第44話 アラタ、百年鈴蘭華を採りに行く

 アラタはまず花屋に向かった。


「すみませーん。百年鈴蘭華ひゃくねんすずらんかが欲しいんだけど、ありますか?」


「いらっしゃいませ。その花は殆ど市場には出回らないのですが……代替え品で、七日白蘭華なのかはくらんかはあるので、こちらにしませんか?」


 アラタはステータス画面上の【書籍】から【花の図鑑】を開いて調べてみた。

 それぞれの花を見比べて見ると、確かに似ていたが、花の寿命が百年と七日では、随分違うし、百年鈴蘭華は、鈴の音が鳴るらしい。

 らしい、というのは、本物を確認した者が少ないために、情報が定かではないのだ。

 だが、百年鈴蘭華の方が上位種である事には変わりない。

 そう考えると、クロエとの仲直りには、代替え品はふさわしくない様な気がした。

 やはり今までの自分の行いを振り返ると、希少価値の高い花の方が良かろうというのがアラタの見解である。


「うーん……。やめときます。本物が欲しいので」


「そうですか。すみません、ご期待に添えず」


「いえ、こちらこそすみません」


 アラタは花屋を後にした。

 七日白蘭華ならすぐに手に入れる事は出来るというのに、カイルの意見を、アラタは盲信してしまっていた。


 アラタの後ろ姿を見送りながら、花屋の店員は首をかしげている。


「絶対に手に入らないのに、おかしな客だ」


 アラタは百年鈴蘭華の生息地を【書籍】に入っている図鑑から調べた。

 南の海、沿岸部に生息しているらしいと書かれている。

 とにかくこの世界の本に書かれている情報は曖昧である。

 これを書いた人物もまた見聞きした程度の事をメモ程度に書いてる様な印象すらある。

 この情報は、曖昧ではあるが、信じるしかなかった。


 ◆◆◆


 百年鈴蘭華ひゃくねんすずらんかを採取するために準備をする。

 装備はいつものレザーアーマーと、木製のスクエアの盾。武器はブロードソードだ。

 沿岸部には、馬車で四時間程度かかる。

 既に夜の六時を過ぎていたので、アラタは沿岸部に行く商人と交渉した。


「直ぐに行きたいのだが、どうにかならないか?」


 アラタは急がば回れという言葉を知らない。


「バカ言うな。もうすぐ日が暮れるぞ。危険だ」


 商人は取り合うワケはなかった。誰だって命は惜しい。


「こう見えて勇者です。護衛としてなら充分ですよね? 百リギルで往復してもらえませんか? どちらにせよ沿岸部に行くんだし、 護衛も付いて金も手に入る。悪くない話だと思うんですが?」


 ダメなら他を当たるだけだ。

 ほんの少し考えた商人だったが、了承した。

 判断が早くて助かる。

 勇者の護衛は、それだけ信頼が高いと言えるのだろう。


 道中、アラタは百年鈴蘭華の生息地の条件を【書籍】よりおさらいしていた。

 百年鈴蘭華は、海風が当たる高台に咲くという。

 ただ、それだと単に崖っぷちではないか? と思われるし、市場にもたまに出回るだろう。

 それがないのは何故か?

 百年鈴蘭華は自身を守るために、ある特定の魔物の近くに咲くのだ。

 危険な魔物であるために、命をかけてまで採取する者などいなかった。

 その魔物を探して、それが高台にいれば、その近くに百年鈴蘭華は咲いているはずである。


 商人は、馬車の速度を速めてくれた。

 道中で魔物が出現したが、アラタが攻撃魔法を連射すると逃げていった。


「兄ちゃん、流石だな。勇者じゃなければ組みたい位だ」


 商人はアラタを気に入ったようだ。


 夜の十時に着いた。

 近くの町にいて、日が上る前には迎えに来てくれると言う。

 礼を言った。

 沿岸部を散策する。


 目的の魔物は程なくして見つかった。


 【キラービー】という名前の蜂の魔物だ。

 サイズは人と変わらない程の大型の昆虫である。

 お尻には刺されたら即死するとしか思えない太さの針が付いている。


 狩りをしているのは雄だ。

 人食い狼と戦っている。

 キラービーの針の毒が回ったのだろう。

 人食い狼は舌を出し、荒い息をして倒れた。


 キラービーは、人食い狼をぶちぶちと、引きちぎり分解する。

(気持ち悪いな)

 弱肉強食とはかくもグロテスクだ。

 幾つかの肉団子にして、持ちやすくし抱えて飛んでいった。

 アラタは後をつけた。


 キラービーは沖に塔のようにそびえ立つ岩の上の方に飛んで行った。

 その海の塔は自然に出来た物なのだろう。

 あちこちに出来ていた。


 沿岸部から、その海の塔まで三百メートル程だろうか?

 高台で、海風が当たり、キラービーがいる。

 百年鈴蘭華ひゃくねんすずらんかが生息する条件には合っている。


 キラービーの雄は、海の塔から残りの肉団子を先ほどの場所に取りに戻るため飛び立った。

 どうやら巣があるらしい。

 キラービーは、雄と雌がツガイとなって、子を育てる。

 雌には攻撃力が無く、基本的には巣の中で子を産み育てる役割だ。

 雄は食料を取ってきたり、外敵から巣を守る。

 人間の子育てに近いのではないか?

 若干キラービーが、羨ましくなったアラタだ。


 アラタは背負い袋を砂浜へ下ろすと、海の中へ歩を進めた。

 夜の海である。

 冷たい。だが、そんな事は言ってられない。


「あまり使いたくないけど、あれを使うか」


 足が届かなくなる辺りまで歩いた。

 岩の塔まで距離があるので泳ぐのも大変だ。


水発泡すいはっぽう


 己の身体ごと飛ばす呪文だ。

 海中にブクブクと身体が沈む。

 と、圧縮された水と共にアラタの身体が射出された。

 スクエアの木製の盾をボディボードのように身体の下に敷いて、海面を滑った。

 海面を跳ねながらも、あっという間に岩の塔の真下にたどり着いた。

 スキル【体術】が、効果を発揮したのだろう。

 前回、地底湖で使った時は全身したたかに打ち付けた。

 人は成長するものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る