第71話 ミクの秘密と、タカヒトのスキル
魔術師学園地下での報告を大魔法使いゲイリー・オズワルドは、頭の中でそれを反芻していた。
この手の情報は資料に残す事はない。全て口頭での報告と指示になっている。
今のところ目立った報告は二つあった。
一つはアラタについてである。
アラタはすでに一流の冒険者に届こうとしていると彼は考えていた。
人食い狼を単独で倒すと言うなら、それはギルドランクAの冒険者である。
勿論、他の勇者もいずれそれ位は出来る様になるだろうからそれは問題ではない。
だが、勇者として旅に出るのならばという枕詞が付く。
この国の管理下に置かれればそれは戦力だからだ。問題は勇者チームを抜けた場合である。
抜けた場合は、国の戦力ではない。敵対すれば脅威となる。
【失恋勇者】という不名誉な二つ名で呼ばれているアラタである。
勇者チームにあまり帯同しないところを見ると、抜ける可能性もある。
今のところ静観すると判断した。
もう一つは東ミクについてである。
彼女は夜な夜な地下闘技場に出向いていた。
そこは腕に覚えのある者が賭け事に乗って戦う場所だ。
勝ち続ければ大金を掴むものもいる。その様な場所に出入りするのは何故か?
ゲイリー・オズワルドには想像出来ないが、そう言う血を好むタイプなのかもしれないと思った。
彼らは平和な戦争のない国から召喚されたと聞く。確かに平和な世界からしたら刺激的な場所だと思う。
彼女を監視している102号もその理由については把握していないし、想像の域をでない。
まさか出場者として参加しているとは夢にも思っていなかったのだ。
◆◆◆
地下闘技場は、スラムの一角にある。
ミクは何度も通って慣れた通りをのしのしと歩く。
建物は普通のスラムの掘っ立て小屋。
だが、中に入ると地下に通じる階段があった。
彼女は地下闘技場に入る。
102号は悪目立ちするので、入り口付近で待つ事になる。
内部潜入するとしたら、この白マスクと黒いマントを脱ぎ捨ててそれらしい格好で入らなければならない。
だが、それは許されていない。ゲイリー・オズワルドのこだわりらしい。無駄なこだわりであった。その為業務に支障が出ていた。
ミクは控え室に行くと、コスチュームに着替える。この闘技場は武器でも何でもありの格闘方式である。とにかく勝てば良い。ミクは肉弾戦を得意としていた。
召喚時に自分の取得可能スキルには【武道家】【肉焼き】【肉保存】があった。全てレベル10にしておいた。
王女の指示通りに最初にレベルアップをしていたら、【肉焼き】と【肉保存】のスキルは取得出来なかっただろう。
ミクは将来の大会社の経営者として様々な人材に会って勉強をしていたので、人の会話に違和感を覚えれば、それを無視する事なく立ち止まって考えるようになっていた。
その事が結果的に結果的に功を奏する。
ミクがレベル20以上になると生活スキルの取得が出来なくなるというのを知ったのはそれから後の事である。
ミクはこの世界に何かキナ臭い物を感じていた。
彼女の家は東自動車といって世界一の自動車メーカーである。
彼女はその令嬢で、その為に幼少のころから色々な教育を施された。
経営学は勿論の事、格闘技もやっていた。
それはキックボクシングであるが、中学を卒業した時に辞めてしまった。
大会でも上位に上がる程将来を有望視されていたが、ミクは東自動車の経営陣の一人に入る為に辞めたのだ。
後々は代表取締役になる予定だ。
それまでミクは多少太って見えていたが、それは筋肉でムキムキであった体だ。
キックボクシングを辞めた途端に筋肉の上に脂肪が乗って今の体型になった。
肉が好きでとにかく良く肉を食べていた。
それが今の体格に拍車をかけたと言っても良い。運動量が、減ったために太ったのだ。
それでも、筋肉は落ちていない。
キックボクシングの技術も体に染み付いている。だから、彼女をバカにする者は力ずくで黙らせてきた。
ミクは全身黒ずくめで、マスクもしていた。革製で、薄手の金属プレートを張り付けていた。
闘技場の者達に【黒豚】の異名で呼ばれていた。
檻の中には既に相手がいた。斧を持った大きな男だ。筋骨隆々で人の首など素手で折りそうな野蛮人に見える。
「黒豚か。ぶち殺してやる」
男は彼女の姿を見てにやける。
普通なら躊躇するものだが、ミクは檻の中に入る。
周りで観客が騒いでいた。皆興奮状態である。今夜も稼いだ金をどちらかに賭けて夢を見ている者がいるのだ。まともな生活が出来ていないようなそんなグズ共が集まっていた。
「ふん」と鼻を鳴らすミク。これはミクの癖だ。だが、相手をバカにしている訳ではない。ただの癖だ。
勝負は一撃で決まった。ミクの蹴りが相手の顔面を捕らえて、彼はそのまま起きなかった。首が120度程後ろに曲がっていた。
「ふん」と鼻を鳴らすミク。これは相手をバカにした「ふん」だ。対戦相手の男は見た目だけだった。
ミクは分かっていた。見た目通りではない男がいるという事を。
アラタだ。
ミクはアラタが、実力者だと見抜いていた。
今日クロエに勇者の訓練を抜けたのを聞いて確信した。彼にとってあの訓練がぬるいのだと。
ミクは皆の前では魔法だけを練習していた。彼女は土属性である。
「
拳で殴り殺す方が向いていると思っていた。当然だが、あの人食い狼も殴り殺せると確信していた。
それでも、訓練では指示通りに練習している。
これは他の勇者に合わせているのと、自分の実力を知られないためだ。
ミクは仲間はともかく、この国を信用していなかった。
次の挑戦者が現れた。槍を持っている優男といった風体だ。端正な顔付きをしている。筋肉は引き締まっていてそれは鎧の下からもよく良く分かる。
男は槍技をミクに繰り出す。ミクはその刃先をかわす。頬が僅かに切れた。
ミクは試したい魔法をやってみる事にした。
「
これは地下闘技場に通う内に覚えた魔法だ。
ミクの後ろから巨大な岩の塊の拳がせり上がってくる。
「ぶちのめす」
下卑た笑いを唇にべったりと貼りつけて、ミクはその岩の拳をその男に見舞う。
槍を渾身の力で突いた男だが、槍はへし折れ、岩の拳は男を吹き飛ばす。
ダンプカーに
男は起き上がってこなかった。
目はひっくり返って白目を見せていた。
端正な顔立ちは跡形もなく、腫れ上がっていた。
ミクはどこから取り出したのか、肉を食べた。
彼女のスキル【肉保存】は食用肉ならば、異空間収納が出来る優れものだ。保温は出来ない。
ミクは生肉と干し肉を保存していた。
地下闘技場。そこでミクは己の才能を開花させていく。
◆◆◆
宿舎の自室でタカヒトは自分のステータス画面を見ていた。そこにはスキル【眼鏡】スキル【眼鏡自動修復】スキル【眼鏡バリアー】とある。
アルフスナーダの大聖堂に召喚された時にスキルが取得出来るのを知って、レベルアップ前に取得していた。だが、正直これが何なのか分からなかった。
そもそもスキル【眼鏡】の意味が分からない。スキルのラインナップを見るとまるで、自分には眼鏡しか存在意義が無いかのようなスキルである。
スキル【眼鏡自動修復】は分かる。眼鏡が壊れても勝手に直るスキルだろう。
スキル【眼鏡バリアー】というのはよく分からない。
試しに「眼鏡バリアー!」と叫んでみたが、何も起こらなかった。
『今はその時ではない』というメッセージがステータス画面に表示された。
「その時っていつだよ」
タカヒトは
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