第89話 悩むヒナコ
勇者一行は訓練が終わり、闘技場をあとにした。
「あ、いたいた。またサボってる!」
外で煙草をふかせていたアツシの元に琴子がかけよった。
「だりぃ……」
彼は午前中の座学も集中力にかけていた。もともと勉強嫌いで一ヶ月で高校を中退している。要は飽きっぽいのだ。
「はぁ……。元の世界ではトラックさえ乗ってりゃ良かったのによ……俺ができないのは教え方が悪いんだな……」
紫煙をくゆらせ、悪態をつく。
「何ふてくされてんの? そんなことないと思うけど。今日ね、ツバサもミクもすごかったんだから」
「へぇ。そうなんだ……」
心ここにあらずといった感じてアツシは生返事する。
唾を地面にどろりと垂らす。足元に捨てた煙草の上に落ちる。ジュッと音をたてて火がきえる。
「ちょっとお。汚いなぁ」
琴子が顔をしかめた。
「ちっ。俺がこんなわけねぇ。俺は勇者なんだ」
琴子を無視するようにアツシは歩き出した。
「ねぇ、待ってよ」
琴子はアツシを追いかけた。
そんな二人の様子を見てミクはふんっと鼻をならす。
こんなので生き残れるのかしら? と思ったがそれはアツシの問題である。
死にたくなければやるしかないのだ。
「ねえ、ミク」とヒナコが声をかけてくる。
「さっきのスゴかったわね。どうしたらそんな強くなれるの?」
横峯ヒナコ。整った顔にほんの少しの不安気な表情をうかべていた。
勇者の訓練プログラムはそれなりに効果をもたらしている。しかし今日のミクの動きを見て、彼女のようにやれそうにないとヒナコは思った。
それでヒナコはミクに声をかけたのだ。
私のやり方はあんたには参考にならないわね、とミクはつぶやいた。
「え?」と聞き取れなかったヒナコは聞き返した。
「いや、こっちの話。あんたさ、かなり真面目にやってるよね」
「うん。そりゃあ、やるでしょ? 元の世界に帰りたいし」
ヒナコはミクの真意をはかりかねる。
「あんた、レベルいくつだっけ?」
「24よ。初日にレベルアップしたじゃない、何でそんな事きくの?」
疑うことを知らないのだろうか? とミクは思った。きっとヒナコは全ての経験値をレベルアップに使ったのだ。
「真面目よね、あんたって。まあ、ここにいる子は真面目なんでしょうけど?」
「なによぉ」
何だかんだいって、アツシも真面目なんだと思う。本当に嫌なら、来なければ良い。この国を抜け出して勝手に生きていけば良いだけの話なのだ。いや、あれは思考停止してるだけか、とミクは思った。
「あんた、タレントやってんでしょ? じゃあ聞くけどさ、芸能界でやってくのなら、ただ講習受けてるだけで売れるの?」
「それはないわよ。みんな悩んで、工夫して、なんとか生き残ろうと必死よ」
「それが分かってるのなら、そうしたら? あの子みたいに」
ミクは首をくいっとして、あちらの方向を指し示す。
「スズ?」
クロエとスズが話をしている。何だろうとヒナコは思った。
「後は自分で考えて」
そう言ってミクは手のひらをひらひらと振って歩き出した。
ヒナコはそんなミクの背をじっと見つめ、さきほど彼女が示した方へ歩き出した。
「皆との訓練をやめたい? どういう事?」
クロエは怪訝な表情をした。
「言ったとおりよ、クロエ。私は明日からこれには参加しない」
スズは無表情に答えた。
「なぜ?」
「私なりに考えて、自分で訓練する事にしたから」
「自分でって……。スズ、それで強くなれるの? べつに強要するわけじゃないけど」
「前例があるからそれに習う」
「前例って……」
クロエははっとする。
「アラタね。スズ、もしかしてアラタと一緒に?」
「分かってるなら聞かないで。じゃ、言ったから」
そう言ってスズはクロエから離れる。クロエは言いようのない焦りを感じた。
「ねぇ、スズ、アラタは知ってるの?」
歩き出しだスズの背に向けてクロエは問いかける。
「これから頼んでみる」
足を止めてスズは答えた。
「頼むって……もしアラタに断られたら、こっちに戻ってくるのよ」
スズは振り向いた。唇にほんの少し笑みが浮かんでいた。
「アラタは断らない」
今度こそ、すたすたと去っていった。
クロエはそんなスズを何ともいえない表情で見送った。
「ねぇ、スズ。ちょっと待って」
ヒナコがスズを追いかけてきた。
「何?」
「さっき聞こえたんだけど、明日から来ないの?」
「ん」
「アラタと一緒に?」
「ん」
「そうなんだ……」
二人並んで歩く。ヒナコはちらりとスズを見る。
随分とスズはアラタを買ってるわねとヒナコは思った。何があるっていうのかしら。アラタに対する特別な印象がヒナコにはなかった。
一度薬草の採取クエストに行ったくらいだ。
確かに的確に薬草を採取していたけれど……。それが何か関係あるかしら。それと魔王討伐はむすびつかないし。こうして講習を受けてればそれなりに効果はあるのは分かる。ツバサが今日初めて攻撃魔法を当てた……。でもこのままで良いのかしら。
ヒナコは悩んでいた。理由はない。漠然と不安を感じているにすぎない。
それは生き馬の目を抜くような芸能界で、子役からいまだに生き残っているヒナコの持つ勘のようなものである。
こういう時は思いきって行動すべきね、とヒナコは自分の直感に従った。
「ねぇ、スズ」
「何?」
「私もアラタとスズと一緒に行っていい?」
スズがヒナコの方を向く。少しだけ目を開いている。驚いているのだ。
「ヒナコが?」
「うん。私もこのままでいいのかなって。ダメかな?」
「ダメじゃないけど」
「じゃあ、お願い!」
ヒナコはスズの両手をにぎった。
「どうして?」
「私はアラタがそんなにスゴイ奴だとは思わない。スズには悪いけどね。でも私はスズに一目おいてるの。そんなスズかアラタと一緒に訓練しようとしてる。だからスズのやり方を試したいのよ」
「あ……うん……私もアラタに一緒していいか、これからお願いするから」
「そうよね。じゃ、私も一緒に」
「ん」
「でも、大丈夫よ。私達かわいいし。アラタが断るはずないわ」
ヒナコがペロっと舌を出した。
「……」
さきほどからアラタに対して随分な言いようだと思ったスズである。でも不思議と不快にはならない。あっけらかんとしたヒナコにはそうした魅力があるのだ。
二人は宿舎に戻ってアラタを呼び出してもらうも不在だった。
スラムに住むコルネラに会いに行ったからである。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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