第42話 クロエに対する違和感

 アラタはミンファと別れた後に、騎士宿舎に戻った。朝方の食堂にはスズがいた。

 不思議と安心する。やはり自分はスズに心を許しているようだ。


「おはよう、昨日はよく休めた?」


「おはよう。アラタ。よく休んだよ。でもアラタはどこ行ってたの? あの後用事あるって別れたでしょ?」


「図書館で情報収集して、それから野草の採取クエストに行ってきた」


「そう。寝てないんじゃないの?」


「少しは寝たよ。それに冒険者になるって決めたんだから、休んではいられないだろ?」


「何をそんなに焦っているの?」


「え? 焦ってなんか……」


 アラタは首を触った。だが、この事は解決策が見つかるまでは、黙っておくべきだろう。


「あまり、無理はしないで」


「分かってる。それより昨日、クロエの様子おかしくなかったか? 何か避けられてるっていうか」


 昨日アラタがクロエから感じた事を話した。


「そう? 普通に私には話してたけど?」


「そうなんだ……」


「避けられる様な事したの?」


「いや、そんな訳……──」


 ハッとした表情をするアラタ。

 心当たりがありすぎていた。


 出会った初日に口説いたり、スキル【転移】を使ったら彼女の入浴中に飛び込んだりと。

 怪我や、遭難もしたりと、自分にかかわると気苦労も堪えないのではないか?

『あまり心配させないで』

 クロエの発言が思い起こされる。

 今更ながら、クロエに迷惑をかけていると、そう思うアラタだった。


 ◆◆◆


 今朝のスズとのやり取りから陰鬱な気持ちで勇者の訓練が始まった。

「おはよう」

 とクロエに声をかけたアラタ。

 一方のクロエはこちらをチラッと見て「おはよう」と返事したものの何故か硬い表情だ。

 それがアラタにはひっかかった。 


 勇者の訓練は闘技場で行われる。

 冒険者は、魔法使いのリーナだけが講師として参加している。

 が、はた目からみても分かりすぎる程にツバサにベッタリしていた。

 それを猪熊トウカはものすごい目で見ていた。


「トウカもツバサにグイグイいかないと取られるよ?」

 ヒナコはトウカに助言したがトウカは「そ、そんなの無理よ」

 と及び腰である。元よりトウカは恋愛には積極的ではない。

 好きな男を眺めてるだけで良いとでも言うのだろうか? 私ならアタックするけどな。とヒナコは思ったが口にはしなかった。


 アラタは的に魔法を当てる。

 ビー玉大の光弾が、ピンポン玉の大きさ位にはなっていた。

 それは本人にしか分からない程度の微々たる変化だったが、一つレベルが上がったので魔力の放出量が増えたのである。

 クロエはその微妙な変化が分かった。

 魔法を打ち続け、的に当てるアラタを見て、それ以上レベルが上げられないという事実がクロエの頭の痛い所である。


 他の勇者達の攻撃魔法も、的にかする程度にはなっていたが、大きな魔法を放っていての精度である。アラタの方が命中精度が高いのは明らかだ。だが、それに気がついている者は少ない。


「今日は趣向を変えるわ」


 クロエはそう言うと、


「あれを出して!」


 スタッフが、闘技場壁面の通路から、大きな荷車を牛に引かせて持って来る。

 檻が乗っていて、その中にはアラタお馴染みの魔物がいた。


「これと戦いましょう」


 そこにいた勇者の面々が恐怖する。


「デケェー!」

 アツシがおののく。


「こんなのと戦うのか?」

 タカヒトが、眼鏡をクィッとした。


「や、やってやるぞ!」

 ツバサが、震えながら自分を鼓舞した。


 人食い狼だ。


 アラタは何の感情も湧かなかった。

『人食い狼だな』という気持ちで見ていた。すでにアラタは攻略しており、敵ではなかった。


「爪と牙は削って丸めてあるから、とにかく攻撃を避けて、魔法を当てるように頑張って」

 クロエの発言に、アラタは何ともぬるい訓練だと思った。


 巨大な攻撃魔法が、闘技場内を飛びかう。

 それを避ける人食い狼だ。

 誰も当たらない。

 当たれば一撃で屠る程の威力はある。

 だが、当たらなければ意味はない。

「くそ! 当たりさえすれば!」

 ツバサはこんなわけはないと思っていた。想像では、一撃で人食い狼を屠っている自分がいた。それ故に焦って魔力を消費し過ぎてしまった。

 魔力を消耗すると、全身から力が抜けて動けなくなる。ツバサは荒い息を吐き、足が止まった。

 それは戦闘の最中では命取りになる。

 人食い狼が、ツバサに襲いかかる。

「ツバサ!」と魔法使いのリーナが牽制するために攻撃魔法を放つ。

 人食い狼が、身を屈めリーナの攻撃魔法を避けた。

 ツバサはその隙に人食い狼から離れた。

「リーナ! 余計な事をしないで! 勇者だけでやらないと訓練にならない!」

 クロエが、リーナを叱責した。

「でも! ……」

 リーナは抗議した。

「怪我しても治癒師がいるわ。貴方のしてる行為は彼らの成長を妨げるだけ。出ていって!」

 クロエは妥協しない。リーナが、ツバサに対して特別な想いを持っているのは分かっていたが、過保護では訓練にならないのだ。

 リーナは魔術師学園でもトップの成績を誇っていたエリートである。

 怒られる事など滅多に無かったのだろう。ショックを受けたようで、憤慨しながらも出ていった。


 アラタに、人食い狼が襲いかかる。

 腕の爪で体を抑え、牙で肉を噛み千切るのが、こいつらの戦い方だと認識している。

 要は前足の動きと、口の動きだけ見ていれば良い。

 アラタはそれを避けるだけだった。

 避ける事に専念すると、攻撃する隙も見えて、ここで攻撃すればいいなと、確認作業が出来た。

 これはこれで、勉強にはなるとは思うが、冒険者になるためには実践的ではないと考えていた。

(やはり、冒険者ギルドで依頼を受けた方が勉強になるな)

 それが今回の訓練に対する、アラタの感想である。


「逃げるのだけは上手いな」

 ツバサとアツシが、人食い狼の攻撃を避けるアラタを見て、そう言う感想を持った。

「そうだな」

 タカヒトが眼鏡をクィッとして言った。


 アラタの事を嘲笑する彼らの反応を見て、やはりレベルが低いというだけで、アラタの評価が低く見られているのを感じ取ったクロエだ。

 クロエとスズは、アラタが、逃げているのではなく、冷静に避けているのが分かっていた。

 そして意外にもミクがアラタの様子を伺っていた。

 ミクは、「ふん」と鼻を鳴らしていた。

 それはアラタの事をバカにしての事ではないと、ここでは明記しておきたい。

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