第23話 アラタ、気絶中に生還する
「スズ!」
クロエはスズを呼び止めた。
スズは振り返る。
「何? クロエ」
「どこに行くの?」
「私一人でも行く。時間を無駄にした」
スズは踵を返した。
「待って! 私も行くわ」
クロエは決心した。
「でも、一度休みましょう。私達、あれから動き通しよ」
近くにクロエの住む家があったので寄る事になった。
◆◆◆
スズにお茶を煎れて出す。
一息つき、落ち着いて考えを巡らせる。
クロエは親代わりとして、剣聖アイザックを
慕っていた。
仕事に厳しい一面があるが、部下思いでもある彼の下した決断は非情であった。
彼は騎士団ではないが、剣聖という立場故、政治的に強い影響力を持っていた。
クロエを騎士団長に推薦したのも彼である。
権力も騎士団長のクロエよりあるのだ。
確かに捜索隊を出すのは、それなりに予算を使うが、それを差し引いても勇者という人材は代えがたい。
何よりクロエはアラタはレベル1と言えども、高い能力を秘めていると見ていた。
スズはお茶を啜ると、茶碗を置いた。
「クロエ、もういい?」
今すぐにでも行きかねない。
「ちょっと待って」
クロエは立ち上がり、風呂場へ行った。
風呂場は天井に穴が空いたままだ。
もしかしたらアラタがいるのでは? と思ったが予想は外れた。
アラタのスキル【転移】はこの国では未確認のスキルだ。
正確に確実に使えるかどうかも分からない、現状では危険なスキルである。
だが、クロエはアラタが最後の手立てとして、それを使うと考えていたのだ。
そして、たった一度しか使っていないスキルの転移先はここしかないと思っていた。
◆◆◆
アラタは震えが止まらなかった。
パンツ一枚で身体は冷えきっていた。
アラタは最終手段として、スキル【転移】を使うしかないと思っていた。
一度使った時は、琴子とアツシのキスシーンを見た時、気が動転して逃げ出すという事で使ったが、今思えばよく無事に転移できたな、と思う。
というのも、あの時は何処に行くか知らずに使用したからだ。
そして、今回も行き当たりばったりで発動させようとしている。
なので成功体験のある、この前に転移したクロエの風呂場のイメージを思い描く。
その時見たクロエの裸も一緒に思い出してしまったが。
そこに行くぞ。と念じた。
クロエに怒られるかもしれないが、壁の中にでも転移したら終わりだから、仕方ない。
だが、待てど暮らせど、転移は発動しなかった。
何が悪いのか、足りないのか。
その内、寒さの中でアラタは気を失った。
◆◆◆
風呂に湯を張る。
「いい湯加減」
手を湯船に入れるクロエ。
「何してるの?」
「きゃ!?」
後ろからスズが声をかけてきたので驚いた。
「びっくりさせないでよ」
「それはこっちのセリフ。お風呂に入るの? そんな事してる場合?」
「一度お風呂に入ってから行きましょ。疲れを取ってからでないと捜索する時に支障が出るわ」
適当に言いわけをこじつけた。
スキルと魔法は似てるようで違う。
魔法は魔力を使うが、スキルは使用者の意思と発動条件が作用して起こる。
発動条件が分からない以上、あの時と同じ状況を再現してみようと思っていた。
アラタに裸を見られてしまうが、騎士団長としての責務がそれを上回っていた。
もちろんアラタがスキル【転移】を発動したとしてだが。
──と「ぷはっ」
っと言って上着を脱ぐスズ。
「何してるの?」
「入るんでしょ? 時間が勿体ないから一緒に入るわ」
転移について説明するべきか悩むクロエであった。
風呂は大きめで二人入っても余裕の広さだ。
クロエは自身はいつも長風呂だと言い張って一時間以上入っていたが、アラタが転移してくる事はなかった。
いい加減のぼせてきた。全身真っ赤になっていた。
本当にスズは長風呂に慣れているらしく、長時間入っても平気だった。
急いでいるようで、何だかんだ風呂場でくつろいでいた。
クロエは諦めて湯を上がって、脱衣場に向かう。
のぼせて頭がフラフラしていた。
「きゃ!?」
風呂場からスズの悲鳴と、水に何か落ちた音が上がる。
「スズ!?」
風呂場を覗くと、クロエが待っていた現象が起きていた。
アラタが転移してきたのである。
スズは驚きと嬉しさで混乱していた。
アラタが湯船にブクブクと沈んでいくので、慌てて抱き起こす。
そして、
「冷たくなってる」
と一言。
「え?」
と、クロエは青ざめて近寄る。アラタの呼吸を確認する。
「息はしてる。身体が、冷えきっているのよ」
それを聞いてスズはアラタを抱きしめて暖める。
アラタはパンツ一枚で、スズは産まれた姿のままだ。
「スズ!?」
クロエは真っ赤になって止めさせようとした。
「クロエも早く」
「え?!」
「アラタがどうなってもいいの?」
湯船で二人はアラタを抱きしめて暖める。
「そう、私は勇者の教育係として、アラタを助ける義務がある。だからこれは決してそう言うのではなく……ゴニョゴニョ」
クロエがゴニョゴニョ言っていた。
クロエにとって幸いな事はアラタは気絶しているという事だった。
アラタにとっては運が無かったかもしれないが。
アラタをクロエのベッドに移す。
アラタの容体を確認したが、腕が折れていて、背中を打ち付けたのか赤紫色に変色している。
身体のあちこちにも擦り傷があった。
「アラタ大丈夫?」
「スズ、いい加減服着よう」
「やはり、まだ暖めた方が……」
スズがアラタのベッドに入ろうとする。
「スズ?!」
「何?」
「アラタが目覚めたら裸見られちゃうよ」
ハッとした顔になったスズは
「それはダメね。恥ずかしい」
とスタスタと脱衣場に向かった。
「え?何?天然?」
と言うクロエもパンティーをはいて、タオルを首からかけていただけだった。
「アラタは転移が出来たんだね」
スズは着替えた後、そう言った。
「察しがいいわね」
「SF映画とかで知識はあるから」
勇者がやって来た世界の情報の資料は見ていたクロエだったので、映画というのも知識として理解していた。
「アラタは以前もここに転移したの?」
「えぇ、今回で二度目よ」
「風呂場に?」
「えぇ」
ジーっとクロエを見つめるスズ。
「何?」
お茶を飲むクロエ。
「アラタと付き合ってるの?」
ブーっとお茶を吐くクロエ。
「そんなわけないでしょ!何言ってんの?!」
「……そーなんだ」
スズはお茶を飲む。スズは表情が乏しく感情が読めなかった。
「アラタの治療をしないと」
スズが茶碗を置いた。
だが、クロエはそれは躊躇した。先程、捜索隊の派遣を申し出たのに、王都にアラタがいるのは説明がつかない。
「スズ、アラタの転移は秘密にしているのよ」
「何故?」
「アラタがそうして欲しいって。まだこの国を信用していないから。今アラタがここで治療を受けると━」
「転移を知られるリスクがある?」
「そうよ」
「確かに、さっきの剣聖の態度はアラタにとっては害悪でしかないわね」
「……そうね」
クロエは痛いところを突かれた。クロエが父と慕っていても、アラタにとっては到底看過
できない話だろう。
「でも、このままに出来ないのも事実よ」
クロエは考えを巡らせる。
「治癒師で信用出来る人がいるけど、どうする?」
「クロエの信用出来るは信じられない」
アイザックの件で、スズのクロエに対する信用は落ちていた。
「けど、何か起きたらその時考える。今はアラタの治療が優先だから」
スズは真っ直ぐにクロエを見て言った。
意外に肝が据わっているのだ。
「早速手配するわ」
深夜。
ノックされたドアをクロエは開けた。
開けたドアの先にはソフィア王女の姿があった。
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