第43話 アラタ カイルに相談する

 午前中の訓練が終わり、昼休憩となった。

 使用人の宿舎で、イザベラとルチアと食事をし、イザベラの訓練を受ける。

 今回は剣ではなく組み手をやる事になった。

 イザベラが、剣だけに頼ってはダメだと言うからだ。

 アラタには全く経験のないジャンルで新鮮だが、投げ飛ばされればとにかく痛い。

 こちらの世界にも柔術はあるのだろう。何度も投げられた。


「受け身は体で覚えるんだよ。そりゃ!」


「いてぇ!」


 生き残る為には色んな事にチャレンジした方が良いと言うのが、イザベラの持論だ。

 アラタも似たような考えを持っている。

 一つの事に特化した人より、色んな事をそれなりに出来る冒険者を目指している。

 何よりスキル【剣士】をカンストしているにも関わらずイザベラに負けているのだ。

 今後、彼女の能力を越える力を手にいれる可能性はあるが、経験者の言う事はバカには出来ない。

 スキル【体術】を獲得した。

 レベル6まで上げるも、それ以上は上がらなかったので、アラタにも能力の限界があるのだろう。才能だろうか。

 それにそもそも体術って微妙だ。

 格闘とか、武道家とか、柔術家とかなら、戦闘向けのような気がするが、体術って何? と思ったアラタだ。

 スキル【体術】を取得した途端に、見違えるように動きが良くなり、イザベラも舌を巻いた。

「今更ながらに思うけど、勇者ってのはチートだね」

「俺もそう思います」


 ◆◆◆


 本日の午後の訓練も終わった。

 人食い狼との実戦訓練だったが、勇者達はまだ対応出来ていなかった。

 アラタにとってはどうでもいい事だ。


 アラタはもう一度勇気を出して、クロエを食事に誘ってみた。

「……ありがとう。でも、忙しいわ」

 と、そそくさと去ってしまった。

 感覚的に言えば、琴子に振られた時を思い出してしまった。

 クロエと付き合ってる訳ではないが、異世界に来てクロエに頼りきりであったので、依存してる部分があったのだろう。

 美人で、世話を焼いてくれるので、一人寂しいアラタが依存してもおかしくはない。


 今日は大人しく帰ろうと思った。


 とぼとぼと、帰路につく。


 宿舎の食堂は多くの騎士でごった返していたので、使用人宿舎のキッチンに向かったが何も作る気が起きない。

 裏庭に出て、「はー」とため息をついて、うなだれる。

 そこではイザベラが、木剣の素振りをしていた。

 アラタに冒険者の心得の手解きをしている内に、冒険者としての血が騒いでいたのだ。

 イザベラは、アラタが地べたに座ってうなだれているのを横目に見たが、無視した。


 どうしたんだ待ち。


 つまり、「どうしたんだ? そんなため息ついて」と言われるのを待っているような。

 そういうのは、大体面倒な話なので、イザベラは見て見ない振りを決め込んだ。


「どうしたんだい? アラタ君。そんなに落ち込んで」

 

 そんな男に声をかけた者がいた。

 カイルだ。


「聞いてくださいよ、カイルさん」

 と、待ってましたとばかりにカイルにすがり付いた。

 イザベラはその様子を見て、うざいなアラタは、と彼の評価を下げた。


 ──クロエとの事情を聞いたカイルだ。


「つまりアラタ君は、その女性に嫌われたかもしれない。だけど、仲直りしたいと言うワケだね?」


「はい……」


 アラタは、両手の人差し指をお互いにツンツンさせて、もじもじしていた。

 若干内股にもなっていて、キモかった。


「フフフ、任せたまえよアラタ君。こう見えても私、カイルは、恋愛マスターとも言われていてな」


 アラタは急に不安になった。

 恋愛マスターとか自分で言うヤツは、全然マスターではないからだ。

 だが、今はカイルに頼るしかなかった。


「マスター。ご教授願います」


「うむ」


 コホンと咳払いしたカイルは、「昔々のその昔……」と語り出す。

 長くなりそうだな。と思ったアラタだ。


 花の妖精である花の姫と、海の妖精である海の王子がいた。

 二人は互いに愛し合ってはいたが、そもそも違う世界にすむ妖精。喧嘩が絶えなかった。

 ある日大きな喧嘩をした二人は絶縁状態になった。二人は愛し合ってはいたが、意固地でもあった。

 花の姫の父は二人は別れたと思い、縁談を持ちかけた。花の姫は、それを受けた。

 婚姻当日、それがまさに決まろうとした時、海の王子は、颯爽と現れ、花の姫をさらった。そして花の姫にプロポーズした。

 花の姫は縁談を断り海の王子と結ばれた


 いわゆる恋愛系の普通の話だと、アラタは思った。

 あくびが出そうだが我慢した。


「二人の妖精の愛が芽生え咲いた花。百年鈴蘭華ひゃくねんすずらんか。女性憧れの花だよ。百年咲き誇るその華を渡せば──」


「クロエの機嫌も治るってわけか」

 アラタは光明を見た気がした。


「花を贈られて嫌な女性はいないからね。まぁ、そうは言っても──」


 と、補足をしようとしたら、


「ありがとう! カイルさん」

 と言って、アラタは走って行ってしまった。


「え?ちょっと、アラタ君! まだ、話終わってないよ!」

 カイルは頭を掻いた。


「どうしたんだ? カイル」

 ちらちらと様子を窺っていたイザベラが声をかけた。

 結局心配らしい。

「いやぁ、百年鈴蘭華の話をしたんだけど」


「……あれか、学生の間で流行ってる花を渡して、告白するヤツか」


「そうなんだけど。百年鈴蘭華なんて、手に入れるのは無理だから、似た花で、七日白蘭華なのかはくらんかってのを買って渡すんだよって教えようとしたんだけど」


 アラタは最後まで聞かずに行ってしまった。


「まぁ、本物なんて、取りに行かんだろ」


 たかが花の為に命をかける奴など聞いた事がないからだ。


「アラタどうしたの?」


 ルチアが、父であるカイルに聞いてきた。


「あぁ、アラタ君が気になる女の子に花を渡すんだよ」


 ルチアが目を見開く。驚いたようだ。


「このまま、ゴールインするかもしれんな」


 イザベラは人の恋愛話には興味ないが、アラタが所帯を持つのも悪くないと考えていた。

 すると、ルチアが「わっ」と泣き出した。


「どうしたんだ? ルチア」

 カイルは慌てた。


「やぁだぁ! アラタはルチアと結婚するのぉ」


 ルチアはべそをかいた。


「えぇ?!ルチアはこの前までお父さんと結婚するって言ってなかった?」


 今度はカイルが目を見開いた。

 ルチアはとてとてと、イザベラの元へ行き彼女の腰に隠れる。

 そして、カイルを覗き見て


「お父さんと結婚はヤダ……」


 と鼻をすすりながら言った。


「えぇーー?!」

 カイルは驚愕の表情をした。

 父フラれる。そんな昼下がりであった。

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