第72話 アラタ つかの間の休息

 今日も冒険者として訓練に勤しむ予定である。だけど、やはり気ががりなのは、首に仕掛けられた爆弾の事だ。

 これに関しては早い内に手を尽くさなくてはならない。

 だが、どうすれば……。


 アラタは宿舎の食堂へ向かう。スズと朝食の準備をした。今朝は、魚の煮物の和定食だ。

 スズはスキル【料理】を取得していないが、それなりに出来る。確かにアラタの方が美味しい料理が出来るが、スズの料理も充分美味しい。

「スズは料理やってたのか?」

「親の手伝いで。お嫁に行った時に恥をかかないようにって」

「なるほど」

 親のしつけが行き届いているといった感じだ。立ち姿もスッとしているスズを見てアラタはスズが大人になった時、周りの男がスズ一人に対して争奪戦を繰り広げるのだろうと思った。

「何?」

「いや、スズはモテるだろうなと思って」

「そんな事? まぁ男子からは何度か告白された事あるけど。興味ないから」

「そうなんだ」

「まだ、付き合った事ないけど。もし付き合ったら死ぬまで付き合って貰う」

 スッとアラタを見て答えるスズだ。

「そ、それは手を出した男は遊びじゃすまないって事だな」

「そうよ。私に手を出したら逃げれない」

 スズは真っ直ぐな目でアラタを見据えた。

 アラタはその瞳にのまれていたが、彼女の美しさにみとれ、そうなった男は幸せだろうと思った。


 食事をすませ、アラタは自分が手に入れた情報をスズに教えた。

「レベルが20以上だと生活スキルが取得出来ない……」

 スズは口元に握りこぶしをやって、考えていた。

「確かに旅をする上では不便かも」

 スズはお茶を飲む。

「食事や、物資の運搬、病気、疲労回復、あらゆる行程に支障が出る。私達は元々普通の日本人だから。スキルはとても大事だと思う。同行する冒険者が全滅して勇者だけになったらどうなるか……」

 スズは、その危険性を考えていた。だが今さら取り戻す事は出来ない。時間は戻らないし、生活スキルが取得出来るレベルまで下げる事も出来ない。

「旅を辞めるってのも手だけどな。危険すぎる」

「それを聞いても辞める人はいないと思う。皆帰りたがっている。アラタは帰らなくてもいいの?」

 確かに異世界生活は元の世界とは違うのだから帰りたいのだろう。だが、アラタは家族もいないし、元の世界に未練はない。どこで生きようと構わない。

「俺は別に……まぁこの世界の方が……」

 アラタは口どもる。

 この世界で、色々と知り合いが出来た。

 前の世界では会社の渇いた同僚との付き合いと、琴子しかいなかった気がする。

 あれだけ働かされていれば、そうなるのかもしれない。

 平日は夜遅くまで仕事をして、日曜日の休みはくたくたで、もし琴子がいなければ寝て過ごしていただろう。

 その彼女も今はいないし、元の世界に戻って元の会社で働けば、出会いもないだろう。

 会社には事務員の年配の女性がいるだけで、後は同窓会でもないと女性に会う機会がない。

 ふと思った。ルスドは将来の自分の姿ではないかと。

 確かに一度の合コンで誰かを好きになれば、ああやって付きまとう事になるのかもしれない。

 付きまとわれた本人は迷惑だが、そうでもして会いに行かないととチャンスは生まれない。


「アラタ?」

 スズの声に思考が停止された。

「悪い。考え事してた」

「そう。何か思い詰めた顔してた」

 スズは女子高生だ。年下に自分の本心を言うのは恥ずかしい。だが、スズだと不思議と話しても良い気がした。

「異世界生活の方が俺には合ってると思う。向こうに戻っても、仕事も女性もチャンスが無いからな」

「確かにアラタはこっちではモテるから」

「俺が? 琴子に振られたばっかりだけど?」

 アラタにはピンとこなかった。

「それは琴子に見る目が無かったから」

 だったらスズは自分をどう思っているのかと、聞いてみたい気になったが、アラタは尻込みして口には出来なかった。ヘタレの二十歳の男である。


 結果として、レベルアップによるスキル取得の制限について、他の勇者には話さない事にした。

 皆の動揺を招くだけであると。

 何も疑問に思わず、訓練と異世界生活を楽しんでるのなら、そのままの方が幸せというものだ。仮に知ったところでどうにもならない。


「それから、俺は勇者の称号を剥奪されると思う」

 アラタは意を決してスズに告白した。

「どういう事?」

「この国には、勇者認定の基準があって、この1ヶ月の訓練期間中に10レベルに達しないといけないらしい」

「アラタはレベルが上がらないの?」

「そうだ。命取りになる」

 アラタは王城での一件を話した。スズは随分と驚いたが、彼女は表情が乏しくそれはアラタには分からなかった。


 スズは治癒魔法を覚えたと言う。だが、それはただ命を繋ぎ止めるだけの魔法で、強力ではあるが、機能回復を約束出来ない代物であるという。

「そのうち上手くなるんじゃないか?」

「上手くなる前に治癒された人は悲惨だから」

「それはそうだな。じゃあ、余程の自体でも起こらない限りは使用を控えるしかないな」

 余程の事態。それは勇者しかいなくて、大怪我を負った者がいるという事態だ。

 だが、そんな事態は魔族との戦いの中において高い確率で起こりうるのではないかとアラタは考えていた。


 アラタもスズも二人で朝食をするこの時間を大切にしていた。

 だが、それに口にするのは野暮というものだ。当人同士が何となく分かっていれば、良い話である。


 スズはにこやかに時間を過ごして見せていたが、心中穏やかではなかった。

 アラタが、勇者でなくなるという事が何を意味するか分かっているからだ。

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