第47話 アラタ 異世界で風邪を引く

「ティ、ティッシュ」

 宿舎自室のベッドで、アラタはそれを探した。

 だが、ここは異世界。

 そんな良いものは無かった。

 薄手のタオルで鼻を噛む。

 そもそも風邪を引いた時はどうするのだろうか?

 病院なんてあるのだろうか?

 魔法で治すとか?

 情報が無い今は取り敢えず寝るしか無かった。

 だが、眠れない。先程のクロエとの一件もあって、色々と考えてしまう自分がいた。

 それでも、うとうとして、ようやく眠れる感じになって来たところ、部屋をノックする者がいた。


「アラタ君」

 カイルである。

「どうぞ」

 アラタは寝たままで言った。

「スズさんから、アラタ君の様子を見てきてって言われたんだけど? どうしたんだい?」

 もう、朝食の時間か。携帯がないと不便だな。

「カイルさん。風邪引いたみたいなんで、スズに伝えて貰えますか?」

「風邪? ちょっと入るよ」

「はい」

 アラタの様子を確認するためにカイルは部屋に入ってきた。アラタの額に手を当てる。

「熱もあるね、アラタ君」

「カイルさん、この世界の人達は病気したらどうするんです?」

「そうだな。大聖堂で治癒師に見てもらうか。民間療法だけど、胃に優しい食事と水分を取って、お風呂に入ってすぐ寝たりするかな」

「風呂ですか?」

 余計に熱が上がりそうな気がするのだが。

「湯冷めしたら元も子もないけど、すぐベッドに入れば問題ないよ」

「そうなんですか」

「まぁ、あくまで民間療法だけどね。じゃあ、スズさんには伝えておくよ」

「お願いします」

 お大事に、と言って、カイルは部屋を出ていった。


 暫くして、ドアをノックする音がした。

 うとうとしていたアラタである。

「……はい」

 全く休めないな。とそう思ったアラタである。

「アラタ、具合はどう?」

 スズが顔を覗かせた。

 驚いたアラタは身体を起こした。

 ここは男子寮で、女性禁制である。

「私が許可したんだよ」

 カイルもスズの上から顔を覗かせた。

 書類申請すれば入室は出来るのだ。

 ただ、記録として残ってしまうし、品行方正を求められる騎士が女性を自室に招いたとなれば、出世の道は閉ざされるだろう。

 故に書類申請などする者はいなかった。

 だが、アラタもスズも勇者であり、異世界の出世事情とは関係ない人間だ。

「アラタ、部屋に入ってもいい?」

「あ、どうぞどうぞ」

 許可を得てスズは部屋に入る。お盆を手にしていて、載せた器からは湯気が出ていた。

「アラタ君の具合が悪いって聞いたスズさんが、君のために食事を用意したんだよ」

「そうなのか?」

「ん」

 胸をジーンとさせてスズを見るアラタ。

 病気してる時に優しくされると、嬉しいものだ。

「じゃあ、アラタ君。私は行くので」

 カイルはアラタにウィンクして出て行った。

 カイルは、アラタが七日白蘭華なのかはくらんかを購入してスズに贈ったのだと勘違いしている。

 アラタはカイルにクロエの名前を言わずに概要だけ相談したのだから、それは無理もない。

 異世界から来た勇者が、こちらの世界の告白方法で結ばれるという結末に満足したカイルだった。


「はい」

 スズはアラタの口にスプーンを持っていく。

 それはいつかスズが作ってくれたお粥だった。

 アラタは食べさせて貰う。

 スズはふーっと息を吹きかけお粥を冷まして、また一口食べさせる。

 先程のクロエとのキスもあり、アラタの視線はスズの唇に集中した。薄い唇だが甘そうである。アラタの喉がゴクリと鳴った。

「何?」

「い、いや、何でもない」

「そう」

 スズは無表情に答えて、再びアラタにお粥を食べさせる。


「じゃ、お大事に」

 アラタが食事を終えると、スズはそう言って部屋を出ようとする。

「スズ」

 アラタは声をかける。

「ん」

 振り向くスズにアラタは、

「スズ、ありがとう。お礼に何か欲しいものないか?」

 と聞いた。

「お礼なんて別に……」

 と、断ろうとしたスズだが、ほんの少し逡巡し、

「考えておく」

 と言って部屋を出て行った。

 スズに癒されたアラタは再びベッドに潜り、眠りについた。


 ◆◆◆


「ツバサ、今何時?」

「ヒナコ、自分で調べろよ」

「いーじゃない」

「しょーがねーな。ステータスオープン」

ツバサはステータス画面を開いた。

ステータス画面には時計があり、時間が分かるようになっている。

「九時五十分だな」

「ありがと」

十時に、勇者として異世界召喚された者達は、騎士宿舎の食堂に集合する様に言われている。

「いちいちステータスオープンって言うのめんどくさいな」

「じゃあ、開きっぱなしにすればいーじゃん」

「邪魔だろ? ヒナコは開きっぱなしなのか?」

「まさか。時間を見るためだけに、そんな事しないわよ」

「だよな」

「何の話?」

設楽タカヒトが、食堂に入ってきた。

「ステータス画面を付けっぱなしにするかどうかの話だよ」

「何だ、そんな事か。非効率というか意味ないだろ? スキルや魔法を確認するだけの画面だし。時計ならそこら辺の壁に付いてる」

「でもさあ、付けっぱなしにしてれば何か良いことあるかもしれないじゃん」

「何だよそれ。特典みたいな?」

ツバサがそれに乗り出した。

「いや、冒険者のガイルに聞いたが、そんな物はないという事だ。ひたすら何の変哲もないステータス画面が、目の前に写ってるそうだ」

タカヒトがそれに答えた。

「なーんだ、ガッカリ。あ、スズおはよう」

「ヒナコ、おはよう」

スズも食堂に入ってきた。

 十時になった。今日も訓練が始まるはずであった。

「はーい、おはようございますぅ。僕はカナリン・シュリンプス。騎士団の副団長だよぉ?」

 クロエは時間になっても来ず、代わりにやって来たのがカナリンだった。

「今日はねぇ。うちの団長は事情があって来れないんだ。それで代わりに来たのが僕って訳ぇ。あれぇ? アラタ君は休みかなぁ?」

「体調不良で休みです」

 とスズが答えた。

 何で知ってんの? とヒナコは思った。

「そうかぁ、ガッカリ」

 カナリンは項垂うなだれた。


 男性陣は、カナリンの巨乳に目が釘付けだった。

 何だあの巨大な乳は? といった反応だ。

「今日はちょっと勇者を見てきてって言われたんだけどさぁ。ただ、僕もすーっごく忙しいわけで。ホント、悪いんだけど、君達の面倒は見れないのさ」

 アラタ君以外には興味もないしね。とは、カナリンの心の声だ。

「だから、今日は訓練はお休みだよぉ。各々好きに過ごしてね。じゃねぇー」

 と言って去って行った。


「タカヒト」

 武内ツバサは設楽タカヒトに声をかける。

「何だい?」

 タカヒトは眼鏡をくぃっとした。

 ツバサはタカヒトと肩を組み、耳元で、

「今日、冒険者ギルドの受付嬢と合コンあるんだよ。タカヒトも来いよ」

 と誘った。

「まぁ、社会勉強の一貫として参加しよう」

 眼鏡が、光って真っ白になっていた。

「嘘つけ、この好き者が」

「何を言ってるんだい? 分からないな」

 タカヒトは惚けた。

「三対三なんだけどさぁ。アラタを連れて来て欲しいって言うんだよな」

「アラタ? 何で?」

 タカヒトは意外な名前が出たと思った。

「アラタを気に入ってる娘がいるって話なんだけど。アラタは今日休みだろ? だから、他の奴一人探そうかと思って」

「そうか」

 だが、異世界であるために当てとなる知り合いがいない二人だ。

 アツシは琴子と付き合ってるからダメだし、そうなると。

「魔王討伐に同行する冒険者に聞いてみる?」

「タカヒト。ナイスなアイデアだな」

「でもいいのかい? アラタを気に入っている女性はどうするんだ?」

「別に構わないだろう。いないやつの事なんて気にしてもな」

「それもそうか」

 二人は食堂を出ていった。


 ◆◆◆


 魔王討伐の旅に同行する冒険者は、冒険者の宿に滞在している。

 王都に住居があるリーナは別としても、冒険者の多くは、その日暮らしの生活である。

 そこで最初に見つかったのが、盗賊のルスドであった。

 ルスドは盗賊のイメージ通りの人物である。

 目付きも悪い。頬骨や、鼻筋は尖り気味。

 はしっこい抜け目の無い男だ。

「その、『ごうこん』ってのに参加しろって言うのか?」

 ルスドは斜に構えていた。

「一人足りないんだ。どうかな? 無理にとは言わないけど」

 ツバサは誰でも良かったので、あまり強くは誘わなかった。

「まぁ、暇だし良いぜ」

 ルスドは右手の親指と人差し指で両方の頬骨を挟んだ。

「そうか。じゃあ、夜の七時に食事処の【春風亭】に集合な。別にただ、ご飯食べておしゃべりするだけだから、ラフな感じで良いからな」

「おう」

 ツバサとタカヒトは帰っていった。

 ルスドは頬骨を押さえていた。

 そうしないとニヤニヤしてしまうからだった。

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