第18話 アラタ、報酬を受けとる

「それはこちらのセリフです」


 サラはそう返事した。くるりと後ろを向き


「それでは精算いたしましょう」


 スタスタと受付に戻った。

 サラは上司に「サラ君?上がっていいよ」と言われたが聞く耳を持っていないようであった。


「これを頼む」


 四つの麻袋をロープでまとめた荷物をカウンターに置いた。

 それを見て驚いたサラである。

 何故なら麻袋から血が染み出していたのだ。

 おそらく魔物の素材も入っていると思われる。

 レベル1のギルドランクFの冒険者の持ち込む物量ではなかった。

 驚いて震える手で何とかロープをほどき、中を見てさらに驚く。


「え?! 人食い狼……」


 サラはアラタの顔と素材を何度も往復して見た。


「い、一度、奥で鑑定いたしますので暫くお待ち下さい」


 そう言うとひょこひょこした覚束無い足取りで、麻袋を抱えて奥に引っ込んだ。

 アラタはその後ろ姿を舐めるように見ていた。

 制服はピチッとしたワンピースで看護師のような装いであったので体のラインが分かる。

 いい尻してるなぁ。と目の保養をするアラタである。


「薬草が百リギル。人食い狼の素材が三百リギルです」


 報酬は高かった。アラタの採取した薬草と一匹あたりの人食い狼の素材報酬が同じ額になっていた。

 本来、採取してもこの額にはならないらしい。冒険者は薬草の勉強をしてから採取する程マメではない。


「すまないが、ギルドのシャワーを貸して欲しい」


 有料であるが、ギルドには休憩スペースがあり、軽食や仮眠、シャワーも浴びる事が出来る。

 汗や血、泥といった汚れを落とし、さっぱりして出口のドアに手をかける。


 受付嬢のサラはまだ残っていた。


「あの……」

 彼女に声をかけられた。


「次はいつ来られますか?」


「すぐじゃないか?」


 クロエが魔物を討伐に行くと言っていたので、そうだろうと思った。


 ◆◆◆


 宿泊に戻ると五時だった。

 食堂には六時に行くので、時間を潰す。

 装備を点検したところ鎧の痛みが激しいので、新調した方がいいだろう。


 六時に食堂に行くと、スズが来た。

 約束しているわけではないが、一緒に朝ごはんを食べるのは、心地よい。

 逆に約束をかわすのが、むず痒い。

 約束をかわした途端にこの関係が崩れてしまうような、そんな感じだ。

 味噌が手に入ったので、ご飯と味噌汁と焼き魚といった朝定を用意した。


「アラタ、昨日はゆっくり出来た?」


 嘘をつくべきか、つかないべきか。

 あの闘技場でのいざこざを思い出した。

 嘘はトラブルを招きかねない。

 だが、正直に答えてもどうなのだろうか?


「これは、秘密にしておいて欲しいのだが……」

 と前置きしてアラタは語り出す。


 ◆◆◆


「アラタはどうしたいの?」


 休めと言われたのに一人でギルドの依頼をこなした事をスズは聞いた。それはこの世界に来たばかりのスズにとって自殺行為にしか思えなかった。


「俺は……琴子と距離をおきたいんだ。この魔王討伐のプロジェクトが国家レベルで行われている以上、討伐の旅には出ないといけないと思う。だけど同じパーティーを組んでいても近くにはいたくない。小さい奴と思うかも知れないが、ホントに琴子とアツシには係わりたくない」


 朝の光が食堂を照らす。おおよそ朝の会話に似つかわしくない会話だ。


「一人で冒険者ギルドに行くのは今後の事に関係あるの?」


「ある。俺がパーティーを追放された時に果たして生きていけるか。それを探っているんだ」


 これは、かなり突っ込んだ内容の話だ。

 本来なら、誰にも知られずにそういう状況にならないかと考えていたからだ。


「アラタ。今パーティーから追放されるとかは危険だと思うよ」


「なぜ?」


「国家というのを甘く見てはダメ。私の家は政治に近い場所にあったから、それがよく分かる。アラタの気持ちも分かるけど、事を急ぎすぎると、危険な目に合うよ」


 スズの実家は華道の家元で、地元に顔も効いていて、多くの政治家との付き合いもあった。

 それ故、幼少の頃より政治家との付き合い方というのを学んでいたのだろう。

 冒険者は雇われで、勇者は異世界から召喚された者達。


「では、どうすればいいんだ?」


 年下。女子高生に社会人が教授されているという図は情けないものがあるが、アラタは聞かずにはいられなかった。


「追放されるなら、もっと離れてから。出来れば別の国とかアルフスナーダの力が及ばない場所の方がいい」


 食後二人で片付けをする。

 あれから二人は無言の状態だ。

 ふとスズの横顔を見た。

 アラタはスズは明日からここには来ないのではないかと思った。

 そしてそれは寂しい事だと思った。


 ◆◆◆


 十時に、再び食堂に集合した。

 今日からアラタとクロエが冒険者ギルドに行く事になった。

 アラタとしては、琴子と離れられるのだからホッとするのだが、あれからスズと気まずくなってしまった。


「では、私達は行ってきますので」


 クロエとアラタは席を立ち、食堂を出る。


 勇者チームも闘技場へ魔法の訓練に向かう。


「どうしたの? 何か暗いよ」


 ヒナコがスズに声をかける。さっきから元気がないように見えるのだ。

 スズは淡々とした所があるので、その変化に気づくものは少ない。

 ヒナコはそれに気付く少ない友人の一人だ。


 スズはアラタが琴子の事で何となく皆から距離をとっていたのは分かっていた。

 だが、実際パーティーを抜けたいと面と向かって言われれば、やはりショックを受けてしまったのだ。

 それが何故なのか。

 スズには自分の気持ちが分からなかった。

 スズが助言したから、アラタは考え直すかもしれない。だが、アラタはわりと無鉄砲な所があるから心配にもなる。


 スズの足が止まる。


「ヒナコ、私」


「ん?」


 スズは踵を返し

「やっぱり、行ってくる」

 と、走り出す。

 それを見てヒナコは


「青春かよ」


 ヒナコはスズを眩しそうに見送った。


 ◆◆◆


「待って!」


 クロエとアラタは振り返る。


「私も行く」


 スズが駆けてきた。

 余程急いだのか、スズがつまづいて転けそうになった。

 アラタがスズを受け止めた。


「あ、ありがと」


 スズがアラタを見つめる。


「い、いや……」


 スッゲー美人だな。アラタはやはり見とれてしまう。

 二人が見つめあっていると


「ンッンー! 二人とも行きますよ!」

 クロエが割って入った。


 ◆◆◆


 冒険者ギルドに着いた。

 さっき来たばかりであった。

 入ると受付嬢のサラはまだ来ていなかった。

 まだ十時なので、出勤時間ではないのだろう。別の受付嬢がいた。

 クロエは依頼が張り出されている掲示板の方に向かう。


「これなんかいいんじゃない?」


 アラタとスズがそれを覗きこんだ。


 ゴブリン退治の張り紙だった。


「定番の依頼だな」


 アラタはそれを見て言った。


「そうね。でも油断禁物よ」


 クロエの言う事ももっともだ。

 受付でクロエは依頼を受けた。

 三人ともギルドカードの提示を求められる。

 カードリーダーに通して、手続きが終了し、カードが返された。


「承りました。クロエさんが、パーティーのリーダーです。終了したらリーダーがここに報告してくれればいいです。報酬は後から分配されて振り込まれますが、割合はどうしますか?」


「全員同じで」


 これが一番もめ事が少ないという。

 前衛の方が命をかけているから、沢山欲しいと思われそうだが、実際は後衛がいないと、帰還が難しくなったりする。前衛が死ねば後衛も死ぬ可能性がぐんと上がるので、どちらも危険な事には代わり無い。

 逆に沢山欲しいなら一人で行けばいいと言われればそれまでなのだ。


 それにしても


「徹夜で二回目のクエストか」


 休みたいが、言い出しにくいアラタであった。

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