第55話 大魔法使い

「あれ? 誰もいない。いたと思ったんだけど」


 職員はこちらに気がつかずに行ってしまった。

 スキルの効果が半分になるなら、今の隠密はレベル5の効果である。

(充分に効果あるんだな)


 それにしてもこんな異性にあっさりと。もしかして、スズって男なれしてるのかな?

 結構、遊んでるとか?

 そう思ってスズを横目でちらりと見た。

 スズは、固まっている。

「スズ?」

 動かないスズに声をかけたアラタ。

「……」

 答えないスズ。

 そっと手を放し、アラタからズルズルと離れた。

 スズは女の子がよくやるペタんとしたポーズで座っていた。

 顔を伏せていたが、耳まで真っ赤になっている。

 アラタはスズの顔を覗きこんだ。

 スズは目線を外したが、瞳が潤んでいた。

「こ、これでアラタのスキル【隠密】が私も使えると思って……」

「あ、あぁ。確かに使えたんじゃないか?」

(全然、無理してるんじゃないか)

 アラタはスズを刺激しないようにした。


 それから気を取り直した二人はまた読書に励んだ。

 アラタはスキル【暗視】が使えたので読めた。

 スズはというと、「光」と、単純に魔法使いの杖をペンライトの様に光らせて本を読んだ。

 光が外に漏れないように机の下に隠れて読んでいた。

 アラタは目的の【転移】の本も発見出来た。

 これを参考に自分のスキルを試してみようと思った。


 しばらくして保存食を二人で食べた。

 保存食はお世辞にも旨いとは言えなかった。

 冒険者は、これを食べて旅をするらしいのだが、アラタは旅するなら自炊する事にした。

 スズはアラタの数倍の量の本を読みこなしていた。

 流石に疲れてしまったのだろう。

 眠そうにしていた。

 アラタはうつ伏せになって、本をパラパラとめくる。

 スズはアラタの背中を枕代わりにして眠ってしまった。

 魔法使いのローブは暖かいので、夜の冷え込みにもある程度は耐えそうだ。

 アラタはスズが選んで読んでいた本が、どれも良さげなラインナップだったので、それを読んでいた。


 深夜の二時を三十分程まわった頃だろうか。

 ランタンの光が外からこちらの図書館に向かって来ているのが見えた。

 アラタはスズを揺すって起こした。

 スズは眠い瞼を擦りながら起きた。

「スズ、こっちに誰かが近づいて来てる」

 二人の表情に緊張が走った。

 近づいて来た者は、二人がいる図書室の部屋へ入るようだった。

「スズ」

 アラタはスズの手を引く。

 アラタはスズの小さい肩を抱き寄せた。スズは目を潤ませていたが、素直にアラタにくっつく。

 その者は、部屋に入ってきて、ある本棚の一角の前に立った。

 すると、ぐるりと振り向きこちらの方を見た。

 アラタは驚いた。息を潜める。

 スキル【隠密】のレベル5である。

 伊達ではない筈だ。

 だがアラタはその者と目が合った様な気さえした。


 暫くじっとこちらを見ていたが、本棚の方を振り返り手をかざすと、本棚が割れて通路が現れた。

 ゲイリー・オズワルドは通路の中に消えた。


「今の誰だ?」

「大魔法使いのゲイリー・オズワルド。召喚された時に大聖堂にいたよ」

「また大聖堂か……」

「ん?」

「いや、こっちの話……」

「アラタ。やっぱりそろそろ帰った方が良くない? 今の感じだと、こちらに気づきそうだった」

「そうだな……」

 そう言いつつも好奇心がわいてくる。

「アラタ?」

「行きたいかも」

「アラタ、この前ギド村で遭難したでしょ? 忘れたの?」

「忘れてないけど」

「だったら……」

「うーん、やっぱり気になるから、ちょっと見てくる」

 アラタが立ち上がって、通路に向かおうとすると、スズはこう言った。

「アラタが行くなら、私も行く」

「何かあったら転移で逃げる。もしもの時のためにスズはクロエにこの事を報告して欲しい」

 アラタの頭の中に、あの通路に入る事を諦めて帰るという選択肢は無かったが、スズには危ない目にあって欲しくなかった。

 スズは承諾してくれたが、渋々といった感じで魔術師学園を後にした。


 ◆◆◆


 コードネーム【103いちまるさんごう】は憂鬱だった。

 監視対象は勇者。

 今夜はその調査報告をせねばならなかった。

【ナンバーズ】と言われる部隊にいる【103いちまるさんごう】はその勇者の一人、アラタの担当だった。

 ナンバーズは大魔法使いゲイリー・オズワルドの私兵の部隊である。

 間者としての仕事や、暗殺といった汚れ仕事を主な任務としている。

 ナンバーズの隊員はそれぞれの勇者を監視対象として割り当てられていたが、このアラタという男の監視は大変だった。

 まず、夜中にクエストに出かけるという点だ。

 【103号】はそれに付いていかねばならなかった。

 夜通し働き続ける勇者なので、【103号】は寝不足となった。

 また、街角で一度見失うと、中々見つけられなかった。

 これはアラタのスキル【隠密】が常時発動しているからであった。

 103号もスキル【隠密】を持っていたが、そのレベルは6。

【隠密】を看破するには【探知】が必要である。

 103号のスキル【探知】もレベル6。

 アラタのスキル【隠密】を看破するには同じレベルのスキル【探知】が必要となる。


 とはいえ、この世界でレベル6は充分すぎる能力である。

 カンストさせているアラタが異常なのだ。


 また、ナンバーズは活動範囲にも制限があった。

 ナンバーズは騎士団宿舎の敷地内や冒険者ギルドには侵入してはならなかった。

 これは剣聖が、ナンバーズを嫌っていたからであり、その二ヶ所は剣聖のテリトリーである。

 入ろうものなら、その者を細切れにしてゲイリー・オズワルドの元に怒鳴りこんで来た事があるのでそれ以来侵入は許可されなくなった。

 王城もナンバーズの様な者達を入れる事など叶わず、侵入禁止である。


 その為、【103号】はアラタの転移を一度も見る機会がなく、それを知らなかった。

 一度ギド村でアラタが遭難した時の事である。

 スズの担当である【97号】と、ゴブリンの巣の前の草むらで隠れて待っていると、そこから出てきたのは、クロエとスズだけであった。

 【97号】はスズの後を追って王都へ戻って行ったが、【103号】はそうはいかない。

 アラタの生死を確認しなくては帰還が許されないからだ。

 死んだかもしれないという、曖昧な報告は処罰の対象となる。

 【103号】を含め他の隊員も、その処罰を恐れていた。

 だから恐ろしいと思いながらもゴブリンの巣の中へ単身で乗り込まなくてはならなかった。

 散々探し回ってクタクタになり、処罰を覚悟して戻ったらアラタは既に生還していたという。

 読めない行動をする勇者の担当となったために、質問攻めに合うと答えられない事が多い。

 そんな訳で【103号】は憂鬱なのだ。

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