第9話 アラタ、隠密について考察する(ちょいエロ

 差し入れされた魚を刺身に捌いて、酒のあてにして、カイルと酒を交わす。

 ワサビと醤油がないので、工夫して刺身に合うソースを作った。

 カイルは、上手いと言ってペロリと食べた。


 ふと、スキル【隠密】について考えていた。

 文字通り隠れるためのスキルであるが、そもそもスキルを使うという感覚が曖昧で分からない。料理をすれば、何となく上手い料理が出来てしまう。読書すれば速読出来てしまう。

 これは、スキルを使っているという事なんだろう。行動に連動してスキルが発動しているのだろうと推測する。

 では、【隠密】はどうなんだろうか?

 例えば、今そのスキルを使っているんだと、意識してみた。

 しかし目の前のカイルは、アラタに向けて会話をしている。

「おや?どこいった?」

 みたいな事にはならなかった。

 おもむろに立ち、テーブルの下へ潜る。

【隠密】スキルを使う。

「どうしました?何か落としたのですか?」

 普通に、喋ってきた。

 認識されていたら、今さら隠れても発動しないようだ。

 何事もなかったかの様に席につく。


 ほんの少し酒を飲み、食事してお開きにした。


 騎士団宿舎の構造を説明すると、三階建ての本館が、道路に面している。ここは食堂や会議室があり、二階が男性用の浴場。三階が女性用の浴場になっている。

 西側に使用人が住む小さな建物があり、ここでアラタはカイルと晩酌した。

 本館一階から北館の女子寮、南館の男子寮に向かう通路が繋がっている。

 基本的に男子が女子寮に入るのは禁止で、その逆もしかりである。


 本館に戻ると、風呂上がりなのだろう。

 ヒナコが階段から降りて女子寮の方へと歩いていた。

 アラタはふと思い立ち、スキル【隠密】を使ってロビーにある台の物影に隠れた。

 自分のかなり近くまで来たのだが、そのまま、素通りしていった。

 それからスズや東ミク、猪熊トウカがやって来たが、アラタに気付く事なく女子寮の方に戻っていった。

 スキルは発動しているようだ。


「やはり隠れるのに特化したスキルと捉えていいな。」

 そんな事を考えていると、はしゃいだ声が聞こえてきた。

 琴子とアツシが階段から降りてきた。

 いかにも湯上がりといった感じで、のんびりとした足取りで手を繋いでいた。


「じゃ、また明日」

「えー?いっちゃうのぉ?」

「しょうがないだろ?」

「何か寂しい」


 うっとおしい!

 見たくねーわ!


 イチャイチャしていた。


「本当に行くから。今日は疲れた」

「そうね。また明日」

 するとアツシが回りをキョロキョロ見渡す。

 アラタは何となく嫌な予感がしたが、それは的中した。

 アツシは回りに誰もいないと判断して、琴子に唇を重ねた。


 見たくないシーンだった。

 ひどい夢を見ているようだった。

 逃げ出したいが、彼らに見つかりたくなかった。


【転移】スキルが取得可能になっていた。

 取得した。これはレベルがないらしく、取るだけでカンストした。

 今すぐどこかへ!強く願った。

 足元からスーっと身体が消えていく。

 ふと、その中でアラタは

「そー言えば異世界召喚されてから風呂入ってないな」

 そんな事を考えていた。


 騎士団宿舎の敷地内に幹部専用の家々がある。

 幹部はそれぞれ一軒家が与えられている。

 4LDKで庭がついている。

 クロエは騎士団長なので、そこに住んでいた。

 浴槽もある。水道が通っていて、魔石によってお湯が出るようになっている。

 今日一日の疲れを癒すように、クロエはゆったりと湯船に浸かっていた。


 勇者の教育係を志願したクロエである。

 本来は騎士団長がやる仕事ではない。

 だが、クロエは騎士団長を辞任しても構わないとまで言ってその役を手に入れたのだ。

 その為、現在は騎士団を取りまとめる仕事を全て副団長が行っている。

 十二年前クロエが八歳の時に見た勇者達の姿に感動して、それ以来今日という日を夢見て来たのだ。


 まだ二日しか経っていないが、アラタといた時間が印象深い。

 そして何故か気になっていた。

「全然タイプじゃないのになぁ」

 顔半分を湯船に埋めてブクブクと息を吐く。

 剛剣のクロエとして男にも恐れられる彼女は、ウブなところがある。


 目の前に埃がパラパラと落ちる。


「ん?」

 クロエは上を見上げる。

 天井を突き破って──


 夕暮れ時。

 学校の裏山に展望台がある。

 ここは隠れスポットとして地元の穴場であまり人も来ない。

「うわぁ、こんなトコあったんだ」

 自分達の住んでいる街が一望出来た。

 制服姿の琴子とアラタ。

 これは二人が高校生の頃の記憶なんだろう。

 展望台まで二十分くらい歩かないといけないが、金のない高校生としては、それなりにアイデアを絞ったプランだ。

「やるじゃない。女の子を喜ばせるなんて」

 琴子はアラタの胸にボスっと拳を当てた。

「登らないといけないから、どうかな?って思ったんだけど」

「全然大丈夫。私歩くの好きだし」

 屈託なく笑う琴子。

 手すりに身体を預けて景色を楽しんでいる。

 アラタは、琴子の横顔を見て、やっぱり可愛いなぁと思った。

 暫く二人で会話を楽しんだ。

「それで……」

 琴子がいたずらっ子の顔をしてアラタを見る。

「君は次どーするのかな?」

 ちょっと困らせようとしているのだ。

 アラタはたまらなくなって━

 琴子の後ろに回って、琴子の肩を抱き自分の方に向かせる。

 笑っていた琴子が、アラタを潤んだ瞳で見上げる。


「どうすると思う?」


 琴子はそれに答えない。

 アラタは少し顔を琴子に近づける。

 琴子は瞳を閉じる。


 アラタと琴子のファーストキスの思い出である。


 フツメンで、琴子と付き合うまでは全く女に縁のなかったアラタ。

 ヒナコやスズ程の美少女でもないが、ひとクラスには必ずいそうな、明るくて、朗らかで、可愛いらしい男子や女子からも人気の高い琴子。


 アラタにとって奇跡の出会いといっても良い。


 なぜ、こんな思い出を見たのか分からないが、とにかくアラタは転移した。

 そして身体は落下して、天井を突き破って、温かいお湯の中に落ちた。


 完全にパニック状態になったアラタはバシャバシャと湯を掻き、藁をも掴む思いで何かを掴んだ。

 マシュマロの様に柔らかい感触が手のひらにあった。

 その柔らかさに何となく落ち着いて。ムニムニと揉んでから、顔を上げた。


 クロエの引きつった顔と自分の手に余る豊かな乳房があった。


 アラタの顔面に強力なパンチが見舞われた。



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