第84話 クロエの夢
業火に焼かれる町。私は両親の姿を探していた。
それは今の私とは違う昔の自分で十四歳だった。私は十四歳の私の事を俯瞰で見ていから、これは昔の夢だと思う。
侯爵の娘である私の父親は、仕事の都合で一時期、王都から離れた街に来ていた。
その際、社会勉強という名目で私もついてきていた。
そこへ前線の防衛ラインを抜けた魔族の襲撃をこの町は受けた。
アルフスナーダ領の魔国の防衛ラインから遠い町である。他国の勇者が召喚され魔族はそちらに戦力を割いていた時期だ。
まさかと油断していたのだろう。思えば平和ボケしていたと、
駐屯していた騎士と魔族の戦闘が行われていたが、町人を避難させる程の人員はいない。
眼の前に魔族が立っていた。
人型の魔物。肩から爪のようなものが蛇腹に腕まで生えていた。
牙がむき出しで、殺意しか感じない。
巨大な斧を持っていた。
それは残忍な笑みを浮かべ、私に巨大な斧を降りおろす。
私は死を覚悟した。抵抗しても意味はない。こんな理不尽な暴力の前では何をしても無理だろうと諦めたクロエだ。
けれど、その斧が振り下ろされる事は無かった。
魔族の肘から下が斧ごと消失していた。
剣を持つ男が私の前に立っていた。黒々とした剣【スレイブニール】を持つ男。
剣聖アイザック・グローリア。
ペタンと地面に尻餅をついた。
剣聖は、私を一瞥して、
「生きるつもりがなければ、助けた甲斐がないな」
と言い捨てた。
剣聖の技はそれは見事であった。
今では剣に関しては神童と言われていた私でも届かない程の高み。
魔族はその技の前に息絶えた。
その町での魔族との戦闘は終演を迎えた。
全ての建物は炭となり、死んだ町人も炭となっていた。
私の両親もその中にいた。
私は剣聖に師事した。
剣を振り続け、身も心も戦士たらんとした。もし剣聖なみに強ければ、両親は死ななかったかもしれない。
でも今さらそんなを言ってもどうにもならない。
既に両親は死んでいる。
リィィィィイ……リィィィィイ……
クロエは目が覚めた。
百年鈴蘭華が美しい音色を奏でていた。
まるで悪夢から抜け出せと、起こしてくれた様である。
その花をクロエは寝ぼけ眼で見つめる。花は朝の日をうけてキラキラと光っていた。
クロエは記憶障害である。
十四歳の時の魔族襲撃事件によるストレスが関係しているのではないかと医者は言う。
記憶は曖昧で、たまにこうして夢で見る事があるが、本当にそれが自分に起こった事なのかどうかすら実感がない。
さらにクロエはその後の最近にいたる記憶までもが曖昧で、学生時代や、つい最近の記憶までどんどん曖昧になっている。
両親の顔すら思い出せなくなっている。
学生時代の記憶などは特に断片的で、それを不憫に思ったのか、ソフィア王女は、クロエの学生時代の話を聞かせてくれた。
学生時代モテていて、それを全て断っていたという。剣聖に助けられ、自分のスキル【剣士】をさらなる高みにまで研鑽を積んだクロエ。ソフィア王女と子供の頃から友人であるクロエ。
全ては曖昧な記憶の中に霧ががっていた。
そんな中でも鮮明に覚えているモノがある。
十二年前に子供ながらも、勇者の御披露目に連れていって貰った記憶だ。
自分の手を引いていたのは父であろう。
アルフスナーダでは、勇者が旅立つ日は盛大に祝う。町はお祭り騒ぎで賑わっていた。
勇者は町の大通りを闊歩して歩く。
今にして思えば、彼らはまだ若く、華奢であった。とても冒険者の身体つきとは言い難い。
正門を抜ける。彼らは振り返る。この世界は俺たちに任せろといわんばかりに、片手をつきあげる。
地響きのような歓声が上がった。
その光景を眼にして、クロエは幼心に胸打たれた。
クロエはベッドから抜け出し、ネグリジェを脱ぐ。
熱いシャワーを浴びる。
全身にその水圧を感じながら、クロエはアラタの事を考えていた。
自分が思っていた勇者像とはだいぶ違う。
冒険者としては優秀な部類に入るであろうアラタではあるが、何とも頼りなく、自信なさげ。
目の奥はどんよりとしていて、いつも傷ついているようで自暴自棄で。
曖昧な記憶の中で、片時も忘れる事のない記憶があるなら、それはクロエにとってのアラタである。
アラタと何をしたとか、どんな話をしたとか。彼の表情や、匂い。全てが明確な記憶としてクロエの中にあった。
アラタの事を考えると胸のあたりがざわざわとした。
◆◆◆
午前中の仕事を終え、アラタに関する資料に目を通したソフィア王女は顔色を変えた。
「これは本当の事?」
「はい、事実のようです」
宰相カル・ケ・アルクは無表情に答える。
アラタがギルドランクAの冒険者であるキョウキを決闘で対決して勝っているとの報告書である。ソフィア王女は自分の目を疑わざるをえない。
「あり得ない。いくら異世界召喚者の成長スピードが早くなる傾向があるとはいえ、これはおかしいわよ」
とはいえアラタとキョウキが今朝方、大聖堂にかつぎこまれた状況を鑑みるに、これは正しい報告なのだ。
今後も無視できない存在であるアラタ。
アラタはトラブルに巻き込まれる傾向にあった。
自身のスキルである【慈愛の治癒師】を使う機会が増える可能性はおおいに考えられる。
それ故、アラタが自分に依存するかもしれなかった。
思わず口元がほころぶ。
「これは、お肌の手入れを念入りにしないといけませんわね」
そんな言葉がついて出た。
「ええ、私はエステに通い出しました」
タマキが笑顔で答えた。その役目は自分であると言わんばかりのタマキのセリフにソフィア王女はピタリと動きを止めた。
「確かあなたには婚約者がいましたわね。素晴らしいですわ。未来の旦那様の為にそのような。さぞタマキの婚約者もお喜びになられる事でしょう」
「いえ、アラタ様の為です」
タマキは笑顔を絶やさず答えた。
ほんの少し空気がぴりついた。
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