第70話 アラタ、サラを送る その2
アラタはサラをギルド職員が住んでいる寮まで送る。地方出身者のために用意された建物で、築年数が古く年季が入っていた。
男子禁制という事である。
「アラタさん、今日はありがとうございました」
「いや、いつも世話になっているからこれ位はお安いご用だ」
「ふふ。アラタさん、明日はどうするんですか?」
「明日か。多分ギルドには顔を出すと思うけど」
「じゃあ、お待ちしてますね」
「ああ」
手を小さく振ってサラは寮に戻って行った。アラタはサラが後ろを向くと、どうしてもお尻を見てしまう。これは仕方ない事だとアラタは達観して、しっかりとサラのお尻を観察するのだった。
◆◆◆
「さて……」
アラタは振り返り
「いつまで付いて来るんだ? 分かっているんだぞ」
と声をあげた。
驚いたのは103号だ。まさか尾行しているのに気付いていたとは! 冷や汗が出た。
「出てきたらどうなんだ?」
103号は悩んでいた。調査対象に尾行を感づかれるなどという失態は、懲罰対象である。
これは特に罪が重く、その隊員は処分の対象になる。つまり死をもって償うのである。
多少の気の重さを感じるものの、生きる喜びをあまり知らない103号である。だから生に対する執着心が低い。
「仕方ない」と、路地にその身をさらそうとした時、
「……良く分かったな」
ルスドが現れた。あわてて103号は自分の身を隠した。
アラタはルスドの後ろで103号が、右往左往していたのが見えたが、知らない振りをした。勘違いして出てこられてもアラタは対処に困る。
「何でサラさんに付きまとっているんだ? 脈はないだろ」
「それは分からないだろ」
「いや、彼女は怯えていた。昨日、何故つけ回したんだ?」
「あれは、彼女を食事に誘おうとして、そのタイミングを見計らっている内に、付いていってしまっただけだ」
「要は声をかけ損なったって事か?」
「そうだよ」
ルスドは若干拗ねているように見えた。
「とにかく、サラさんはその時、とても怖い思いをしたんだ。迷惑してるんだから、付きまとうなよ」
「何故、お前にそんな事を言われなければならない? お前は彼女の何だ?」
何だと言われても答えようがないアラタだ。
「俺は冒険者で、彼女はギルドの受付嬢だ。ルスドだってそうだろ? それ以上でもそれ以下でもない」
ルスドは言葉に詰まる。アラタは頼まれてサラを送っただけなのだ。ルスド自身も昨夜後を付けて、彼女を怖がらせてしまったのは分かっていた。
「ルスド、彼女は諦めろ。もっと年の近い女性と付き合った方がいい」
「嫌だ。若いのがいい。せめて二十九歳までだな」
今度はアラタが言葉に詰まる。アラタは自分がモテるわけではないし、そんな奴が言うのもなんだが、ルスドはアラタから見てもモテなさそうだった。
ルスドはいかにも盗賊って感じで、場末のバーでホステスと付き合ってる様な設定の方が似合っている。サラの様に可愛くて若く、おおよそ裏社会と無縁な女性は、ルスドに似合わない気がした。
「サラさんと付き合えると本気で思っているのか?」
「頑張れば付き合えるんじゃないか?」
「いや。無理だろ」
「そんな事はない」
「いや。無理だ。分からないのか?」
「何で、お前にそんな事が分かるんだ」
「普通、分かるだろ? 自分の年齢を考えろよ」
「歳の差婚ってのもあるだろ」
要するに自分に自信があるのだろう。しかも根拠も実績もなく自信だけがあるのだ。そんな性格が羨ましいとも思う。
だが、彼女は嫌がっており、マイナスからのスタートである。
サラもルスドがこれからどんなに良いことされても彼は無いです、と言っていたので、やはりここは諦めて次の出会いを求めるのが早い。時間の無駄である。
だが、ルスドと少し話してみて分かったが、話し合って何とかなるような男ではなさそうだ。
要するにわからず屋を地でいく男。それがルスドなのである。
「分かった。だが、夜つけ回すのは止めろ。先程も言ったが彼女は心底怯えている。もしこれを続けるなら、勇者に随行する冒険者に人格的に問題のある奴がいると、報告させてもらう。ルスドだって、それは自分のためにならない事くらい分かるだろ?」
「……分かった。それは止める。今後は彼女の後をつけ回したりしない」
ルスド自身も分かっている。この事が公になると、恥ずかしいのだと。
「そうか、分かってくれてうれしいよ」
アラタは、そう言って今回は穏便に済ます事にした。と言ってもルスドとはランクが違うのでそれ以上の事は出来ないとアラタは思っていた。
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