第73話 トウカとミク

 昼間の勇者訓練はミクにとって退屈なものだ。

 闘技場に人食い狼が放たれて、それに勇者達は悪戦苦闘を強いられている。

(正直なところ、殴り殺したいわー)

 国に従っている体裁を取っていながらも、タルい訓練に鬱憤がたまる。

 アツシなんかは、何かにつけてタバコ休憩と称してサボっている。

 だが、あれは今後の事を、考えていない無能のする事だ。

 ミクから見たら、アツシは弱者にしか見えなかった。

(あんな男に、女を取られるなんて、アラタもついてないね)

 ミクのアラタを見る目が変わったのは、アラタが最後に受けた勇者の訓練のあの動きだ。

 もちろん、攻撃力が弱いながらも、命中精度の高い攻撃魔法も目を見張るものがあった。

(アラタ……気になる)


「ねえ、ミク」

 猪熊トウカは、訓練中であるが、ミクに話しかけた。

「何? トウカ」

「ミクって夜出掛けてるでしょ? 何してるの?」

 まさか男? と思ってトウカは聞いてみたのだ。

「まぁ、ちょっとね」

 ミクははぐらかす。

 それがトウカの癪にさわる。「何、けむいてるの?」と言いたいが、強くは言えない。ミクが自分をからかった男子をボコボコにしているのをみた事があるからだ。

 彼女がモテるとは思えないトウカだが、ミクは肉食系で、学生の間でも男を食いまくっているとの噂があった。


 猪熊トウカは普通の女子高生だ。

 真面目で成績も優秀であるため学級委員長に選ばれるタイプで、あだ名も「委員長」と、そのままである。

 黒髪をオサゲにしている背の低い女子。容姿も普通で、彼氏がいた事はない。

 ごくたまに男子に告白される事はあったが、ぱっとしない男子だったので断った。

 トウカの周りの人達はエリート揃いといった面々である。タレントのツバサやヒナコ。大会社の令嬢であるミク。華道の家元であるスズ。政治家の息子のタカヒト。輝かしい未来を予感させるような人達だ。

 それに比べ、マンションのローンを必死に稼いでいる会社員の父とパートに出ている母の娘である。

 もちろん、世の中のほとんどの人がそうなのであるが、トウカの入った高校が金持ちの子供が入学する様な学校であった為に、一般的な自分に劣等感を抱くようになっていた。

 将来、雑草魂と称して会社を立ち上げ上昇していく女性もいるかもしれない。

 だが、トウカはそんな女ではなかった。

 どちらかというと誰かに依存するタイプで、白馬の王子が自分をさらって、いい生活をさせてくれると思い込んでいた。

 要するに自分が努力して向上するより、ステータスの高い男を手に入れればいいと思っていた。

 その相手がツバサであった。

 ツバサはトウカにとって理想の【白馬の王子様】であった。女子にモテモテで、いずれ芸能界で売れていく予感もあった。

 実際ドラマにもちょい役で出るようになっている。

 同級生になった以上このチャンスを活かさない手はない。

 さらに異世界召喚された事でライバルは一掃された状況になった。

 だが、そうして整理された状況により知りたくない現実も知った。

 自分はツバサに恋愛対象として見られていないという事である。

 ツバサは夜毎に異世界の女のもとに遊びにいっている様であった。

 ツバサが女性の元に出向いて何をしているかは想像できた。

 その度にトウカは嫉妬で狂いそうになるのだが、その醜態をさらすわけにはいかない。

 トウカはツバサにとってただの同級生だからだ。

 だから、魔王討伐の旅に出るまではひたすら我慢している。

 旅に出れば女性との出会いも限られてくる。

 そうなれば自分にも手を出してくると思っていた。

 トウカの属性は火である。

 ツバサと同じなので、お互いに情報交換をしたりしていた。

 それだけで運命を感じていたトウカである。


 トウカはミクと異世界に来て一緒にいるようになっていた。ミクには悪いがスズやヒナコの様な美少女のそばにいると自分が引き立て役になってしまうからだ。

 ミクならその心配もない。背の低いオサゲ女子のトウカと大柄なツインテールのミクは、いいコンビに見えた。

 ミクはいつも肉を食べている。

「ミクは肉好きだね」

「まぁね。肉さえあれば生きていける」

「そんなわけないでしょ。でもその肉どこに隠し持ってるの?」

「まあ、ちょっとね」

 また、 はぐらかしてる! トウカはジト目でミクを見た。


 勇者の訓練をしている時のミクは、緊張の欠片もない。

 だが人食い狼にビビる事なく訓練するミクを見て、肝が据わっていると思った。トウカは怖がりで人食い狼から逃げ回っていた。


 ミクは訓練に参加しなくなったアラタの事を考えていた。アラタは一人で行動する事が殆どで、ミクは一言も話した事がない。どういう人なのか興味が湧いていた。

 何より訓練時に見た人食い狼に対してのあの動きは、相当な手練れに見えた。ツバサやアツシ、タカヒトはアラタのレベルに対して低評価を下していたが、レベルが全てではない事をミクは知っていた。レベルは魔力の放出量が強くなるのと、得られるスキルの種類が変わるというだけの事。それがミクには分かっていた。

 この世界の人間はレベル20を越えるのが難しいという。それでも一流の冒険者がいるのなら、アラタはこの世界で一流の冒険者になれる可能性がある。ミクはそう考えた結果アラタを他の男子とは違う目でアラタを見る事が出来たのだ。


「一度、声をかけてみようかしら」

 ミクからそんな台詞がついて出た。

「え? 何?」

 トウカが聞き返す。

「何でもない。土弾つちだん!」

 ミクは誤魔化す様に人食い狼に魔法を放った。

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