第17話 アラタ、ソロでクエストを受注する

 レザーアーマーとブロードソード。

 いくつかの道具の入った背負い袋。

 それが今のアラタの装備だ。

 冒険者の最低限の装備と言っていい。

 装備についても考えなければならないだろう。

 だが、あれこれ考えすぎて、行動出来なくなるのもどうかと思う。

 その一歩は踏み出さねばならない。


 ギルドのドアを開けた。


 ギルドの受付嬢はサラという。

 白い制服で清潔感がある。

 容姿も良く冒険者に人気がありそうだ。


「採取クエストを受注したい」


 ギルドカードを提示する。


「お一人ですか?」


「そうだ」


「はい。ですがギルドカードの情報を見た所、アラタさんはパーティーを組んで行かれた方がよろしいのでは?」


 ギルドの受付嬢は的確なアドバイスをする。

 ランクにあった依頼を冒険者に割り当てなければ生死にかかわるので、彼女達には知性と判断力が必要とされる。

 彼女達のアドバイスを無視して依頼を受ける冒険者は基本的にはいない。


「仲間はいない。一人でいい」


 アラタは自分の判断を曲げない。


「そうですか。ではくれぐれもお気をつけて」


 彼女も仕事である。

 冒険者の希望のクエストとあれば、受注を承認せねばならない。

 例えそれが死地に赴く無鉄砲な若者の望みでもだ。

 サラはたまにこういう冒険者に依頼の申し込みを受ける。

 大抵の冒険者は帰ってこない。

 この仕事をやり初めの頃、死傷者を出した時は泣いた。

 今も割りきれるものではないが、少しずつ慣れていってしまう自分がいる。


(この人も帰ってこないわ)


 採取クエストとはいえ、外に出れば魔物に出くわす事はある。

 アラタの装備を見る限り、魔物に出会えば終わりだろう。


「薬草採取するための袋も欲しいのだが」


 採取クエストでは麻袋が一枚支給されるのだ。

 サラは麻袋を一枚渡した。


「もっと欲しい。あと、ロープも欲しい」


「一枚は無料ですが、それ以上は有料です。あと、ロープも有料です」


「支払いはギルドカードから落としておいてくれ」


 ロープと追加の麻袋を渡した。


「ありがとう」


 アラタは踵を返しギルドを後にする。


「お気をつけて」


 サラは頭を下げる。

 おろかな選択をした冒険者であっても、生きて帰って来て欲しいと望むのは間違っているのだろうか。サラはそう思わずにはいられなかった。


 ◆◆◆


 アラタは森の中を歩く。

 今度は一人だ。大人数で参加するよりも魔物は出現しやすい。

 ましてやアラタはレベル1。

 殺してくれと言っているようなものだ。

 暫く進むと、狼が出た。

 といっても動物園でよく見るサイズではない。

 アラタの背丈と同じ位の高さがある。

 横から見れば軽自動車のサイズだろう。

 それが二匹。

 魔物に襲われることは、想定している。

 嫌ならば来なければいいのだから。

 アラタは剣を構え、


「火弾、水弾、土弾、闇弾」


 と、魔法を色々唱える。

 ビー玉程度の大きさの魔法弾が次々に射出される。

 当たらないが、それでもいい。

 闘技場で的に当てる練習をしていたが、実戦では相手は動いている。

 アラタは実戦で覚えていく事に決めた。

 その為にイザベラに質問したのだ。


「ソロでモンスターを狩るにはどうしたらいいか?」


 この世界では命知らずな行動だ。

 クロエ並の剣士ならそれも可能だが、イザベラはアラタがそのレベルまでは至っていないと判断していた。


「単体で出会うモンスターには己の全てをかけて戦えばいい。複数のモンスターに出くわした場合は、一度に相手をしようとせず、一匹ずつ片付けていくんじゃ。その方法は人それぞれじゃ。地形や道具、ありとあらゆる物を駆使して自分にとって有利な状況を生み出していかねばならない」


 おおよそ、自分の想像の域を超えない回答であった。

 それでも、アドバイスをくれたイザベラには感謝する。

 何事も成功への近道はないという事だ。


 あらゆる属性魔法を放ち続けるアラタ。

 ビー玉大の攻撃魔法とはいえ、当たればダメージはある。

 牽制にはなる。

 アラタは撃ちながら、一匹に目標を定める。


「風滑」


 風魔法で自身と魔物の距離を一気に縮め首を切る。

 一太刀では倒せなかったが、動きが鈍くなったので剣を突き刺した。

 生命力は強く絶命しないが、息も絶え絶えに倒れる。

 あと一匹。アラタは剣を構える。

 それを見て、狼は逃げ出した。


「なんだ、来ないのか」


 それからアラタは倒れた狼に止めを刺した。


 魔物は討伐したら報償金が出る。

 部位を持っていくと換金される。

 魔物を丸ごと持っていくと更に金額が上がる。

 素材報酬が入るためだ。

 だが、ソロではそれは厳しい。

 荷物になるからだ。

 手慣れている冒険者だと、高く売れる素材だけ解体して持ち帰る者もいる。

 アラタは、解体に挑戦する事にした。

 何事も経験だ。

【書籍】から、『図解魔物の解体法』という本を開く。

 それを見ながら、ナイフ一本で解体を始めた。

 魔物は人食い狼という名前だ。

 牙と皮が素材報酬になる。

 解体を進めていくと、手が血や肉の油でベトベトになる。


「汚ねー……」


 そこまで考えていなかった。

 ゴム手袋なんて上等な物はこの世界にはない。

 水筒の水も飲み水として貴重なので使うわけにはいかない。

 とりあえず、土を拾って手をゴシゴシとする。

 血と土が混じりあって、手に粘着する。


「冒険者ってタフな職業だな」


 川か、水溜まりでもあればいいのだが、見当たらなかった。

 それから剣に付いた魔物の血と油も拭いた。

 タオルがかなり汚れたが、完全には拭き取れない。剣は血と油でヌルヌルしていた。

 あまりこだわっても仕方ないと、鞘に納める。


 辺りは暗くなっていた。

 解体に時間がかかりすぎたのだ。

 だが、スキル【暗視】のお陰で活動に支障はなかった。

 人食い狼の牙と皮を麻袋に詰める。

 麻袋の底に血が染み出すが、仕方ない。


 傾斜になっていて、薬草が育ちやすいというこの前行ったその場所にたどり着いた。

 そこまでは獣道なので、迷わずにすんだ。

 そこから三時間程採取した。


 その間に人食い狼に二回襲われる。その度に討伐と解体を繰り返しているので、時間がいくらあっても足りない。


「もう、深夜回ってるな」


 明日もあるというのに徹夜になりそうだ。


 サラは昼の一時から夜中の1時までの12時間労働だった。

 冒険者ギルド二十四時間営業で従業員の人数の兼ね合いもあり労働時間が長い。出勤する時間は融通が利くが、12時間以上は働かされるので、激務である。


 昼間、クエストを受注した男は夜になっても帰ってこなかった。

 帰る時間になった時に上司に声をかけられた。


「残業できないか?」


 正直帰りたかったサラである。

 帰らぬ冒険者を待つ事になるからだ。

 精神的に堪える。

 だが、残業したくないなどと上司に言えるほどの胆力はサラには無かった。


 深夜は冒険者の数は圧倒的に少ない。

 何故なら夜に行動すると、死傷率が圧倒的に上がるからだ。

 冒険者がいないと暇そうであるが、仕事はある。

 ギルドにくる依頼は多く。それらの処理をせねばならない。


 深夜四時になり、上司から帰るように言われた。

 やはりあの冒険者は帰って来なかった。

 陰鬱な気持ちでサラが退勤しようとした時、ギルドのドアが開いた。

 あの冒険者が入って来たのだ。


「まだ仕事してたのか?」

 彼は開口一番そう言った。

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