今日勇者を首になった

もりし

第1話 アラタ、異世界召喚される

「別れたいの」


 西山アラタを喫茶店に呼び出した安藤琴子はそう告げた。付き合って二年。アラタにとって琴子はかけがえのない存在だった。


「と、突然どうしたんだ!?」


 コーヒーのカップに口を付ける。アラタはブラック。琴子は砂糖をたっぷり入れたミルクティ。

 味は全くしなかった。カップを持つ手がカタカタ震えた。


「はは……何を言ってんだ」


 冗談なら早くネタばらししてくれ、と思う。

 軽いノリを演出するために笑おうとしたが、上手く笑えなかった。


「好きな人が出来たの」


 ホントにどうしようもなく、詰まらないありきたりな理由だ。こんな脚本のドラマでは視聴率は低いだろう。だが、それは見る側の話で、当事者はそうはいかない。脳天をつくほどの衝撃を受けた。油汗が出てきた。


「今その人が来てるの」


「はぁ?!」


 隣の席の男が立つ。ガッチリとしたスポーツマンタイプの男だ。アラタとは真逆のタイプだった。

 髪も金髪に染めたツンツン頭。

 アラタのボサボサの黒髪とは違う。


「そういう事なんで……」


 男は気まずそうに言う。脚本家は琴子なんだろう。こいつはこういう演出をする様な女だ。

 呆然と二人を眺める俺。

 男は田中アツシといった。


 そのあと三人で何を話していたか記憶にない、「はぁ、そうか、はぁ」と返事をするだけで上の空。何も考えられなかった。

 ただ琴子を失った事だけははっきり分かった。

 納得は全く出来なかったし、別れたくなかった。だが、男がいる手前そんな事は口に出せなかった。


 奥の席では高校生のグループが楽しげに騒いでいた。


 ◆◆◆


「ありがとうございましたー」


 店員のはつらつとした声を背に喫茶店を出る。

 仲良く並ぶ二人の後ろをとぼとぼ歩く。

 泣きたいが泣くわけにもいかない。

 一月上旬。新年の始まりと共に、アラタは心が冷えていた。


「じゃあ、ここで」

 

 琴子の新しい男アツシは言う。


「もうアラタと会う事ないと思うわ。元気でね」


 琴子がアラタに別れの言葉をかけた。

 あんなに楽しい時間を過ごした二人の関係が、終わりを告げた。


「あぁ……」


 何とか声をしぼりだしたが、正直言ってしんどい。いつの間に琴子は新しい男を見つけたのか。

 自分が鈍感だっただけなんだろう。


 同じ喫茶店にいた高校生のグループが少し前を歩いていた。

 踵を返そうとした瞬間──


「わぁ?!」

「な、なに?」

「きゃあ!!」


 高校生が騒いでいた。見ると彼、彼女らの足元が黄金色に光っていた。その光はさらに琴子とその新しい彼氏のアツシ、さらに後ろのアラタにまで及んで伸びた。

 それは光の筒になり皆を閉じ込めた。


「な、何だよこれ!」

「出れない!?」


 光の筒を叩くものもいたが、びくともしない。

 三者三様に騒ぐ中、アラタはそんな超常現象の中、呆然と突っ立っていた。

 本来なら騒いでしかるべき現象である。

 だが、本当にそんな事より琴子と別れた事がショックであり、正直どうでもよかった。これで死ぬんなら死ぬし、というか琴子も新しい彼氏も死んでくれ。と、そう願わずにはいられなかった。

 光の筒は中全体を神々しく照らし、目の前が真っ白になるほど光を発する。アラタは光の圧に意識を刈り取られていった。


 ◆◆◆


 どれ程そうしていたのだろうか。地面のひんやりとした感触が頬に伝わっていた。

 目を開けるとそこは荘厳華麗な大聖堂。

 そして目の前には美しいドレスを着た女性。

 中世の西洋絵画に描かれているような金髪の美人が微笑んでいた。

 歳はアラタに近い年齢と思われる。

 若く美しい佇まいである。

 回りには騎士や魔法使いといった洋装の人達が、控えていた。


「うぅ……」

 皆目を覚ましたようだ。

 床には魔法陣が描かれている。全員が周りを見渡し、そして目の前の女性に注目した。

 注目に値する美しさだったからだ。

 その美しい女性はこう言ったのだ。


「ようこそ、アルフスナーダ国へ、勇者様方。私はアルフスナーダ国の王女。ソフィア・メリル・アルフスナーダです。皆様、魔王よりこの国、いや世界をお救い下さい」


 何とも信じられない事態ではあったが、この展開はアニメやライトノベルなどでは、ありきたりな話だった。


「異世界召喚か!?」


 眼鏡男子が叫んだ。


「はい、召喚させていただきました」


 と王女と名乗る女が頷く。


「え? うそーそんな事ホントにあるんだ」


 利発そうな女子高生が言う。

 胸踊る大冒険の始まりといった感じなのだろう。高校生やアツシがはしゃいでいる。

 なぜ、はしゃぐのか良く分からない。こういう事を勝手にされたら普通は怒りそうなものだ。

 全員がはしゃいでいる訳ではないが、アラタは濁った灰色の瞳でそれらを眺めていた。


「まず、皆様にやっていただきたい事があります」


 ソフィア王女は凛とした声を発した。


「ステータスオープンと唱えて下さい」


 また、皆が色めきたった。


「出たー、異世界テンプレ」


 口々に「ステータスオープン」とそれを唱える。


「宜しいですか?あなた方は勇者です。その為初めから膨大な経験値が与えられているのです。経験値の数字をタップして下さい。」


 端から見ると見えないスマホを弄っているように、皆が操作している。


「そしたら、自分のレベルの横のバーをグィーっと伸ばして下さい」

 経験値をそこに放り込む事でレベルアップするようだ。


「お、スゲーいきなりレベル23になったぞ」


「チートじゃん」


 個人差はあるが大体レベル20から23位に皆レベルアップした。この世界で20レベルはA級冒険者だという。

 どういう理屈なのか勇者召喚された人は魔力と経験値が多大に付与されるそうだ。


 職業は肩書きでしかなく、単に魔法使いや戦士などは、本人が名乗っているだけの事である。

 だが、勇者を勝手に名乗る事は出来ない。

 勇者は国から許可が降りないと名乗る事が許されないのだ。

 肩書きでしかないが、特別な存在なのだという。


 皆がソフィア王女のすすめに従ってレベルアップしている中、アラタは、微動だにせず突っ立っていた。

 世界なんてどうでもいい。勇者とか言われても興味が持てない。

 とにかく一人になりたかった。


 琴子とアツシが目障りだった。

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