第26話 アラタ、アリバイ工作をする
──暗くなってアラタは王都の外に出た。
手筈はクロエが整えてくれていて、王都を出ていく商人の馬車の荷物に紛れたのだ。
スキル【隠密】のおかげか、馬車の荷物を確認した門番にも気づかれなかった。
王都を出てしばらくして、商人に下ろしてもらった。
「ありがとう」
アラタは礼を言う。
「いえ」
言葉少なに商人は去っていった。
余計な事には首を突っ込まないタイプなんだろう。
「さて……」
アラタは踵を返した。
そこから王都に徒歩で行き、門番に
「勇者のアラタだ。ギドの村から帰った。ギルドとパーティーメンバーに連絡して欲しいのだが」
と言った。
門番はアラタが遭難したという連絡を受けていたのだろう。
驚いて冒険者ギルドへ走った。
それから衛兵がやって来て、詰所で簡単な事情聴取を受けた。
アラタもギルドに向かうと、クロエとスズが待っていた。
「よく無事で」
三人は再会の喜びを分かち合う。
ここまでが打ち合わせした手順だ。
全て計画通りだった。
「アラタさん」
受付嬢のサラだ。泣きそうな顔で
「申し訳ありませんでした」
と勢いよく頭を下げた。
「え?どうした?」
アラタは戸惑う。
サラは顔を上げると、涙目で、
「ホントは捜索隊を出す予定で手続きをしたんです。でもそれが通らなくて。私の力不足です。すみません」
と言って、また勢いよく頭を下げる。
勇者の捜索隊をギルド長が出さなかったのは聞いていた。
アラタにとってはどうでもいい話だ。
誰かが助けに来るなんて、頭には無かったからだ。
「いや、別に望んでないし。サラさんは自分の仕事を出来る範囲でやってくれたんだから」
そう言って、頭にポンポンと手をやった。
孤児院で、小さい子をあやしていたアラタだ。
受付嬢は冒険者とは一線を引いて仕事をしている。
だが、不意討ちでそれをやられて、サラは
「……あうぅ……」
と、真っ赤になって頭を押さえていた。
「そうだ、ゴブリン退治の報酬!」
アラタは場の雰囲気をまぎらわそうとした。
「あ、はい、今やりましょう」
と言ってカウンターへ向かうサラ。
アラタはその後ろ姿を見て、やはりいいケツしてんなーと、目を細めてしみじみ思った。
クロエが何かを察知してアラタをジト目で見ていた。
「アラタはエッチだからね」
スズは見抜いていた。
ゴブリン討伐に関しての報酬は、討伐部位をアラタは荷物を置いて転移してきた為に紛失していた。
クロエが、持っている討伐部位の報酬分と、討伐の成功報酬のみが支払われた。
「また、装備を買わなきゃいけないな」
アラタは冒険者は経費がバカにならないと思っていた。
◆◆◆
その後、宿舎に戻った。
そこでは、使用人のマーサと、カイルが待っていた。
「本当に無事で良かったです」
カイルとは酒を交わした仲であるが、人の良い感じが滲み出ていた。
妻のマーサには
「お腹空いてないかい? 夜食でもどうだい?」
と誘われた。
「ぜひ」
アラタは遠慮はしない主義だ。
「そちらのお嬢さんも」
スズも誘われた。
「いえ、私は……」
と遠慮しようとしていたので、アラタは
「ダイエットでもしてるのか? 行かない?」
とスズを誘ってみた。するとあっさり
「はい、ではお言葉に甘えて」
と承諾した。
マーサはアラタに口元を隠して
(すごく可愛いお嬢さんね。アラタも隅に置けないねぇ)
と言った。
「バカたれ! 心配させるんじゃないよ!」
使用人専用の食堂にいくと元冒険者のイザベラに開口一番そう言われた。
「すみません、イザベラさん。色々アドバイスをいただいたのですが」
「ふん、まぁいいさ。冒険者に危険は付き物だからね」
ルチアはイザベラの膝の上で眠っていた。
「この
そう言ってイザベラはルチアの頭を撫でた。
お茶漬けをご馳走になった。
炙った魚をほぐしていて、異世界のお茶漬けも中々旨かった。
スズも気に入った様だった。
夜食はあくまで誘うための口実で、どうやらイザベラやルチアが顔を見たかっただけらしい。
◆◆◆
アラタとスズは使用人の宿舎から本館に入りそれぞれの寮に別れる。
その本館の男子寮に繋がる廊下の前に一人立っている者がいた。
安藤琴子だ。
「じゃ、アラタ。また明日。おやすみ」
スズはアラタにそう言って、女子寮に戻っていった。
その後、風呂に行くと言う。
アラタもおやすみと言って男子寮に戻ろうとしたが、足が動かなかった。
琴子がアラタを見ていたのだ。
──何故こちらを見ている?
本当に自分を見ているのだろうか?
もうすでに琴子は自分を見ていないハズだ。
琴子が見ているのはアツシとか言う男だ。
アラタは混乱した。
口を固く閉ざした表情をしていた琴子は、
「戻って来れたんだ……」
そう声を出した。
「あ、あぁ」
アラタは動揺を隠しきれない。
「そう……」
琴子はアラタの方に歩いてくる。
アラタは琴子の無表情に近いその顔を見て、以前彼女が、自分にどんな顔をしていたか、分からなくなってしまった。
ホントにこんな表情をする女性を好きになっていたのか。
二人の間に大きな溝があり、冷たい空気が流れていた。
琴子は
「良かったね」
感情のこもっていない声音で、そう言ってアラタの脇を抜けて女子寮に戻っていった。
アラタは振り替える。
琴子は振り返らずそのまま、女子寮の方に入っていった。
アラタはずっとその姿を追ってしまった。
久しぶりに会話をした気がする。
そして、自分がまだ琴子に未練があるのを悟ってしまった。
◆◆◆
その頃、クロエは風呂に入って一日の疲れを癒していた。
アラタが自分に遠慮するような発言をした時、クロエは一抹の寂しさを感じていた。
そして、やはりアラタの為に何かしなければとも思っていた。
だが、
「全く、アラタは手のかかる奴だな」
ついて出た言葉はそれだった。
分別のあるような発言をしたと思えば、自ら危険に飛び込んだり、初日にはアラタに自分と付き合えと言ってきたり。
クロエにはアラタの事が良く分からなかった。しかしそれは、クロエがアラタに興味がある証拠でもある。
分からないから知りたい。クロエはアラタの事を考える時間が日に日に増えていた。
寝間着に着替えて、ベッドに入る。
「アラタの匂いがするな」
そう言ってシーツを身体をぐるっと一回転させて身体に巻く。
うつ伏せになる。
「うー」
唸る。
その内しばらくして、クロエは眠った。
◆◆◆
女子寮のバルコニーで琴子は夜空を眺めていた。
あの日、自分がアラタを傷付けたのは分かっていた。アラタのあんな顔を初めて見た琴子であった。
遭難したが、無事だと知って安堵した。
話かけてみたものの、アラタの顔を見たら、どんな顔をすればいいか分からなかった。
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