第87話 花売り少女のシュウ

 スズと朝食をすませ、図書館へ寄るのが、アラタのお決まりのコースである。

 ──と、そこへ


「アラタ様」


 と声をかけてくるものがいた。

 アシンメトリーの髪型、つり目の美人。背丈は自分より少し上か? どこかで見たような。はて……。


「ナージャといいます。カル様の部下です」


「あー、そうだ。どうかしましたか?」


「カル様より、アラタ様の警護、ならびに身辺のお世話を仰せつかったので、そのご挨拶に伺わせていただきました」


「警護? お世話って……いや……必要ないけど……」


 アラタは自由に動きたかった。ただでさえ国の管理下に置かれている状況であるのに、さらなる監視の目というのは精神的にもきつい。

 実際のところナンバーズにもつきまとわれているのだ。


「アラタ様は警護が必要ない……もしかしてご迷惑でしたか?」


「いやー、なんというか……」


 たははと頭をかいて笑う。

 ナージャのボスであるカルという男が宰相の位であるのはアラタも覚えていた。この国の中枢の一人であろう。現状ではそのような人物の提案を突っぱねるのはアラタにはできかねる。


「では代案を立てましょう」


「代案?」


「アラタ様に身の危険が及ぶような事案に関してはこのナージャ、いつでも馳せ参じますのでそれは許可を願いたいと思います。よろしいですか?」


「まあ、それくらいなら」


「ではこれを」


 といってアラタにアイテムを手渡した。

 それは手のひらサイズの札である。魔術的な文字が書いてある。じっとアラタはそれを見つめる。


「アラタ様の身に危険が及んだ時にそれを割ってください。遠くからでも駆けつけます」


 何らかの伝達装置のようである。


「分かりました。ありがとうございます」


「いえ、それではこれで失礼させていただきます」


 ナージャがこのようにしたのは、アラタに関する資料を見ても彼が一人で行動するのを良しとすタイプのようだからである。

 スズと行動を共にすることがあるのは、彼女を信頼に足る人物であると判断しているからであろう。

 あまりこちらの我を押し付けて宰相カル•ケ•アルクの心象を悪くするのは良くない。

 カルはアラタと良い関係を構築しようとしている。

 それにこの王都の中でそうそう危ない目に合うはずはない。ならばいつもついてまわる護衛など必要だろうか? 必要ないだろうとナージャは判断した。

 しかしナージャは知らなかった。アラタがトラブルに巻き込まれやすい体質であるということに。


 ◆◆◆


 ひとしきり図書館で情報収集をしてアラタは宿舎へ戻る。

 とはいえ魔術師学園の図書館より有益な情報はもはやなさそうであった。

 ステータス画面上にある【書籍】は充実してきたが、本日の成果は充分とはいえなかった。

 目新しいものはない。


「図書館通いも限界だな」


 ここでやり方を変えるのが良いだろう。


「まずは腹ごしらえだ」


 イザベラもルチアもアラタが作る昼食を楽しみにしているのだ。

 社畜として働きづめであったから、暇だと何をしていいか分からず、そわそわしてしまう。

 ある程度、予定が詰まっている方が張り合いがある。

 忙しければ琴子の事を考えずに済む。喫茶店の一件以来、彼女とは話をしていないし、顔もあわせてはいない。


 図書館から宿舎に戻る途中に、冒険者ギルドがある。

 その通りの前で、小学生くらいの女の子に冒険者が絡んでいるのをアラタは見かけた。


「こんなとこで、ぶらついてんじゃねぇ。ガキが!」


「花、買ってよ」


 その台詞を聞いて、アラタは昨日、七日白蘭華なのかはくらんかを売りに来た女の子だと分かった。


「いらねーよ! うっとおしい!」


 手を上げようとしたので、アラタはその手を掴んだ。


「すまない。彼女が何か?」


「ああーん?」


 ガタイのいい冒険者は振り返りアラタを睨む。だが、それがアラタだと知るとギョッとして、


「な、なんだ。あんたのツレか」


 明らかに態度が変わった。表情はひきつっていて、怯えのようなものが見てとれた。彼が昨夜の野次馬の一人なんだとアラタは気づいた。

 冒険者もアラタも、できることならここは穏便かつ平穏にやり過ごしたいと思った。


「な、何でもねーんだ。じゃあ、俺は行くわ」


 そそくさと、その場を去ろうとするのだが、女の子は、「お兄さん、お花買ってよ」と一言。


「か、買う! 買います! 買わせていただきます。お嬢ちゃん幾らだい?」


 一転して態度の変わった冒険者は脂汗をかいている。


「五本あるから、全部で五十リギルよ」


 アラタは、相変わらず高いと思った。冒険者も同じ思いなんだろう。だが、五十リギル払ってでも、その場をしのぎたかったらしい。ガタイのいい冒険者はあっさり払って逃げるように去っていった。

 味をしめたのか、昨日に続き今日も来ているのだろう。


「お前、それ、もうちょっと安くならないのか?」


 アラタが意見すると女の子はアラタを睨んで、


「お前じゃない」

 と、言った。


「ん?」


「シュウって名前がある」


「そうか、俺はアラタだ」


「レディに対して、お前とか失礼よ。アラタ」


 シュウは仁王立ちで、ビシっとアラタを指さした。


「悪かった」


 子供だと思っていたが、女としての矜持もあるのだと、反省した。


「まあ、いいわ許してあげる。アラタのお陰で全部売れたしね」


 じゃあね、と言ってシュウは走っていった。


「たくましいな」


 アラタはその小さな背中を見送った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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