第88話 訓練

「お前さん。昨日の夜、腕の立つ冒険者と決闘したんだってな」


「イザベラさん、どこからそれを?」


「ワシにもそれなりの情報網があるってもんさ。冒険者界隈ではこの話でもちきりだよ」


「もちきり……」

 一晩でそんな事になっていようとは思わなかった。


「詳しくきかせな」

 イザベラの口元が二ィッと歪んだ。


 アラタはイザベラとルチアのためにホットケーキを焼いた。

 二人とも美味しいと言って食べた。

 食べながらアラタは昨夜の事の顛末をイザベラに語って聞かせた。

「ほぉ。【剛剣士】ね。お前さんには驚かされるばかりだ」

 関心してるのか呆れてるのかイザベラは、ため息とも判別のつかない息をはいた。


 それにしても……とイザベラは続ける。

「お前さん、次から次へと女に唾つけてるけど、一体全体どういうつもりなんだ?」


 ぶうっ! とアラタはお茶を吹き出す。

「ゴホッゴホッ! 急に何を言ってるんですか? そんな事してませんって」


「何って……それが無意識だって言うんなら、お前さん、どうしようもないな」


「どうしようもないな……」

 イザベラの発言をルチアが真似する。


「全く……お前さんのような男が一番タチが悪い」


「タチが悪い……」

 ルチアがまた真似をする。


「いーんだよ、ルチアはそんなこと言わなくて」

 アラタは口を尖らせる。

 召喚された勇者の中につい先日別れた女がいるというのは知られた話だった。

 フリーになったとはいえ、こうも女に縁が増えるものなのか。

 そんなにモテる男のようには、ひいき目に見ても思えない。イザベラは首をひねった。


 食後にイザベラと体術の練習をしたが、早めに切り上げた。アラタがコルネラの所へ行くからである。

 剣術の訓練に関してはスキル【剛剣士】になった事で、イザベラ自身がこれ以上は相手が務まらないという事で断られた。

 それほどの差がついてしまったというのだ。

 今の所、体術では負けているし、冒険者としての経験値も負けているアラタである。剣士として上になったからと言ってイザベラに対する尊敬の念が薄れる事はない。

 仮に自分が、イザベラより優れた冒険者になったとしても、この気持ちは忘れてはいけないと思う。

 自分一人だけで強くなったわけではない。


「コルネラさんには、イザベラさんの事を伝えますか? 何か言伝ことづてがあれば、言っておきますが」


「いや、いいよ。関わりたくない」

 イザベラとコルネラの間に何かあるのか。アラタは疑問に思ったが聞かなかった。イザベラが聞くなという顔をしていたからだ。


 アラタが宿舎から出ていったあと、イザベラはおもむろに自分の部屋へ戻った。

 クローゼットの扉を開けて、その中にある引き出しの奥を覗く。

 手のひらサイズの不格好な二ついの人形があった。

 その人形をイザベラはひょいと掴んだ。手の中に収まったそれを、イザベラはじっと見つめた。


「アラタか……モテなさそうなのになぜか女の気をひく……。修一、お前に似てなくもないぞ」


 過去を追想し、イザベラの瞳が一瞬揺れた。

 もう一度、そっと元の位置に戻して、クローゼットの扉を閉めた。


 ◆◆◆


「やっとでてきた」

 103号は呟いた。


 アラタの行動パターンをだいたい把握していたが、時折アラタが変則的な動きをするため、103号は待つしかない。

 103号はアラタを追いかける。

 待っている間、103号は空腹に我慢できず携帯食料を口にした。冷たくて美味しくない食事である。食べきれずに残した。

 後は水を飲んで空腹を紛らわす。冒険者ギルドの通りを抜けてその先。スラムの方へ向かっている。

 アラタは昨日の住居へ向かう様だった。


「一体、何の用だろ?」

 103号には想像もつかなかった。


 ◆◆◆


「火弾!」


 人食い狼の右前足が消失した。


「当たった……ぜぇぜぇ……やっと、当たった……ぞ!」


 ツバサが息を切らしながら言った。ツバサのはなった攻撃魔法の威力に、彼らの指導にあたっていたクロエ、リーナ、ガイルは目を見開く。


(あれ、火弾だよね? 当たっただけで消しとんだ?)

 リーナは今更ながらに勇者のポテンシャルを知った。


「チャンスだ! 一気にかたを付けろ!」

 冒険者のガイルが叫んだ。

 だが、魔法の攻撃はそこまでだった。

 ツバサはじめ、他の勇者も魔法を使い切っていた。


「魔力がないなら、武器を持って攻めるのよ!」

 次にクロエが叫んだ。

 しかし、魔物に近づくものはいなかった。


「ちっ、しゃあねえな」

 戦斧を肩に担いで人食い狼にとどめを刺そうとガイルが一歩を踏み出した。


「待ちな」

 それを止める女の声。


「あん?」

 振り向くとミクが立っていた。


「こんな武器でどうしろっていうんだい?」

 ミクはレイピアの刃先をつまんで曲げる。


「女には、それくらいの軽い武器しかあつかえないだろ?」

 ガイルはミクの事を戦力外だと決めつけていた。

 ミクは右手を差し出して、「それ貸しなよ」と言った。


「おいおい、お前が扱えるようなもんじゃあねぇぞ? 怪我してもしらねえぞ?」


 ふんっとミクは鼻を鳴らした。手を引っ込める素振りをみせない。


「まあ、やってみれば分かるか」

 バカにしたように笑うガイルからミクは戦斧を受け取った。そして人食い狼の方にのしのしと歩いていく。

 グルルルルルッ!

 人食い狼が凶暴的に牙をむき出し唸っている。

 ミクがその鼻先まで近寄ると、大口を開けてミクに食らいつこうとする。

 ギャフン! と人食い狼が鳴いた。ミクが鼻骨部分に踵落としを食らわせたのだ。慣性がついたまま、ふりあげた戦斧を人食い狼の脳天に振り落とす。

 ゴキッとイヤな音が響く。そのまま頭に突き刺さった戦斧の柄から手を離し、くるりと空中で回転して、ミクは人食い狼の後方に着地した。

 ミクの体格からは想像できない軽い身のこなしである。

 人食い狼はズルズルと這って進む。

 そのままトウカの前までやってくると倒れて死んでしまった。


「ひゃー!」

 顔に人食い狼の血が飛び散ったトウカが悲鳴をあげた。


「大袈裟だねぇ」

 そう言うとミクは人食い狼の頭に突き刺さった戦斧を引き抜き、ガイルに手渡す。


「なかなか良い武器だね」


「お、おう、そうだろ……」


 ミクの戦闘能力に驚いたガイルは言葉につまっていた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


 少しでも楽しんでいただけた方は、♡や☆を入れていただけると執筆の励みになりますので、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る