第16話 アラタ 、美少女に看病される
最初、その異変に気付いたのはスズだった。
別に約束している訳ではないが、朝の六時に食堂にやってくる人が今朝は訪れなかった。
使用人のカイルが食堂の掃除にやって来たとき、スズはアラタの様子を見てきて欲しいと頼んだ。
「どうして?」
状況を良く分かってなかったカイルである。
昨日の剣の訓練でアラタが怪我をした話を聞くと、
「しかし治癒師の治療を受けたんですよね」
その返答に
「お願いします」
ぐっと真剣な眼差しで訴えるスズだ。
カイルはスズの迫力に圧倒され少し慌てて男子寮へ向かう。
廊下は静まりかえっていて、まだ皆寝ているようだった。
アラタの部屋のドアをノックしたカイルだが、返事はなかった。
一度深呼吸して、ドアノブを回すと鍵はかかっていない。
「アラタさん、入りますよ」
ドアを開けて覗く。
床に回復薬の調合セットが転がっていた。
ベッドを見るとアラタはいた。だが、寝ているというよりはベッドにぐったりと横たわり、口周りは緑色の液体がベットリ貼り付いていて普通ではない様子だった。
「アラタさん!」
駆け寄ったカイルはアラタを少し揺すったが目を覚まさない。すぐに部屋を出て走って人を呼びに行く。
この宿舎に治癒師はいない。
◆◆◆
それは偶然と言っても良い。
クロエは朝稽古をしていた。
昨日アラタが、また自分と剣を交えたいと言われ嬉しくなって、剣を振っていたのだ。
剣の型を一通り終え、汗をかいたクロエは、タオルで拭いていた。
学生時代は剣の強さが全てだと思い込んでいたので、学園一の強さを誇っていたクロエは、男子からの交際の申し込みを全て断っていた。
諦められない者は、剣で勝負を挑んで、勝ったら付き合って欲しいと交際を申し込む者もいた。
だが、剣を交えると二度と関わってくる事はなかった。
そこへ来て、アラタの昨日の発言である。
また、初めて会った日、図書館で俺の彼女になってくれ的な発言もあったので、余計に意識してしまっていた。
「いやいや、あれはアラタが琴子さんに振られて自暴自棄になっていたのであって……ゴニョゴニョ……」
独り言が止まらないクロエだ。
そこへ血相を変えたカイルが、走って来た。
「ク、クロエさーん! 大変です」
話を聞いたクロエは血相を変えて、宿舎へ走った。それはカイルでは全く追い付けない速さだったという。
スズは本館一階で右往左往していた。
クロエが走って来たのでついて行った。
アラタを背中に乗せて大聖堂まで走るクロエ。
アラタはやせ形とはいえ、男性なのでがっしりしていて重いはずだが、普段から鍛えているクロエはものともせず走る。
スズも置いていかれた。
それでも、こんな時にスキル【鬼神】が発動してくれれば、二割増しの能力を発揮できたのに、と思わずにいられないクロエであった。
◆◆◆
大聖堂にはソフィア王女はいなかったが、司教が朝のミサを行っている所だった。
司教も高位の治癒師である。
クロエはミサを中断させる事を詫びて、アラタを診てもらえないか頼んだ。
「神はそのような事でお怒りになられません」
そう言ってアラタを診た。
「体力的に落ちているようですが、命に別状はありません。治療の必要もないです」
「よ、良かったー」
クロエは力が抜けて、へたりこんだ。
スズも追い付いて事の成り行きを聞いて、ようやく人心地ついた。
──暫くして、アラタは目を覚ました。
「アラタは今日も休みなさい」
そう言ったクロエに
「いや、大丈夫でしょ?」
体に異常を感じないアラタは答えた。
頭痛も足首の痛みもない。
「「ダメ!」」
クロエとスズがハモった。
どちらにせよ、二人は今日も勇者の訓練でここからいなくなるので、それから活動すればいいと思うアラタであった。
昨夜アラタが取得した光属性の治癒魔法がステータス画面から消えていた。
代わりに、スキルの欄に【古代治癒師】が表示されていた。
もうすでに取得されていた。
レベルがないパターンのスキルだ。
光属性の治癒魔法が、変化したのだろうが何なのかは分からなかった。
レアなスキルであるのは間違いないだろう。
出来れば、治癒の上位互換の能力であって欲しい。
クロエはまだ病室にいた。
「クロエ、頼みがあるんだが」
「何?」
「魔術師学園に図書館があったらその使用許可が欲しい」
「魔術師学園?」
「そうだ」
クロエはそこで合点がいった。転移について調べたいのだと。
「申請してみるわ」
──少ししてスズが部屋に入って来た。
美少女達が部屋にいるのは嬉しいが、自分の容姿や性格を考えても将来的に彼女になってくれるとも思えなかった。
自分と彼女達ではとても釣り合っているようには思えないからだ。
ただ、脈があれば彼女にしたいという気持ちもある。
決して草食系男子ではないアラタである。
スズは食事を運んできた。
お盆にはお粥が乗っていて湯気がたっていた。スズが作ったという。
体を起こしたアラタはその盆を貰おうと手を伸ばすが、スズはそれを無視して、椅子に座る。
アラタの手は宙をかく。
スズはお椀をもって、レンゲで粥を掬う。
湯気が出ていて熱そうである。
スズはそれに息を吹きかけ冷ます。
「はい」
レンゲをアラタの口許に持っていく。
これは!アーンとかいうやつでは?!
古来より病床につく男を落としてきた女人のファイナルウェポン的な!
だが、あまりにもスズが何でもない、さも当然のように口に運ぶので、アラタはそのまま食べた。
旨かった。
またレンゲで粥を掬うと、スズはふーふーと息を吹きかけ冷ます。
それを食べるアラタ。
クロエが、真っ赤になって見ていた。
食べ終えると、スズはアラタの口許に付いた米粒を手に取り、パクッと食べた。
「うん、美味しい」
美少女のいたずらっ子の笑顔。
完璧だ。
普通の男子ならこれで落ちる!
やはりこいつ!天然か?!
アラタとクロエは身悶えして倒れた。
暫くして二人は訓練の時間になり、戻って行った。
アラタは病室を出て行く。
宿舎に戻り、使用人宿舎の台所に行くと、イザベラとルチアがいた。
「カイルから聞いたが、大変だったんだろ?」
イザベラが心配そうにいう。ルチアがアラタの手を握ってきた。
「すみません、ご心配かけたようで」
「無茶せんようにな」
「はい、ところでイザベラさん、聞きたい事があるんですが──」
その内容を聞いたイザベラは、
「そういうのが無茶だと言っておるのだが……」
◆◆◆
目の前には冒険者ギルド。
アラタは人の忠告は、きちんと聞く。
でも、そのとおりにするかは、別である。
他人は自分の思い通りにはならないものだ。
それは琴子の気持ちもそうだ。
だから自分の気持ちに沿って行動する事に決めたアラタであった。
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