第11話 アラタ、魔法を使う
二人で夜深い時間まで話し合った結果、スキル【転移】については、一先ずここだけの秘密にする事になった。
これはアラタが、まだ異世界のこの国を信じていない点が大きい。
クロエとしてもアラタが慎重に事を運ぼうとしているのは理解できた。
そして、アラタの一言
「俺は今はクロエしか信じていない。というか、信じたい」
と真剣な目で訴えたのだ。芝居じみたクサイ台詞だと自分でも思う。
クロエの瞳は潤んでいた。
それでほだされるのも騎士団長としてどうかというのもあるが、男性に対する免疫が余りないクロエであるから仕方のない事でもある。
アラタとしては、秘密にすると決まったものの騎士団長になる位だから裏では報告する程度の腹芸は持ち合わせているだろうとも考えていた。
国から何かしらの動きもあるだろうと。
しかし、そうなったとしても構わないと思っていた。
別にどうでもいい。
それなりにアラタは対処したし、結果そうなってしまうなら受け入れるしかないだろう。
だが、クロエは報告する事はなかった。
要は純粋なのである。
クロエの家を後にする。
帰路でスキル【転移】について考えていた。
壁の中とかに転移しなくて良かったなと。
下手すれば死んでいた可能性もある。
雪山の頂上。マグマの中。宇宙。
何処に転移するか分からないのだ。
その大魔法使いに聞けば、正しい使い方を教授出来るかもしれないが、やはり得たいの知れない奴に自分の能力を知られるのは考えものだ。
「取り敢えず図書館で調べよう」
それしかないと判断した。
◆◆◆
宿舎に着き暫く自室で休む。
ステータス画面の【書籍】を開いて、ざっと流し読みしていた。
携帯のアラームが鳴る。結局寝る事も出来ないので、食堂でコーヒーを飲む事にした。
朝早いので誰もいない。
準備していると
「おはよう」
スズだ。昨日もこの時間に食堂に来た。
「おはよう」
と返事した。
化粧っ気もないのに可愛いらしい。
会うたびに見とれてしまうアラタであったが、要は好みの顔立ちなのだ。
彼女は紅茶派だったが、ここにはなかったのでミックスジュースを作った。
パンとゆで卵とサラダを準備して、さしずめ喫茶店のモーニングセットのようにして、二人で食べる。
「アラタは昨日もこの時間にいたけど、いつもこの時間にいるの?」
「目が覚める。八時から仕事だから、通勤時間を考えても、六時半には起きてたな」
会社に近い方が良かったが、琴子の大学の近くのアパートを借りたのだ。そのため会社まで一時間以上の通勤距離だった。
「スズは?」
「私は朝も勉強してたから、いつもこの時間に起きてたの」
夜と朝、両方の時間を活用して受験勉強に励んでいたそうだ。
そして、昨夜の親睦会で決まった事があるとスズは教えてくれた。
勇者メンバーのリーダーを決めたそうだ。
社会経験、年齢の理由からアツシになったという。
自分のいない所で色々と決まっていくのは仕方ない事だ。
アラタが避けているのだから。
「いいんじゃないか? アツシは適任だ」
正直、どうでもいい。
二人で食事の片付けをした。
よく自分の借りた狭いアパートのキッチンで、琴子と料理をしたが、琴子は料理や片付けが苦手だった。
スズは慣れていて、スズが食器を洗い、アラタが布巾で拭いて棚に戻す。
「夫婦は家事を協力してやるべきだよな」
そんな言葉がついてでた。
ハッとした顔でスズがアラタを見た。
アラタの外見でそんな台詞が出てもポッと頬を赤らめて、などとなる訳もないし、そんなつもりで言ったわけでもない。
「そうね。それは素敵」
スズはにこやかに答えた。
窓から差し込む光が彼女の美しい顔立ちを際立たせていた。
◆◆◆
十時になり、宿舎の食堂に集合した。
今日は魔法を使うという。
「闘技場があるので、そこで練習しましょう」
そこはイタリアローマにあるコロッセオと同じような建造物であった。
イタリアのコロッセオなら近くに真実の口があった筈だが、見渡してもそれはなかった。
当たり前だ。ローマではないから。
中に入ると既に昨日の冒険者達がいた。
的が設置されていて、なるほどあれに向かって魔法を放つのだ。
「ステータス画面を開いて下さい」
皆、口々にステータスオープンと言う。
アラタは、それ恥ずかしいだろ? と思ったがわざわざ口にはしない。
アラタは画面は開きっぱなしだ。
自分の属性をタップすると使える魔法が分かるらしい。
火弾。光弾。闇弾。水弾。とかそんな感じのものがある。
要は攻撃魔法だ。
一属性に対して一つの魔法。それしかなかった。
アラタは全属性持ちの為全て撃てるが、他の勇者は一人一個だけだ。
使っている内に魔法の種類は増えたりするらしい。
魔術師学園に通うと、属性と関係ない魔法も使えたりするらしいが、修得するのに時間がかかるので、今回はやらないという事だ。
召喚する国ごとによって勇者の教育方法は違うという。
その辺りの情報も欲しい所だ。
まず、冒険者である魔法使いのリーナが実践する。
「
掌を的に向けて放つ。野球のボール程度の大きさの火の球が的に向かって飛んで行き命中した。
威力もあって的が吹き飛んだ。
おおーっ! と、皆から感嘆の声が上がる。
それを見て、ツバサがやる気を出していた。
「剣と魔法の世界サイコー!」
と吠えていた。
クールに構えているリーナだったが、ツバサにはベタベタして教えていた。
他の連中に対しては素っ気ない態度だ。
明らかに分かりやすい態度であったが、猪熊トウカがツバサとリーナのやり取りを凝視していただけで、他の連中は自分の事で精一杯だった。
ツバサが「火弾」と言って魔法を放った。
リーナとは段違いの大きさの火の塊が放たれる。
だが、その塊は的から大幅に逸れて外れた。
「正直、威力は申し分ないわ。魔術師学園でも、この国でもこんな威力の魔法を放てる人はいない。流石、勇者と言った所かしら」
リーナが眼鏡をクイッとする。
「でも使いこなすには【練度】が必要よ。沢山撃って練習しましょう」
ツバサは十発放ったが、全て外れた。
そして、魔力が尽きたらしい。
荒い息を吐いて、地面に座り込む。
他の勇者もそれぞれ自分の属性魔法を放ったが、全て外れた。
アラタはスズの魔法を見ていた。
光属性と申告したアラタだったので、どんな感じか観察していた。
「光弾」
まばゆい大きな光の球が的に向かって放たれたが、やはり外れた。
光弾には物理的な攻撃力はない。
悪霊などの実態を持たないモンスターに有効な攻撃魔法だからだ。
だが、外れては意味はない。
「光弾」
アラタは魔法を放った。
スズの魔法よりはるかに小さいビー玉サイズの光の球が的から大きく逸れて飛んでいった。
10発程度放ったが、全て外れた。
だが、他の連中と同じく魔力が尽きる事もなく、次の光弾を撃てた。
他の連中より出力が弱すぎて、魔力を消費してないのだろう。
二十発、三十発と撃っても全く疲れない。
他の連中はへばって座り込んでいたので、アラタだけが、魔法を撃っている状況になった。
「小さくね?」
誰かが言った。
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