第53話 魔術師学園

「私も連れていって」

 朝の食堂でスズに、魔術師学園のオープンキャンパスの件を話すると、そう言われた。

 今日の朝食はピザを焼いてみた。

 孤児院で家事を幼い頃からやらされていたアラタだったので、それなりに炊事は出来ていた。

 だが、スキル【料理】はやはり優秀で、日本にいた時とは比べ物にならない程上手く出来てしまう。

「スズも行きたいのか?」

 アラタはピザを一口頬張る。

「この前のお粥のお礼するってアラタ言ってたから、それにして貰う」

 スズもピザを一口頬張る。

「そんなのでいいのか?」

「いい」

「ほら、欲しいものとかあるだろ?」

 少しスズは考えて、ない、と言った。

 スズは欲がないのだろうか。

 アラタはギルドの依頼で結構稼げるので、別に何でも良かったのだが。

「ま、他に頼み事があれば聞くから。お互い持ちつ持たれつって事で」

「ん」

 アラタも物欲はそこまで無かった。

 冒険者が物欲にまみれていたら、荷物が増えて困る。

 そういう意味ではアラタもスズも冒険者向きなのかもしれない。


 タマキにスズも連れていって良いかと聞いた所、快諾してくれた。

 オープンキャンパスは、わりと融通が効くので、問題無いとの事。

 クロエにも話は通してもらい、アラタとスズは勇者の訓練を休んだ。

 身元をゲイリー・オズワルドに勘づかれるのは避けたい。魔術師学園に入学希望の学生を演じなければならないので、見習い魔術師の格好に着替えた。

 薄手の上下を着て、上からローブを羽織る。

 髪を七三に綺麗に整え、黒縁の伊達眼鏡をかけた。

 スズも同様だ。

 兄、妹という設定で潜入する。

 七三眼鏡の兄と妹。

 アラタは更に水や携帯食料の入ったカバンを持っていく事にした。

 スキル【隠密】を使えば夜も魔術師学園の図書館で係員をやり過ごす事が出来るので、この機会に調べ尽くそうというのだ。


 アルフスナーダ魔術師学園は世界的に有名な学園である。

 施設は充実しており、魔法の訓練はもちろん食堂やリラクゼーションルーム、売店などが完備されている。

 入学期間は三年から十年で、入学時に選べる。

 学費は高く、庶民が入学しようものなら三年の入学期間でも一生かけて払い続けなければならない程の借金を背負う事となる。

 お金が無いから入学できない学園ではなく、お金が無くても才能があれば入学出来る。

 もちろんお金持ちはお金さえ払えば誰でも入学できる。

 アラタはどこの世界も金次第なんだと思った。

 お金が無いから琴子をアツシに捕られてしまったと思う事にした。

 自分に魅力が無いとも思うが、それだと惨め過ぎるのでお金の問題にしようと考えている。

「アラタ……どうしたの?」

 スズがアラタの顔を覗きこんだ。

「何が?」

「切ない顔してる」

 琴子の事を無意識に思い出していたらしい。

「あー、ちょっと考え事……」

アラタは目線を外した。

「琴子の事?」

「え?! 何で分かった?」

「そんな顔してれば分かる」

 スズはアラタの様子に敏感に反応する様になっていた。


 ◆◆◆


 学園内はとても広い。

 係りの者に連れられて、入学希望者達がぞろぞろと歩く。

 オープンキャンパスはその施設を一つずつ見て回って歩くのだが、アラタとスズには必要無かった。

 あらかじめタマキから渡された施設内の地図を頼りに直接図書館に向かう予定である。

 二人は最後尾を歩き、隙を見てグループから抜けて柱の影に隠れた。

 気付かれずにやり過ごした。

 アラタとスズはお互い頷き合う。

 そして、図書館へ向かった。


 魔術師学園の図書館はアルフスナーダの王立図書館と同じくらい大きな建築物である。

 なだらかなスロープを歩いて大きな入り口に着いた。

 中は閑散としていた。

 係りの者が一人、生徒は数人。

 スズと二人で本を読み漁る。

 アラタはスキル【読書】があるのでページを捲るだけで良かったのだが、スズは無いのであまり読めないだろうと、アラタはスズの方を見た。

 だが、スズはアラタのスピード以上に本を捲っていた。

 パラパラ漫画を見る時のようなスピードで、読んでいた。

 目を剥いたアラタだ。

 その様子に気付いたスズは

「私、スキル【速読】があるの」

 速読! アラタは自分よりも優秀そうなスキルの存在を知った。

 いや、優秀そうと言うより優秀! 上位互換スキルである。

「え? いつ取ったんだ?」

「初めて来た日よ。ステータスオープンって言った時に獲得可能なスキルがあるって表示されていたから取った」

「そうなんだ」

 ソフィア王女の言われるがままレベルを上げているだけだと思っていたが違うようだった。

「多分レベル23以下の人は何らかのスキルを取ってると思う。そのせいでレベル20までしか上がらなかったから。私とミクと、タカヒトはスキルを取ってる」

「ミクと、タカヒトが何のスキルを持ってるか聞いてないのか?」

「聞いてない。お互い全てをさらしているわけではないから」

 確かに同級生とは言え、何でも話す事はないのかもしれない。

 お互い少しずつ秘密を持っているのだろう。

「アラタ」

 スズがアラタの側に来ていた。

 顔が近い。

「な、何だ?」

 アラタはその美しい容姿に見とれた。

「スキルを教え合わない? 二人だけの秘密で」

「お互い、全てをさらすわけじゃないのか?」

「アラタは違う……」

「え?」

「私、アラタに興味があるの。アラタの事もっと知りたい」

 アラタは何となくスズには一生勝てないのではないか?

 スズに絡め捕られて行くような。

 そんな気がした。

 真剣に自分を見つめる瞳にアラタが抗えるわけはなかった。

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