第13話 アラタ、クロエと対決する その2

 アラタはコモランの応急措置を受け、大聖堂の方へ連れていかれた。

 大聖堂にはレベルの高い治癒師が数人常駐しているからだ。

 コモランも治癒師としての仕事は出来るのだが、レベルは高くなかった。

 高位の治癒師は危険な冒険者などしなくても食べて行けるので冒険者が治癒師を名乗っている場合はその程度の人材だと思えばいい。アラタは高位の治癒師に治療を受けた。

 その人はソフィア・メリル・アルフスナーダ王女である。


「一日休めば治るわ」


 ソフィア王女はそう言うと、アラタの額から手を離した。

 アラタは眠っている。

 本来は治癒師としての活動はしていないソフィア王女であったが、勇者の一人であるアラタの怪我とあればその治療をかって出たのである。

「ソフィア王女、ありがとうございます」


 クロエは頭を下げる。


「クロエ、他に誰もいないから敬語は止めて」


 同じ学舎で時間を共にした二人は親友でもあった。


「そうね。ソフィアありがとう。危うくアラタを殺してしまう所だったわ」


 クロエの声は震えていた。


「スキル【鬼神】が発動したのね」


 クロエの持つ特殊スキルだ。対峙した敵を脅威とみなすと本来の二割増の能力が発揮できる。


 一度発動すると戦闘終了まで止まらない。


「その腕見せて」


 ソフィア王女はクロエの左腕を触る。

 クロエの顔が苦痛に歪む。


「大したものね。あなたに手傷を負わせるなんて。」


 ◆◆◆


 闘技場での事。


 アラタは訓練用のメットを見ていた。

 安全第一と書いてある。

 どう見ても工事現場とかで日本で使うヘルメットだ。


「クロエ、これは?」


「昔、召喚された勇者が身に付けてた物よ。軽くて丈夫だから、訓練用に使ってるのよ。いつもは宝物殿に保管してるけどね。勇者の訓練に引っ張り出してきたのよ」


 こんな物を宝物殿に……そして、これを被って革の防具を付けたアラタとクロエは滅茶苦茶ダサかった。


 アラタは剣を構える。


 クロエは

「いつでも来ていいわよ」

 と剣を手にしている。

 まずは面を撃つ。かわされてしまう。

 クロエは驚いた表情をする。


(かなり鋭い太刀筋ね)


 そして、クロエは様子見で二連撃を放つ。何とか剣でかわすアラタ。

 騎士団でも、クロエの相手になるものはいない。本来なら今ので終わっていたとも思う。


(騎士の中でも上位クラスの剣士ね)


 クロエは更に鋭い突きを放つ。

 アラタは剣を当ててその軌道を逸らす。

 そのまま面を放った。


(避けきれない!)


 クロエは左腕でガードした。左腕に激痛が走る。

 ほんの少しの打ち合いでクロエは、アラタの剣士としての力を実感した。


(太刀筋は私と互角?!)


 その瞬間、クロエのスキル【鬼神】が発動する。

 クロエの頭の中から、情や手加減といった感情が箱に納められて鍵をかけられる。

 能力を二割増で使う為の代償でもある。

 このスキルはクロエの意思とは関係なくオートマチックに発動する。


 クロエの目付きの変化にアラタは気付いた。

 右腕一本で突きを放つクロエ。

 先ほどと段違いの脅威のスピードであったが、何とかかわす。

 左頬をかすると、頬にみみず腫が出来た。

 赤黒くなり血がにじむ。

 アラタは籠手こてからの面打ちを放つ。

 しかし、目の前からクロエが消えた。

 クロエは低く身体を回転させて、足首を撃つ。

 剣道ではあり得ない技だ。

 実戦を潜り抜けて来た剣士の技術を知ったアラタであったが、その代償は大きい。

 そのまますくわれて倒れるアラタ。

 クロエの剣がアラタの頭を狙って一閃。

 だが、アラタの姿はそこになく。

 数メートル後ろに下がっていた。

 アラタの周りを風がまとわりついていた。


風滑ふうかつ


 間一髪、新たな風属性魔法を覚えた。

 風で、身体を移動させる魔法。

 身体を数メートル前後左右にスライドさせるだけの魔法だ。

 打たれてない片足で身体を支え、もう一度さきの魔法を使う。

 今度はクロエに向かって突きを放つ。


風滑ふうかつ


 風の如く一瞬で放たれる突きにクロエは反応し、それをかわしつつ面打ちをアラタに打ち付けた。

 メットが砕ける程のカウンターが入った。

 幸運だったのは訓練のため木剣であった事だ。

 剣も砕け散った。


 ◆◆◆


「召喚された勇者は戦争のない国から来たって言ってたから、【鬼神】が発動する程の実力があるとは思わなかったわ」


 クロエは腕の治療を受けながら、ソフィア王女に説明した。


「嬉しそうね。クロエは」


「そう?」


「あなた学生の頃モテてたけど、全部断ってたじゃない? 私は自分より弱い方とはお付き合いしませんって」


「な!?」


 クロエが絶句する。


「案外、彼が最初の一人になるかもね」


「ち、ちょっと何言って?!」


「はい、腕の治療は終わったわ。骨にヒビが入ってたけど、明日には綺麗に治ってるから」


 そう言って三角巾でクロエの腕を吊る。


「ソフィア王女。そろそろお時間です」


 メイド服を着た女性が部屋に入ってきた。


「そう」


 ソフィアは王族としての立ち振舞いになり、部屋を後にする。

 部屋を出るときに、振り返りクロエにウィンクして去って行った。

 クロエは真っ赤になって固まっていた。


 ◆◆◆


 しばらくしてアラタは目が覚めた。

 アラタは自分を心配そうに見ているクロエの顔を見た。


「何か、昨夜もこんな事が」


 アラタは可笑しくなってフッと笑う。


「笑い事じゃないでしょ」


 クロエは軽口をたたくアラタに少し怒っていた。アラタは起上体を起こした。


「いててっ」


 頭には包帯が巻かれていた。頭痛がする。


「大丈夫?」


「あぁ、クロエは?」


 アラタはクロエの腕を見て言った。


「大丈夫よこの位。明日はアラタは休みにしたから」


「待遇はホワイトだな」


「え?」


「いや、こちらの話だ」


 働いていた町工場では、隔週土日休みでその土曜日の休みも部長の「出れないか?」の一言で潰れていた。

 実質週一の休み。大型連休も五日程度しかなかった。

 体調が悪く熱があっても熱冷ましのシートを頭に貼って出勤している猛者もいた。


「クロエも休みか?」


「私は立場上、休めないわ」


「そうか、デートにでも誘おうかと思ったのにな」


「バカな事言ってないで、安静にしてなさいよ。じゃあ、私行くからね」


 そう言って部屋から出る。耳が赤い。

 出ようとした時に

「クロエ」

 アラタが呼び止める。

 振り返るクロエに向かって


「また訓練につき合ってくれ」


「なっ!?」


 クロエは驚いた。大抵の剣士はクロエと剣を交えたら二度とやろうとは思わないのだ。

 驚きに固まっていると、


「アラタ、大丈夫?」


 スズとヒナコが顔を出した。

 今度はアラタが驚き固まってしまった。

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