第54話 エルフになりたかった魔法使いの本

 アラタは自分が持っている全てのスキルと全属性の魔法が使える事を教えた。

 以前は教えるのも迷惑をかける可能性を考えていたので躊躇していたが、スズの真っ直ぐな目を見てると、そういった葛藤がどうでもよくなってくる。

 尻に敷かれるタイプなんだろう。


 スズは【剣士】と【速読】【華道】【弓道】を持っていた。

 それに今しがたステータス画面に【書籍】も出ているとの事だった。


「スズも読書好きなのか?」

「うん。昔から」

「そうか」

「ん」

「ちなみに経験値は残ってる?」

「この前アラタとクエスト行った時に、増えたよ。アラタも?」

「俺はたんまり残ってる。なんせレベル2だからな」

「自身のレベル。上げる事に意味あると思う?」

「うーん。やはり魔力の強さとじゃないか? 実際、俺の魔法はすげー弱い」

「それは分かるけど、アラタは充分強いと思う」

「それはスキルの恩恵だろうな。だけど、火力の弱さは後々の致命的な欠点になると俺は思ってる。ほら、多くの魔物に囲まれたら、終わりだけど、勇者並の火力なら殲滅できてしまうだろ?」

「そうね。でも、それは一人の場合でしょ? 一人でそんな危険なクエストに行こうとしてる?」

「……あー、まあ、そんな事はないけど……」

 目が泳ぐ。

「ウソついてるね」

「え?」

 表情に変化はないが、スズは少し怒っているようにみえた。


 二人で黙々と本を読み漁る。

 魔術師学園の書物は魔法に関する内容がほとんどだ。

 面白いのは、生徒が試した結果などを余白に書き込んでいたりするので、それも楽しめた。

 本の内容が間違っているとの指摘も書き込んでいたり、魔法の世界は日進月歩なのだろう。

 三時間位経った頃だろうか

「スズ、何か面白い本あったか?」

 アラタは収穫があったか聞いた。

「ん」

 と一冊の本を見せてきた。


 ◆◆◆


 ビル・キーリング著【エルフになりたかった魔法使い】

 この世界でモンスターのカテゴリーに入っているエルフであるが、その容姿の美しさから恋に落ちる者も珍しくない。

 魔法使いのビルもその一人であった。

 二人は恋に落ち、互いに愛し合っていた。

 ある日喧嘩をしてしまってエルフである彼女は妖精体となり精霊界へ行ってしまった。

 これはエルフや、フェアリーの技術らしく肉体を一度消失させて精神だけの存在にするという。

 そうすると、その精神だけの存在は、精霊界という自然エネルギーを源とした世界へ行けるというのだ。

 ビルは少ししたら戻ってくると思ったが一年経っても彼女は帰って来なかった。

 ビルは彼女を迎えに行こうと精霊界への侵入方法を模索し出す。


 精霊界への入り方はいくつかある。

 一つはたまたま入ってしまうパターンだ。

 神隠しと言われる現象で、子供がよく入ってしまう事がある。


 その辺が曖昧なのだが、それは永遠の謎なのかもしれないと書いてある。


 もう一つは精霊界に縁のある者との婚姻である。この場合、エルフや、フェアリーといった種族と婚姻関係を結ぶ。

 こうすると精霊界から認められる存在となる。

 アメリカ人と結婚すれば、アメリカ国籍を得るというパターンだ。


 人の場合、肉体ごと精霊界に入るパターンと、精神と肉体が別れて精神だけが精霊界に入るパターンなど色々ある。

 この研究は多岐にわたり終わりが見えない。


 ビルはそこから十年程神隠しの現象を研究していたが、あまりにも不確定な条件でそれが起こるので、このままでは埒があかないと、研究の方向転換をしている。

 自身が妖精体となる研究だ。

 その研究は多岐にわたり、エルフを拉致して解剖したりと、マッドサイエンティストと化していた。

 それからさらに四十年。

 ビルはとうとう妖精体になる事なく寿命が尽きて死んでしまった。

 エルフであるビルの恋人はそれから数年後、人間界へ戻ってきた。

 ビルが死んでしまった事を知った彼女は泣いた。

 長寿であるエルフの彼女にとって五十年という月日はたいした時間ではなかったが、人間にとっては寿命の大部分の時間だ。

 その感覚の違いが悲劇になってしまった。


 この本のラストにこう書かれている。

『この本はエルフであるルナメルによって書籍化された。彼女は今でもビルの墓守りをしている』


 ◆◆◆


 アラタは何とも言えず渡されたこの本をスズに返した。

 人間が妖精になって精霊界に入ろうなどと、思いもよらない面白い話だが、アラタはこの様な悲恋物を、失恋の傷も癒えていない自分の心境的には避けたいのだった。


 日が暮れて来た。

 図書館を閉館する時間が近づいているのだろう。

 館内にまばらにいた生徒が出て行く。


「スズ、そろそろ帰る時間みたいだぞ。俺はスキル【隠密】を使用して、まだここで情報収集してくけど、スズは使えないだろ?」

 と、スズに退館を促した。

「これ試せない?」

 スズは一冊の本のあるページをアラタに見せた。


『ある特定のスキルに限るが、お互いが密着する事で、相手のスキルが伝播する事がある。現在確認できているスキルは、遠視、暗視、隠密、探知などである。ただし、スキルの効果は半分になる』


 そこには図も示してあるが、ずいぶんと密着している。

 男同士ではゴメンである。


「俺は構わないけど。スズは良いのか?」

「何が?」

「いや、あの……」

「あ、職員が来た。早くして」

「え?」

 言うが早いか、スズはアラタにピトっとくっついた。

(ひゃー、いい匂いがする!)

 頬と頬がふれ合う。横を少し向けば唇にふれてしまうだろう。

 アラタは動悸が激しくなった。

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