第90話 アラタ、コルネラに治癒師の話を聞く

 コルネラの住処に着いたアラタは、ドアをノックした。


「なんじゃ、また来たのか。兄ちゃんももの好きだのお」


 憎まれ口を叩くコルネラであるが、そのまま部屋へ通してくれた。

 彼女にお茶をすすめられ、それを口にする。


(藤堂トモヤのことを聞きたいけど、それは無理そうだな)


 コルネラは治癒師である。

 それをふまえて、以前から疑問に思っていたことを教えてもらうことにした。


「俺はこの世界にきてから【古代治癒師】というスキルを取得したのですが、どうやって使うか分からない。調べても手がかりがないのです。どうしたものか……」


「ほぉ、【古代治癒師】を持っているのか」

 コルネラが関心を示した。


「知っているのですか? 図書館に行ったけど、このスキルについて書かれているものは見たことがなくて。その手の本があるのかないのかも分からないのです」


「それについての研究者がいなければ本ができるはずもないからな。【古代治癒師】はレアなスキルじゃ。実例も少ない。今では口伝で伝えられているくらいじゃ」


「そうなんですか……」


「とはいえわしも治癒師のはしくれ。一応知識はあるぞ」


「本当ですか?」


「期待するんじゃないぞ? わしの知識は眉唾モンじゃ」


「いえ、それでも、全く手がかりがなかったので助かります」


 アラタは話してみるものだと思った。

 それなら良いんじゃがの、とコルネラは前置きのことばを述べた。


「兄ちゃんはそのスキルをどうやって使っているんだ?」


「薬草を直接噛んで飲み込んでみたんです。するとわずかばかりの体力や傷の回復がありました」


 ギド村付近の洞窟でアラタが遭難した時の一件をアラタはコルネラに語って聞かせた。


「ふむ……」

 コルネラは考え込んだ。


「本来、治癒魔法は自分には使えないようになっておる。古代治癒師というのはその点からいっても特殊な能力のようじゃ。自然回復よりは治りが早くなるが、劇的に治るものではないようじゃな」


「そうみたいですね」


「ところで兄ちゃんは他人の治療はしたことはあるのか?」


「いや、ありません。どんなスキルかも分からないので他人に使うとかは……」


「機会があるなら、経験者立ち会いの元やってみるがええぞ」


「経験者ですか? それは古代治癒師の?」


「いやいや、治癒魔法ならびにその手の知識のあるやつでええ。古代治癒師持ちなんてレアなスキルを持つやつなんて砂漠の中の一粒の砂金を見つけるようなもんじゃ」


「そういうものなのですか?」


「そうじゃ。わしも古代治癒師のスキル持ちなんて初めて会うわ」


 そう言ってコルネラは茶をすする。


「ちなみにどの程度の治療が可能だと思いますか?」


「やってみなければ何ともいえんが……さすがに腕がはえたりはせんじゃろうな」


「あ……そうなんですか」


「なんじゃ、その残念そうな顔は」


「いえ。勇者のチートスキルっていったらそれくらいは期待してたので」


「ふむ……まあ、伝承にはないこともないが……」

 そう言ってコルネラは伝承を語った。



 かつて勇者の中で、それ程の治癒師がいたという。

 戦闘中に仲間の手足がもげても復活させるほどの治癒能力であったという。

 しかし大きすぎる力には代償がつきものだ。

 魔王討伐の旅はあまりにも困難で、多くの仲間を失なったという。

 その勇者は神にこの力を望んだ。

 神はそれに答えた。

 神は治癒能力と引き換えに、勇者の視覚と言葉、そして右腕を奪った。

 当然のことながら勇者は戦闘能力を失った。

 他の勇者は治癒能力の高いその勇者を守りながら戦わねばならなかった。



「それでその旅はどうなったのです?」


「旅は途中までは順調だったという。だが失敗に終わったよ。魔族も馬鹿ではない。治癒能力の高い勇者を真っ先に狙うようになっての」


 そのパーティーはメンバーの再生能力が強みであり、そこを失うと瓦解してしまう。

 結局、治癒能力の高い勇者を守りきれずに、死なせてしまい、そのあとは一人また一人と倒れていったという。


「うまくいかないものですね」


「そんなもんじゃ」


 他に手立てがなかったのだろうか。

 だが、今そんなことを考える必要はない。自分は魔王討伐の旅なんて興味がないからだ。

 あくまで知識として蓄えるのみである。


 

 それからコルネラはアラタが全属性持ちであるという点にも興味を持った。


「兄ちゃん、それは辛くないか? 日常的に痛みを感じると思うが?」


「確かに日常的に痛みがあります」


 アラタは誰にも伝えていないが、全身に刺すような痛みを感じていた。


「【ペイン】じゃな。痛みの呪いみたいなものが、慢性化しておるのじゃろう。一人一属性が基本じゃから、キャパオーバーなんじゃ」


「どうすれば良いのですか?」


 うむ、とコルネラは考え込む。


「この国では解決策はみつからんじゃろうな。兄ちゃんは図書館で勉強したんじゃろ? それで結果はどうじゃった?」


 アラタは【書籍】の内容を思い出す。


「属性に関する本はほとんどありませんでした」


「そうか。やはりな。ここアルフスナーダ王国は、精霊や属性に関する研究は進んでおらん。属性の知識なんてのは、自然と共に生きる様な国の方がはるかに進んでおる」


「そんな国があるのですか?」


「イリア国じゃ。精霊との暮らしを大事にしておる。あの国は聖女と呼ばれる巫女が治めておったかな。ワシには信じられんが、あの国はエルフやドワーフといったモンスターと共に暮らしておると言う。おぞましいモンじゃ」


「モンスターですか」

 アラタにはピンとこなかった。


「何じゃ?」

 そんなアラタの反応に、コルネラは疑問に思った。


「いえ、ドワーフやエルフといった存在は俺たちの世界ではお話の世界に出てくるような存在でして。けして毛嫌いするようなものではないのです」


 アラタはアルフスナーダのこれらの半妖精をモンスターと呼ぶ風習に抵抗があった。 


「ふうん。異世界人は変わっておる」


 すっかりお茶は冷えていた。一通り話終えたところでアラタは切り出した。


「ところでコルネラさん、お腹すきませんか?良かったら俺、作りますよ」


「なんじゃ、急に」


「いえ。色々話を聞かせてもらってたんで、そのお礼ですよ。料理スキルも持ってますので」


「良いのか? この歳になるとそういった事は億劫になっての。いつも適当にすませておるのじゃ」


「そうですか。じゃあ、丁度良かった。買い出しにいってこようと思うのですが、この辺りで食材が手に入るところはありますか?」



 コルネラに市場の場所を聞いて、アラタは外に出た。


「もう夕方か」

 自らの影が長くのびていた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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