第85話 下水道掃除
「……タマキ。無理する事はないよの。私は【慈愛の治癒師】もアラタ様の為なら出し惜しみいたしませんわ。それに健全な殿方ですもの。男女が
妖艶な笑みを浮かべ、ソフィア王女はタマキにとうとうと語る。
「いえいえ、王女にその様な事はさせられません。そういった事はこのメイドのタマキにお任せ下さい」
二人の視線が交差する。そこに火花が散ったように見えたのは、けして目の錯覚ではあるまい。
「タマキ、お気持ちは嬉しいわ。だけど、私は上位の治癒師でもありますわ。アラタ様に何かあっても困ります。そういう緊急の場合は私に連絡するようにして欲しいですわ。それに貴方の婚約者にも悪いですし」
「私の婚約者ですか?」
「そう。この事が耳に入って、破談になったりしたら目も当てられませんわ」
「……その手があったか……」
タマキがボソッと呟く。
「はい? 何か言いました?」
ソフィア王女が尋ねた。
「破談になったとしても致し方ありません。そう思ったまでです。それに私一人でアラタ様の治療は出来ますし、今のところ問題ないかと思いますが」
「いえいえ、それでも対処出来ない問題も起こるかもしれません。私に任せなさい」
「いえいえ」
「これは王女としての命令よ」
「いえいえ、お手を煩わせる訳にはいきません。それに王女には、他にしなければならない仕事が山積してますので」
「それは貴方も同じじゃなくって?」
「私はシロ家の優秀なメイドですので、これくらい何ともありません」
「それは私も同じですわ。アラタ様のためなら何ともありませんわ」
「いえいえ、お戯れを」
「いえいえ」
「いえいえ」
二人共、顔に笑顔を張り付けて舌戦を繰り広げていた。
とても聞いていられないカル・ケ・アルクはそっと自らの気配を消した。
◆◆◆
「では、本日も宜しくお願いします」
冒険者ギルドの斡旋を受けて、下水道の清掃を申し込んだ五人のメンバーが集まった。
既に一週間程度この仕事をしている彼らは、馴れたものである。
ギルドの担当者は下水道入り口の鍵を開けた。
ここは鉄格子になっていて、すり抜けられない様になっている。
ぞろぞろと入り口に入る男たち。
「ゴホッ……十八時にまた来ますのでそれまで頑張って下さい。食事はこれをどうぞ」
担当者は、彼らのすえた匂いにむせた。
と一人一人に弁当を手渡し、担当者は入り口の鍵を閉めてその場を離れる。
「あいつら風呂に入ってないのか? 日銭を稼いでるんなら入れるだろうが……」
担当者は悪態をついた。下水道の匂いが体に染み付くのだから、普通なら風呂くらい入るだろうと。
しかし担当者は知らなかった。
彼らは稼いだ日銭を貰ったそばから浪費するような類の人達であった。
「おい、オッド。今日も【黒豚】見に行くよな ?」
「あぁ、ケント。あいつのバトルは最高だからな」
この五人組は、地下闘技場に夜な夜な入り浸っていた。そこで、所持金が底を尽きるまで賭けていた。軍資金を稼ぐ為にこの仕事を一週間近く毎日していた。
彼らの間で話題に登るのは【黒豚】である。
ツインテイルで黒いコスチュームに身をまとう太った武道家。
観客はその姿に歓喜していた。
人気がありすぎて、賭けにならない。
黒豚見たさに、闘技場へ向かう人達。
彼女が退場した後も興奮冷めずに、有り金を賭けて、スッカラカンになる客。
それが彼ら、スラムを根城とする5人組だ。
オッド、ケント、ランド、パーカー、ビージ。幼い頃からの腐れ縁で、何をするにも一緒。色々あって一時期疎遠になったとしても、戻ってくる。
ここ一週間は、下水道の清掃に精を出し、日銭を握りしめ、地下闘技場へいくのが彼らの日課になっていた。
無一文になるので、当然風呂に入れない。
元々、スラムの安い家賃すら払えないほど散財する連中なのだ。住まいは無く、野宿で済ましていた。
下水道の仕事は、弁当が出るのでありがたかった。彼らは一日の食事がこの弁当だけである。
下水道には王都のあらゆる汚物が流れてくる。
「そう考えると、金持ちも貧乏人も同じだな」
オッドが呟いた。
「違いねぇな。出すモノは同じくクセーもんだ」
ケントが同意した。
「だろ? 金持ちが特別なモン垂れ流すってんなら話は違うけどよぉ」
下水道の清掃の仕事はきつい。そのため五人は休みを多目に取りながら作業していた。
下水道の入り口は、数多くあり彼らは、毎日、違う入り口を使用して様々なエリアを清掃している。
今日は富裕層エリアの下水道の清掃をしていたので、先程のような話題になる。
全員、金目の物がないかと期待していたが、今のところ発見されなかった。
◆◆◆
「お前、実家には顔出してるのか?」
休憩中にケントが、オッドに聞いた。
「いや、何でだ?」
「お前、女いただろ? 内縁の妻」
「あぁ、あいつか」
「あいつかって? 酷い奴だなぁ。子供もいるんだろ?」
オッドは籍を入れてないが、嫁と子供がいる。だが、オッドは家庭を省みない。遊びたいから遊ぶ。
「まぁ、若い時、美人だから手を出しちまったけど、あっという間に子供が出来ちまったからな。ひくわ」
それを聞いたケントはオッドに引いていた。
「オッド、来てみろよ」
ランドが呼ぶのでオッドは向かった。
「……何だこれは?」
下水道トンネルの壁が壊されて、新しいトンネルが掘られていた。
瓦礫が散らばっている。
「デカイ
オッドは入り口を覗く。石で施工された下水道と違い、こちらはむき出しの土のままである。
「魔物の
後ろからケントが声をかけた。
「王都に魔物って。ハッ! 考えすぎだろお?」
オッドは、二人を振り返り
「入ってみようぜ」
と言った。
「「冗談だろ?」」
ケントと、ランドは共に拒否した。得体の知れないトンネルなど、ごめん被りたい。
「そうか……じゃあ俺一人で行ってくる」
そう言って、オッドは単身でトンネルの中に入っていった。
ケントとランドは、そんなオッドを信じられないといった顔をして見ていた。
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