第98話 モルグ遺跡での訓練

「あら、かわいい」


 ヒナコの声が弾む。

 アラタも確かにかわいいと思った。それはウサギだった。

 十匹ほどのウサギが鼻をひくつかせてこちらを見ている。


「私、動物好きなのよ。よしよし、おいで」


「待って」


 ヒナコがウサギに近づこうとするのをスズが止めた。


「どうしたの?」


 警戒するスズにヒナコが戸惑う。


「ヒナコ、油断するな。そいつらは魔物だ」


 アラタがそれに答えた。


「魔物? こんなかわいいのに?」


「そうだ」


 見た目はウサギである。が、その額からはちいさな一本の短い角がはえている。

 すると、その角がニョキッと伸びる。


「二人共、来るぞ! ホーンラビットだ!」


 アラタが叫ぶやいなや、ウサギ自体がまるで弾丸のように飛んでくる。


「きゃ!」


 ヒナコが悲鳴を上げた。


「しっ!」


 アラタは息を吐く。

 ヒナコに向かって飛んでくるホーンラビットをアラタは一刀両断のもと屠る。


「光壁」


 スズが光の防御壁をはる。ホーンラビットが防御壁に突き刺さった。

 アラタはこちらに飛んでくるホーンラビットをさくさくと退治していく。

 ヒナコはそんなアラタをあ然と見つめる。


「みんなが言うほど、全然駄目な奴じゃないじゃん」


 そう呟くヒナコを見て、スズは少し笑った。

 嬉しいらしい。


 ヒナコを庇うように、ホーンラビットと戦っているアラタが振り向いて


「ヒナコ、ちょっとは参加しないと訓練にならないぞ? 伸び悩んでるから、ついてきたんじゃないのか?」


 と言った。


「う、うん。分かってるわ」


 そう言ってヒナコは、片手剣を構えた。

 三人で、手分けしながらホーンラビットを倒していく。

 ホーンラビットの攻撃は一直線上に飛んでくるだけなので、それさえ見極めれば大した事はない。

 ただ繁殖力が強く、数が増えすぎると厄介である。

 たびたび行商を襲うことから、害獣指定になっていた。


 しばらくするとホーンラビットの攻撃が止んだ。

 どうやら辺りのホーンラビットは退治してしまったようだった。

 アラタのスキル【探知】も反応を示さない。

 アラタは見たホーンラビットの耳を一匹掴んで持ち上げる。


「こいつらは食用にもなる」


 そう言って、腹を裂いて血抜きを始めた。


「ひゃあ!」


 ヒナコはその光景に驚く。


「何だ。もしかして魔物を解体したことないのか?」


「ないわよ。てか、する必要あるの?」


「旅の途中で何を食べてくつもりだったんだ? もしかしてコンビニが各所にあるとでも思っているのか? ほら、やってみろ」


 アラタは予備のナイフをヒナコに手渡した。


「ええ? やる必要あるの? 確か戦闘以外は護衛をしてくれる冒険者が面倒みてくれるって話だったじゃない」


 ヒナコはナイフの柄を掴んだまま動けない。


「ほら、スズだって嫌でしょ?」


 ヒナコがスズの方を見ると、彼女は見よう見まねでホーンラビットにナイフの刃を入れていた。


「ヒナコ、何しに来たの?」


「うっ! わ、分かったわよ」


 震える手でホーンラビットの腹にナイフの刃を刺した。

 三人で一匹ずつ血抜きをした。


「こんなに食べ切れるものでもないし、持って帰るのも大変だ。あくまで練習だから」


「あ、持って帰らないのね。せっかく解体したのに」


 ヒナコは少し残念に思った。

 アラタの言う通り、荷物がそれなりの重さになってしまうので諦めた。

 アラタはホーンラビットの角を切り取って、二人に見せる。


「これが、魔物を討伐した証になって換金されるから、これだけは持っていこう」


 三人でホーンラビットの角を回収した。

 角は軽くて硬い。小さな袋に収まるし、これなら持って帰れそうだ。


 遺跡は魔石の採掘場だっただけあって、いくつも道が別れており、気をつけなければ迷いそうであった。

 アラタはマッピングしながら進んでいく。


 と、アラタ足が止まった。


「どうしたの?」


 スズが声をかけた。


「少し手前に反応がある」


「魔物?」


 ヒナコが片手剣を構える。


「いや、他の冒険者のようだ」


 彼らはランタンを使っていない。

 暗闇からまるで、こちらを待ち伏せしているようでもあった。


「嫌な予感がする。引き返そう」


 アラタが振り向いた刹那、耳をつんざくような音が鳴った。


「きゃ!!」


 ヒナコとスズぎ悲鳴を上げた。

 ガラガラと岩盤が落ちてくる。

 油断していたつもりはなかったが、罠をはっていたのだ。


「土壁!」


 アラタは防御壁を張り巡らせる。

 だが、アラタの魔法は弱い。パリンという音がして簡単に弾けて消えた。

 もと来た通路を引き返そうとしたが、そちらからも爆発音がした。


「くそ!」


 アラタが悪態をついた。

 そして天井が抜けて、岩の固まりが三人に落ちてくる。

 どんっと大きな音が響いて、もうもうと砂埃が舞う。

 

 しばらくすると再び遺跡の中は静寂に包まれた。


「ゲホゲホっ! やったか?」


 咳き込みながら、キョウキがランタンを灯して、顔をのぞかせた。


「確認しよう。これを怠ると後々、面倒だからな」


 ルスドが抜け目なく言った。爆砕の魔石を仕掛けて罠をはったのはルスドである。 


「アニキ、アラタと一緒にきた冒険者はヒナコとスズたったんじゃ」


 ガイルは彼らのランタンの灯りの中で、顔を見たのだ。


「勇者か……だとしたらなおさら三人とも殺さないとな」


「ここでしっかりとどめを刺すべきだ」


 生きて帰った場合、証言を元に犯人の特定をされる可能性があった。

 ルスドは盗賊スキルを使って、生存者がいないか確認したが、分からなかった。


「アニキ!」


 ガイルがキョウキを呼んだ。


「何だ?」


「これを見てくれ」


 それは裂け目であった。

 下層に続いていているようだ。

 ランタンを灯したが、下が見えない。


「とっさに飛び込んだようだな」

 ルスドが裂け目の縁に触る。

 誰のものか分からないが、血が付いている。


「ここから降りるのか?」


 ガイルが尋ねた。


「どうなってるか分からない。流石に危険だろう。別ルートから行くべきだ」


 ルスドが提案すると、二人は頷いた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


 仕事をしながらコツコツと書いてます。少しでも楽しんでいただけた方は、♡や☆を入れていただけると執筆の励みになりますので、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日勇者を首になった もりし @monmon-si

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ