第45話 アラタ、百年鈴蘭華を採りに行く その2

 スキル【体術】は意外に使えるようだ。


「今更だけど、イザベラさんの訓練って身になるな」


 上を見上げると、月明かりに照らされた岩の塔がそびえ立っていた。

 上を向き

水発泡すいはっぽう

 アラタの身体は上空へ射出された。

 これ以上は飛び上がれない、身体が落ちそうな辺りで

風滑ふうかつ

 塔の方に身体を移動させた。

【風滑】は、水中では使えないが、空中では使える。


 スキル【体術】が、発動しているのだろう。岩に上手いこと掴まる事が出来た。


 上の方を見ると、一輪の花が咲いていた。

 百年鈴蘭華ひゃくねんすずらんかだ。

 透き通る程白い美しい花だと思った。

 小指の先程の小さな白い花がいくつか咲いている。

 アラタにはボルダリングの経験はないが、スキル【体術】のおかげか、頑張って登れば取れそうな気がした。


 横目にキラービーの巣が見えた。

 大きな巣だ。

 雌のキラービーが、巣の下から頭だけ出していた。

 目が合う。

 雌のキラービーには、攻撃力がないので脅威ではない。

 顎をカチカチと打ち鳴らしていた。


 カチカチカチカチ……カチカチカチカチ


 何だろうと思っていると、羽音が聞こえた。


 雄のキラービーを呼んでいたのだ。


 アラタは岩に捕まっている状態である。

 何とか片手を離して攻撃魔法を放つが、簡単に避けられる。

 百年鈴蘭華が、出回らない理由は、ここにあるのだろう。

 高所で魔物と戦うのだ。

 自殺行為と言って良い。

 キラービーが、襲いかかってきた。

 アラタは手を離して、足で塔を蹴って飛んだ。

 剣を抜いて、一閃。

 キラービーの針と、アラタの剣がぶつかった。

 アラタは空を飛べない。

 そのまま、海へ落ちていった。


 夜の海は真っ暗だ。

 キラービーはアラタの姿を見失っていた。

 海の塔の周囲をぐるぐると飛び回っていた。

 警戒しているのだろう。


 雌が、カチカチと音を鳴らしていた。


 海面を浮かぶアラタはそれを見ていた。

 人間と魔物は、敵対している。

 魔物の定義は定かではないが、人がそれを魔物と定めれば、魔物になるという事だ。

 この世界では、エルフや、ドワーフ、フェアリーも魔物の部類に入るらしい。

 それらを魔物と呼ぶのはどうかと思うアラタだ。

 だが、この世界がそれを魔物と定めている。

 アラタには理解出来なかった。


 では、キラービーはどうだろう。

 見た目は醜悪だ。

 こうして家庭を持っているのだから、見ようによっては可愛気があるのかもしれない。


 だが、アラタは百年鈴蘭華ひゃくねんすずらんかを取らねばならない。


 例え、あのように巣を構え、子育てに励もうと、アラタにとって魔物だ。


 自分勝手で、悪いとも思う。

 アラタに襲いかからず、花を採らせてもらえるならば何事もないだろう。

 だが、それはどだい無理な話だ。

 キラービーは人を襲う。


 だから、殺して採るしかないのだ。


 アラタは、海面に浮かびながら、そんな事を考えていた。

 考えてもやることは決まっていた。


「おい! こっちだ! 蜂野郎!!」


 アラタは叫んだ。

 キラービーはその声でアラタに気が付いた。

 こちらへ臨戦態勢を整える。

「水発泡」

 キラービー目がけてアラタは飛んだ。

 お互いの身体と刃が猛スピードで近づいていく。

 アラタは剣の腹で、キラービーの針を受けて流す。

 火花が散った。


 勢いそのまま、すれ違い様に、アラタは剣の刃を立てて、キラービーの胴体を切断した。

 アラタとキラービーの目が合った。

 キラービーは自分を倒した者をジっと見つめていたが、やがてその瞳の色は闇に沈んだ。


 二つに分断されたキラービーは海へ落ちち、アラタもまた海へ落ちた。


 へとへとだが、百年鈴蘭華は塔の上だ。もう一度【水発泡】と【風滑】を使って海の塔の上方へ取り付いた。


 二度目も、キラービーの巣が横目に見えた。

「水発泡の飛距離も限界があるんだな」

 アラタはそのように推察した。


 キラービーの雌が、カチカチと顎を鳴らす。

 キラービーの雌と目が合う。

 その瞳は怯えているようにも見えた。

 アラタの思い過ごしかもしれない。

 奴等から見ればアラタが魔物に見えるのかもしれない。


 雄が死んだ事を知らないのだろう。


 カチカチカチカチ……カチカチカチカチ……


 雌は雄を呼ぶ。

 雌は子育てのために衰弱しており、飛行能力はない。

 だから、雄がいなければ、この親子はいずれ飢えてしまうだろう。

 だからアラタは、今回は手をくださなかった。


 カチカチカチカチ……カチカチカチカチ……


 その音は長い間辺りに響いていた。


 ◆◆◆


 アルフスナーダの城内に、一部の限られた者しか使用できない禁書庫がある。

 机の上に大量に平積みされた本の中から、顔を出す。

 メイドのタマキ・シロだ。

「アラタ様のレベルアップに何かヒントがあればと思ったのですが、見つかりませんね」

 タマキは眠そうに小さく欠伸をする。

「諦めるわけにはいかないわ。アラタは逸材よ」

 クロエはアラタを評価していた。

 そのため、書庫にこもって調べていたのだ。

 だが、アラタの事例はやはり、特別のようで、レベルアップの手がかりになりそうな情報は出て来なかった。


「クロエ様、今日は終わりましょう。もう夜が明けます」

「でも……」

「根を詰めてもいい結果は出ないでしょう。クロエ様には勇者を訓練するという役割があります。それを果たしていただかないと」

 タマキの言うことも最もである。

「お風呂に入ってリフレッシュされてはどうですか? せっかくの美人が台無しです」

 確かにお風呂には入りたいクロエだ。


「分かったわ。ここで一旦、作業を中断しましょう。タマキさんも休んでね」


「いえ、私はもう少しだけ……何せ未来の旦那様の一大事ですからね……グフフ……わしゃあ、アラタ様とパフェをあーんとかするんじゃあ……」


 タマキが、よく分からない事を言い出した。


「……で、では、タマキも無理しないで、キリの良いところで休むのよ」


 何だかおかしいタマキから逃げるように、クロエは禁書庫を後にした。

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