ちた。

 高い水飛沫を上げてアラタは湖の底に沈む。


 暫くしてアラタは上がってきて、岸辺にたどり着いた。

 ほとんど溺れかけで息も絶え絶えに岸に上がる。

 ゲーゲーと水を吐き、仰向けに倒れる。

 横を見ると、大きな熊の様な魔物がアラタの片手剣が胸に刺さって絶命していた。

【ブルベアー】という大型の魔物だ。

 上を見れば落ちてきた場所が見えなかった。


「良く命があったな」


 無茶な行動を取ってしまったと思う。

 思えばクロエは魔物の攻撃に気付いていていたから、助けなくても自分で身を守れたかもしれない。

 だが、体が勝手に動いていた。


 右腕が折れていた。

 木製の盾が、地面に落ちて壊れていた。

 地底湖に落ちたお陰で、助かった。

 アラタは木製の盾を分解して、添え木にする。

 マントをナイフで切って包帯にして、添え木を腕に固定した。

 ポーチからチョークを出して、地面に印を付けた。

 頭がボーッとしていた。水に濡れ、骨が折れたせいか、体調が悪くなっていた。

 それでも辺りを調査した。

 だが、アラタのいる場所はちょっとした岸辺で、先がなかった。

 上を登るか、地底湖を泳いで別の岸を探すかしか無さそうだった。

 装備を確認する。

 チョーク、砥石、ナイフ、行動食、水筒、小さな鏡、麻ヒモ、マッチ、道中で採取した山菜と薬草。

 服を脱いで、片手と足をうまく使って絞る。

 水に濡れた服を着ていると体力が無くなるからだ。木製の盾を分解した余りの木にマッチと麻ヒモをほぐした物を種火にして火を付けて、体を温め服を乾かす。


「光弾」

 アラタは湖の先に向けて魔法を放つ。

 照明弾の様に使ったのだ。

 先の方は水に浸かった洞窟のようになっていた。

 岸は無かった。

 あそこまで泳いで、あの穴の中の先を確認しなければならない。

 だが、何もなければ終わりだ。


 ふと、閃いたことがあって薬草を噛む。パンツ一枚でマントにくるまって、焚き火の前で休む。

 静けさの中に身を沈めた。


 ◆◆◆


 アラタが印を打っていてくれたお陰で、迷う事なく村に戻ったクロエとスズは、村の者に馬を貸してもらい、王都へ急いだ。

 手綱はクロエが握り、スズはクロエの背中にしがみついた。

 空気が冷たい。

 冒険者ギルドに着いた時は既に夕方であった。


「アラタさんが?」


 受付嬢であるサラがその報告を聞いた。


「そう。だからアラタの捜索をお願いしたいのよ」


「ですが……」


 一介の冒険者に捜索隊など、ギルドが許可するハズはない。

 自身の命は自身で守るのが冒険者である。

 全て自己責任なのだ。


「大丈夫、許可されるハズよ」


 クロエは怪訝な表情のサラを見てそう言った。


「アラタは勇者なの」


 スズも一言添えた。


「え!? アラタさんが勇者……」


 サラは昨夜のアラタの成果に合点がいった。

 そして、迅速に手続きを行った。


「暫くお待ち下さい」


 勇者なら捜索隊が出るハズ。それはサラも同じ考えだった。


 だが、一時間程待たされた上で出された返事は『捜索隊は出せない』だった。


 クロエとスズは狼狽えた。


「なぜ?!」


 クロエは身を乗り出した。


「分かりません。ですが、ギルド長の判断です。私では、これ以上は……」


 サラはつらそうな表情をしていた。

 一介の受付嬢と、ギルド長では権力が違う。


「ギルド長……」


 クロエは呟くと、ギルドを後にした。

 スズは追いかける。


「どこ行くの?」


「ギルド長に直接掛け合うのよ」


「知ってるの?」


「ええ、よーく知ってるわ」


 政治、魔法、武力。三つの政治力の一つ。

 軍事力を統制する騎士団の本部であるその建物に着いた。

 中に入ると、

「団長ぉー!」

 丸眼鏡をかけた女性騎士が駆けてきた。

 副団長のカナリン・シュリンプスだ。

 かなりの巨乳で、鎧もそれに合わせたプレートメイルになっていた。

 その動きに合わせて揺れている。

 本人には言わないが影で牛乳女と言われていた。

 スズは思わず自分の胸を見て比べてしまう。

 カナリンはクロエに飛び付くと、


「もう、限界ですぅー!」


 クロエが勇者の教育係になった為に、クロエの騎士団長としての業務は全てカナリンに渡っていた。

 仕事量が増えて捌ききれないカナリンだ。


「カナリン、お前なら出来る。自分を信じろ」


 そう言って引き離す。


「無理ですよぉー!」


 すると他の騎士が駆けつけてきた。


「お前ら、カナリンを連れていけ」


「は!」


 クロエに逆らう騎士はいない。

 カナリンの腕を持って二人で抱えてて連れていく。


「団長ーー!」


 カナリンの叫び声が響きわたるが、クロエはそれを無視して、スタスタと廊下を歩く。


 そして、一つの扉の前で立ち止まるクロエ。

 息を一つ吐いて、ドアをノックする。


「入ります」


 ドアを開けると、広々とした部屋の奥の大きな机に足をドカッと乗せた人物がいた。


「クロエじゃねぇか。どぉした?

 」

 白髪の混じった壮年の男性。

 剣聖アイザック・グローリア。

 冒険者ギルドの長である。

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