第14話 アラタ、スズと朝市に行く

 クロエと入れ換わるように、高校生の勇者の中でも美少女の二人が、アラタの見舞いに来た。

 勇者メンバーから、距離をとっていたアラタとしては晴天の霹靂であった。


「で、どんな感じなの?」


 ヒナコはアラタが寝てるベッドのそばの椅子に座って聞いてきた。

 スズもそれに倣って座る。


「一日安静にしてれば治るって」


「大事にならなくて良かったね。スズが心配してさー」


 スズが心配そうに


「見てなかったけど、凄く血が出てたから、びっくりした」


 と言った。

 彼女達も訓練してたし、アラタとクロエが剣を交えた時間なんて、一分にも満たない。見てなくて当然だ。


「学生の時に剣道してたから、いけるかな? と思ったけど無理だったな」


「そっかー、まぁ仕方ないね。相手は騎士だからね。プロだもんプロ」


 ヒナコは努めて明るく言った。

 ほとんどの勇者はアラタがクロエにやられた所しか見ていないため、アラタに対する評価は落ちていた。

 魔法が弱い。

 剣も弱い。

 協調性がない。

 スズが見舞いに行きたいと言ったから、ヒナコはついて来ただけなのだ。

 ヒナコはスズが何故アラタを気にしてるか分からなかった。

 別になんて事のない男にしか見えなかった。


「そろそろ……いい? スズ」


「うん」


 スズはアラタを見ながら答えた。


「じゃあね、アラタ。私達行くわ」


 ヒナコはおいとまする為に立ち上がった。


「あぁ、わざわざありがとう」


 スズも立ち上がる。その時に


「アラタ、また……ね?」


 ほんの少し、スズの手がアラタの指先に触れた。

 軽く、ひんやりとしていた。


「お、おお。また」


 当たった指先に全神経を集中してしまうアラタであった。


 ◆◆◆


 もう一眠りしたアラタは大聖堂を後にする。

 安静にしろと言われたが、とりあえず宿舎に戻る事にした。

 足首が痛い。頭痛もある。

 アラタは治癒師ってのは一瞬で治せるものだと思っていたが、違うようだった。

 クロエによると自分を治した高位の治癒師は一日安静にすればいいという事だった。

 全治一日なら魔法と言えるのだろう。

 召喚されたこの世界は想像するようなゲームの世界程ではないのかもしれない。

 だが、それでも自分には多少のチートが備わっているとも思われる。

 それがどの程度かは分からないが、今の内にそれを身につけていくべきだと思う。

 あわよくば、勇者チームを抜けたかった。

 しかし今抜けても、自分はこの世界で生きていけないような気がしていた。


「それにしても一ヶ月か……」


 トライアル雇用でも三ヶ月程度だから短いと言えば短い。


 月が出ていた。

 大きい月と小さい月が。


「月がきれいだな……」


 ふと、琴子の事を思った。

 なかなか吹っ切れない自分に嫌気がさした。


 ◆◆◆


 朝。携帯の充電は切れていてアラームが鳴らなかった。

 ふと、思い立って食堂に行ってみた。

 窓の外を眺めている女子の姿があった。


「おはよう」


 アラタはその後ろ姿に声をかけた。

 彼女は振り返る。


「おはよう」


 と答える美しい少女。


「スズ、朝市って知ってるか?」


「朝市?」


「使用人のカイルさんから聞いたんだ。朝にやってる市場。だから朝市」


「そうなんだ」


「昔、召喚された勇者が味噌とか醤油とか伝えていたらしくて、それが朝市に売られているんだって」


「そうなんだ」


「今から行かない?」


「うん、いいよ」


 二人は並んで歩く。

 アラタは安静にしろと言われていたが、そこまで従順な人間でもなかった。

 活気があり、人々が店舗を見て回って、買い物していた。


「今日は味噌と醤油を買うの?」


「やっぱり味噌汁飲みたいだろ?」


「うん」


 それらは、手に入れる事が出来た。

 少し味見させてもらったが、日本と遜色ない味に感じた。


 スズは、どちらかというとポーッとしている女子で何を考えてるか分からないと言われるタイプだ。

 人混みの中で、かなり歩きにくそうだった。

 流されていって、アラタと離れていってしまう。

 アラタはスズの手を引いた。

 ほどかれる事はなかった。

 少しうつ向いて、アラタを見ていた。

 久しぶりに女子の手を握った気がする。

 手はアラタに比べて冷たいので、冷え性だな。などと、どうでもいい事を考えていた。


 アラタとスズは、出店で、パンに肉やら野菜やら詰めたサンドと、野菜ジュース、米に何かしらのスープをかけたものを購入して、ベンチに座って食べた。

 早起きは三文の得というが、早起きすれば美少女と飯が食えるなら、早起きも続けようというものだ。


「アラタは今日は一日中寝てるの?」


「せっかくだし、異世界の町並みを見てこようかな」


「でも……」


 スズは頭の包帯にそっと手を触れた。


「まぁ、大丈夫でしょ」


 そう言うとアラタは立ち上がる。

 宿舎に戻る時、アラタはスズの手を引く事はなかったが、スズはアラタの二の腕の服を掴んでついて行った。


 スズは勇者の訓練に行った。

 アラタは再び宿舎を後にする。

 採取クエストで少し手持ちがあったので、道具屋に行く事にした。

 老舗の道具屋の赴きの店構えに、少しの間眺める。


「シブイな」


 アラタはそう、つぶやいた。

 中に入るとおじさんが店長をしていた。

 商品のほとんどは何に使うか分からなかった。

 アラタは目的の物があったので、それを聞いた。


「回復薬のスターターパックがほしいのだが」


「お前さんは新人の冒険者か?」


 支払いに出したギルドカードを見て店長が言った。


「そうだ。簡単な回復薬なら誰でも作れると本に書いてあったから来た」


「珍しいな。この国では本を読む者は多くないからな」


 それで図書館はガラガラだったのか。

 生活に追われて本を読む事はないらしい。

 情報は人づて。コミュニケーションで手にいれていくらしい。

 情弱な人々が多いという事なんだろう。

 だが、それでも生きていけるのは、人と人とが協力しあって生きているからだという。


「回復薬といっても、こいつは簡単に手に入る素材で出来る回復薬だから、効果はそこそこだ」


 袋の中に薬草やら何やら入っている物を出してきた。作る道具や説明書も入っている。

 まさに初心者調合セットといった内容だ。


「薬草はあまり入ってないから、もう少し買っていくといい」


「じゃあ、薬草と毒消し草を一袋追加してくれ」


「はいよ」


 勇者として、生活の面倒を国が見てくれている間に何でも試して、力を付けていく。

 そのつもりだから、アラタは時間を有効的に使っていくつもりだ。


 ◆◆◆


 相変わらず頭痛がする。

 安静にと言われていたのに、言うことを聞かなかったからか。


 スラムの方に来た。

 スラムというと、近寄りがたいイメージがあったが、普通に貧乏な町並みといった雰囲気だ。


「ちょい、そこの人」


 声をかけられた。

 見るといかにも占いをしていますといった老婆の姿。


「何か?」


「見てしんぜよう」


 アラタは占いは信じないタイプだ。だが、この異世界ではこういったカルト的な事が力をもっている。

 魔法もその一つだ。

 バカには出来ないと思ったアラタは椅子についた。

 老婆は水晶に手をかざして、何やらゴニョゴニョと唱える。

 すると水晶が光り出した。


「おぉ、これは……」


 アラタは身を乗り出した。お主は実は天才的なうんたらかんたら、この世界では無敵みたいな発言を期待した。


「平凡で、何て事のない男だな。自分の身の丈に合わぬものに振り回されて、身の破滅を招くタイプじゃな。せいぜい死ななない程度に頑張るんじゃな」


 しっかり見料をとられた。

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