第83話 アラタ スズと朝市デートする

 アラタは二人と別れて騎士宿舎に戻った。

 今日もコルネラの元を訪ねるつもりではいるが、その前に腹ごしらえといきたい。

 食堂に入ると、スズが窓の外を眺めていた。


「スズ」


「おはよう、アラタ」


 振り向いたスズは美しかった。白い肌は、化粧をしてないとは思えない程にきめ細やかだ。

 日焼け止めと保湿はしてるらしい。スズが言うには、まずはそれだけでもやっておくと劣化は抑えられるという話だ。

 まあ、高校生だから劣化なんてするわけないのだが。


「おはよう。今日は朝市で朝食でもどう?」


 半分冗談、半分本気で、アラタはスズに手を差し出した。


「ん。いいよ」


 スズが自分の手を取った。取るとは思わなかったので、思わず緊張してしまった。

 成り行き上、そのまま二人で手を繋いで朝市を巡る。自分で手を差し出しておいてなんだが、激しく動揺していた。

 チラリとスズの横顔を見ると、いたって涼しい顔をしている。


(兄と手を繋いで歩いてるような気分かな? じゃあ、俺は彼女を妹のように扱えば良いのだろうか)


 しかし、そのように思い込もうとしても、それは土台無理な話だ。


「兄ちゃん、新鮮なジュースはどうだい?」


 露店の店主が奨めてくる。アラタは注文した。


「はい、まいどあり」


 アラタは出された品を見て驚愕し、スズは両手で口元を隠して驚いた顔をしている。

 そのジュースは大きなサイズで、ストローが二本刺さっていた。


「仲いいね、お二人さん。バーガーも付いてるから二人でアーンするんだぞ?」


 店主はウィンクした。アラタとスズは丘のある公園に向かう。テーブルに向かい合わせで座る。


「じ、じゃあ食べる?」


「ん。食べる」


 そう言って口を開ける。


「あーん」


「え?」


 アラタは店長の言葉を真に受けたのか? と思ったが、バーガーをナイフで一口サイズにカットしてスズの口元に持っていく。

 スズはパクっと食べる。

 今度はスズが一口サイズにして、アラタの口に運ぶ。アラタはそれを食べる。


「アラタ。ん」


 そう言ってスズは、アラタにジュースを奨める。アラタがストローを咥えると、スズはもう一つのストローを咥えた。

 朝からこんな事をしてていいのだろうか?

 二人で見合いながら、ジュースを飲む。スズの顔が近い。長い睫毛をぱちぱちとさせるスズ。

 兄として……、というか兄と妹がこんなことしないだろ。

 スズが随分と積極的な気がするアラタである。学校では興味ないからと異性の交際の申し込みを断ってきたと聞いたアラタである。これはどう言う事だろうか? と首を傾げる。


「どうしたの? アラタ」


「い、いやぁ。何か恋人みたいな?」


「ん」


「スズは恋人欲しいとか思った事ある?」


 遠巻きに話を振るアラタだ。


「あんまりない」


「そっか……」


 バシッと言えないアラタだ。琴子の時はバシッと告白したものだが、あんな振られ方をしたせいで完全に恋愛には及び腰になっていた。

 それにしてもスズが恥ずかし気もなく、アラタとこういう事をするので、アラタは自分を親戚か兄弟か何かと思っているのでは? と思った。


「スズは他の男とこんな事したりするのかな?」


「しない」


「そっか……」


 何と聞いたら良いのか分からないアラタだ。


「俺とは、こんな感じだろ? 何でかなって」


 アラタは顔を赤くして、口をとがらせ、指をもじもじとしている。

 はた目から見てると、キモい男といった感じ。

 スズはアラタをじっと見つめる。


「知らない。自分で考えて」


 プイッとそっぽを向いたスズだ。まさか俺の事が好き? とは言えないし、こんな美少女が自分に好意を持ってるとはとてもじゃないが思えない。やはり兄弟か親戚か何かに近い存在なのだろうか。アラタは頭を掻いた。失恋の痛みがアラタに恋愛に関してはプラス思考をさせなかった。


 完全なヘタレになっていた。

 特にスズに対して。


 ◆◆◆


 宰相カル・ケ・アルクより命を受け、ナージャはアラタの監視、護衛を引き受けている。

 護衛ならば、声をかけ側に控えた方が良い。しかし今の二人の元へ向かうのは野暮というものだ。


(まぁ、一人になったところを見計らって声をかければ良いか) 


 アシンメトリーの髪型。つり目で整った容姿。なにより背もあるので目立つ。

 しかし、それにしては道行く人々がチラチラとこちらを見すぎている気がした。 


「ふむ。アラタは女にモテる……と」


 いつの間にか、隣にカーシャがいた。くるくるした金髪を揺らしたチビッ子が熱心にメモを取っている。

 要するに二人とも容姿端麗ではあるものの、背丈の高低さがより際立って、行き交う人達の好奇心を買うのだ。

 スタイリッシュなナージャと、ゴスロリカーシャの組み合わせは目立つなという方が無理である。


「カーシャ、何故あなたがここに?」


「カル様、カーシャに仕事くれない。だから、ナージャの仕事手伝う」


「あなたにはあなたの仕事があるでしょう? 事務処理能力はあなたに分があるわ」


「カーシャ、それ、飽きた」


「仕事よ。飽きる飽きないの話じゃないわ」


「ナージャの仕事の方が楽しそう」


「駄々をこねないで、子供ね」


「カーシャ、子供じゃない」


 ジロリとカーシャはナージャを睨んだ。


「分かったわ。カーシャもやれるようにカル様に頼んでみるわ」


「た、頼まなくても大丈夫……」


 急に大人しくなった。


「カル様に内緒で出てきたのね」


「う……」


「怒られるわよ」


「ど、どうしよう! カル様、カーシャ怒る?!」


「なんでそんなに慌てるの? 別にカル様は注意するだけでしょ?」


「怒られたくない……嫌われる……」


 カル・ケ・アルクは怒鳴り散らすような上司ではない。怒られる事を極端に嫌がるのは──


「やっぱり子供よね」


 とにかく、カーシャをなだめすかして帰した。カーシャの事務処理能力は他に代えがたく、やってもらうしかないからだ。


 ◆◆◆


 裏路地に入る脇道から、ナンバーズ103号は親しげにハンバーガーを食べるアラタとスズを監視していた。


「おいしそう……」


 目はハンバーガーに釘付け。それ以外の情報など目につかない。

 勇者の監視という任務を受けているが、食に飢えている103号は、まともに情報収集が出来ない。


 ぐぎゅるるるるるる……うるさいほどに腹が鳴る。


「お腹すいた……」


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