第15話 アラタ、 病床で夢を見る
宿舎に戻った。
歩き通しでかなり疲れた。電車、バス、タクシーなどがない異世界は肉体的にハードだ。
馬車が走っていたが、どうやったらあれに乗れるのかも分からなかった。
貴族だけが乗るものなのかもしれない。
足首の痛み、頭痛。改善してる様子はなかった。むしろ足首に関しては歩き回っていたせいか、悪化していた。
昼食は食欲がなく取らなかった。
そのまま自室で回復薬の調合をする。
いい加減休まないといけないが、回復薬の調合だけは練習しておきたい。
回復薬のセットには、元の世界にいてはお目にかかれない、何だか分からない素材が、幾つも入っていた。
ただしこれらは回復薬の素材の中でも安い素材らしく、例えば、薬草ネズミのヒゲ。これは薬草を食料に育てられたネズミだ。
これの上位互換の素材はドラゴンのヒゲとかユニコーンのたてがみ、とかになる。
入手難易度の高い素材を使えば、回復薬の効果も上がるという。
こういった素材を細かく擦りつぶし、煮込んだり、魔力を注いだりして、回復薬を作る。
ちなみに解毒薬も、似たような作り方なので、毒消し草も買って来た。
こういう風に作業をしてると、ステータス画面に、新たなスキルの取得が出来るのかと思ったが、何も出なかった。
そうそう上手くいかない。
取得可能と表示される条件が、危機的状況なのか、必要性に応じてなのか。
それともどんなスキルでも取れる訳でもないのか。
あるかどうかは分からないが【調合師】とか【錬金術師】のスキルは欲しい。
取り敢えず出来た回復薬を飲んでみた。
苦くて飲みにくかった。
足首と頭の痛みに効いたような、効かないような感じだ。
道具屋の店長に説明されたとおり、効果はそこそこなんだろう。
くたくたになって、ベッドに横になる。
そのまま、眠ってしまった。
◆◆◆
また、昔の記憶を夢で見ていた。
機械のモーター音が響く。
機械油の匂い。
これは町工場でアラタが仕事をしていた時の記憶だ。
「今月ももうすぐ終わりだ。二十日の納期の物は優先して作業してくれ。」
アラタは部長にそう指示された。
自分にもたらされた仕事量はかなりあった。
残りの日数を考えれば、残業せざるを得なかった。
くたくたになって、帰るとアパートには電気が付いていた。
「ただいま」
「おかえりー」
琴子には合鍵を渡していたので、何時でも出入り自由だ。
夜に琴子が訪れた時は彼女は大抵泊まっていく。
アラタはすぐシャワーを浴びた。
体に付いた工場の油などの匂いは、働いていない者にとっては臭いからだ。
琴子は料理が苦手だ。
家庭科の授業で習った程度の事は出来るので、ご飯を炊いて味噌汁は作ってくれていた。
といってもアラタも仕事に疲れて料理をするのがしんどかった。
これだけ準備してくれていて有り難かった。
魚を焼いて、サラダを作って食べた。
琴子は大学の講義が終わったら、友達と出掛けて、食事してきたという。
バイトもしていて、自由になる時間と小遣いは大学生の琴子の方があるのではなかろうか。
琴子はアラタのアパートの部屋でテレビゲームをする事が多くなっていた。
これはアラタが平日時間が取れないせいである。
琴子はアクション系のゲームよりはRPGを好んでやっていた。
コツコツと経験値を貯めてクリアするのが好きらしい。
それで、琴子はアラタが買って途中で飽きてクリアしてないRPGもクリアしていた。
日曜日しか外で遊べない二人なので休日は大事にしていた。
「アラタ、次の日曜日どこ行く?」
「水族館は?」
「定番だね」
「いや?」
「いいよ。その後映画でも行く?」
「そうしよう」
琴子は大学でも人気者で誘いが多かった。
それは分かっていたアラタだったので、デートは手を抜かず積極的に二人で出掛けていたのだ。
ホントに何気ないアラタと琴子の日常の風景だ。
また、場面は変わる。
あの日の記憶だ。
いつもは暖色系のメイクである琴子が、一度も見た事のないメイクのカラーになっていた。
寒色系のクールなメイクに変わっていたのだ。
「他に好きな人が出来た」
琴子の目はアラタを見ていなかった。
何故だ?
俺が幸せにするのに。
そんな簡単に終わるのかよ。
やって来た男は頼りがいのある男って雰囲気だ。
日に焼けて、トラックに乗って、次期社長。
妬み、嫉み、怒り、殺意。
だが、そのどの感情も悟られたくなかった。
殺意なんかあっても実行出来るわけなかった。
仮に殴りあっても自分は返り討ちにあうだろう。
ただ自分は泣いて諦めるしかないのだ。
惨めな自分を知られたくなかった。
だから、淡々と訓練を積んで、普通な自分を装う。
勇者になる為じゃない。
この世界で生きていくために。
◆◆◆
アラタは頭が痛くて目が覚めた。
窓の外は暗くなっていた。
体調は良くなってなかった。
むしろ酷くなっていた。
声も出ない。
薬は無い。回復薬は飲んでしまった。よだれや、鼻水がだらだらと流れる。
涙も流れる。
光属性に【治癒】の魔法が追加されていた。
だが、治癒魔法は自分には使えない。
人は治せても自分は治せない。
今欲しい魔法はそれじゃない。
自分を治せる魔法かスキルが欲しいのだ。
体を起こす事も出来ない。
アラタはもう自分はこのまま死ぬんだと覚悟した。
何もないまま死んでいく。
ベッドの下に手を伸ばすと何かを手に掴んだ。
それは回復薬を作る時に余った薬草だった。
何も加工してない野山に生えていたそのままの薬草だ。
薬草と言うからには、何らかの効用くらいはあるだろうと。
それを口に含み、クチャクチャと噛む。
目は虚ろ。
最後に見た光景はクロエとスズの姿。
占い師も言っていたが、自分は何て事のない男なんだと。
あんな美少女達に出会えたのは、良かったな。
などと思いながら気を失った。
◆◆◆
月を眺めていた。
この世界の月は地球の月とは違う。
琴子は地球の両親や大学の友人の事を考えていた。
今、ここにはいない人達。
琴子にとって今、最も頼れるのはアツシだ。
付き合って二週間程度の男に頼るのもどうかとも思う。
何となくアラタへの気持ちが、冷めてしまった琴子は、友人の誘いもあって合コンに参加した。
そこで出会ったアツシはアラタと違って、金銭的な余裕を感じた。
アツシは琴子を気に入って、何度かグループで遊びに行く事があった。
それはアラタが知らない事だった。
その内に琴子はアツシに惹かれていった。
車を持っていたのも大きかった。
確かに好きな人と自転車やバス、電車で移動するのもいいのだが、自宅まで迎えに来てもらえるのは大きい。
女は男よりも早く起きて化粧したりして身支度に時間がかかる。
そこから、目的の場所に電車を乗り継いで行くとなると、負担を感じるのだ。
準備さえ出来ればアツシが迎えに来て、車でデートコースに連れて行ってもらえる。
アラタとしか付き合った事のない琴子にとって新しい経験だった。
夜景を見て、ホテルに泊まって、アツシの腕に抱かれた。
自分の選択は間違っていないと思いたい琴子だ。
アラタは優しかったし、自分の為に全力で頑張っていた。
でも持たざる者より、すでに持っている者に惹かれるのは女としては当然の事だ。
でも……と、琴子は少し泣いた。
それはアラタの為か。
月を眺める自分に酔っていたからなのか。
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