第41話 即席パーティー その2

「アラタさん、もしかして泊まっていくんですか?」


 ミンファは戸惑っていた。


「まあ、仮眠程度は取りたいな」


 アラタはスキル【徹夜】があるので夜通し動けるが、それは睡魔に強いというだけで、体力面はそれとは別問題だ。

 疲れを取るためには、休息が必要だ。

 ミンファはもちろん疲れている。

 アラタは【結界】のスクロールを出して、テントの周りに結界を張った。

 自炊程度なら、魔物は気づかず寄って来ない。

 火を焚いて、湯を沸かしてコーヒーを飲んだ。


「にが……」


 ミンファは舌を出した。ブラックは苦手のようだ。


「砂糖とミルクはないんだ」


「良いです。慣れます」


「まあ、慣れる必要はないが……」


「いえ、慣れます!」


 ミンファは力強く宣言したが、自分でもその事に驚いていた。

 ミンファは【草原のあかつき団】の一員であるから、アラタとクエストに出ること自体タブーなのである。だが、ミンファは妙にアラタが気になっていた。


 テントは一人用で狭い。荷物も入るように一人用でも大きめのテントを選んでいるので、荷物を出せば二人でも寝る事はできる。


「おじゃまします」


 ミンファは少し頬を赤くして入ってきた。意識しているのだ。

 二人で寝そべる。ランタンに灯されたミンファは容姿端麗の美少女だ。

 アラタは何気なくミンファに休むように進めたが、とんでもない事をしているのでは? と今更ながらに気がついた。

 だが、夜通しミンファに活動させるワケにもいかない。とはいえアラタも休みたかった。もし嫌なら彼女から何らかの意思表示があるはずで、その時に考えれば良いだろう。

 だが、ミンファはそれについては何も言わなかった。


「私、キョウキに絡まれてホントに怖かったんです。あの時誰も助けてくれなくて。幼馴染みのロイズも全然当てにならないし……」


 ロイズというのは、あの華奢な男の事だろうとアラタは思った。


「ホントはロイズが助けてくれたら良かったんですが、期待出来ませんでした」


 ミンファは残念そうに言った。


「ロイズはキミの恋人なのか?」


「え? いやいやそんなんじゃないです! ……でも、そうですね。そうなれば良いかもって思った時期もありました。ロイズとは同じ村の出で、二人で出てきたんです。冒険者になろうってロイズに誘われて……」


 ミンファは目を伏せて、それからアラタをじっと見つめた。ミンファがロイズにどういう想いを持っていたのか。それが何となく分かる。だが二人は恋人にならなかったのは時期を逃したのか、それとも冒険者として生きていく内に関係が変わってしまったのか。アラタには分からない。


「ア、アラタさんは恋人はいるんですか?」


「恋人? 何で?」


「 いや、気になって聞いただけです」


「そうか。まぁ、こんな事を言うのはあれなんだが、絶賛失恋中だ」


「え?! そうなんですか?」


 ミンファはガバッと上半身を起こしてアラタの顔を覗き込む。

 狭い空間であるから、ミンファの顔がかなり近く感じられた。


「二年くらい琴子っていう女と付き合っていたが、先週アツシという男に取られた。彼女は俺に別れたいって言った」


「そうなんですか……変な事聞いちゃいましたね」


「いや、もう別れてしまったから仕方ない」


「そうですよね。でもアラタさん」


 ミンファはアラタの顔を覗き込んだ。


「何だ?」


「こんな可愛い女の子を前にして、元カノの話はマイナスですよ?」


「そうなのか?」


「そうですよ」


「そうなんだ」


「はい」


 ミンファは軽口を叩いたが、内心複雑な気持ちになっていた。

 アラタが冒険者になったのは琴子という彼女と別れた後なんだろうと思った。

 アラタは人食い狼を単独で倒せる程強い。

 本来なら、そんな男はこの世界では優良株であり女性が離れる筈はない。

 でなければ琴子という女に見る目がなかったのだと思った。

 しかし、この時のミンファはアラタが異世界召喚者だとは知らない。

 もちろん、仕事が出来て稼ぎが良い男性がモテるのはどこの世界も同じなのであるが。


 ◆◆◆


 朝方、アラタとミンファは冒険者ギルドに戻った。

 今朝はイズミが出迎えた。サラとは入れ違いになった。


「おかえりなさい」


 夜通し働いて眠たいイズミだが、笑顔で迎える。アラタには好意的だ。


「ただいま」


 イズミは昨日についで精算の手続きをした。


「ご、五百六十リギルになります」


 その報酬額に思わず、驚いたイズミだ。

 採取クエストとしては破格の収入であり、四匹の人食い狼の素材報酬も付いてくる。仮に六人編成のパーティーでもそこまでの成果があがるとは思えない。その異常性に思わず手が震えた。


「ありがとう。シャワー借りていくぞ」


「ど、どうぞ」


 有料なので、ギルドカードから料金を支払った。

 アラタはギルド内の休憩用施設に行った。


「サラが目を付けてるからって訳じゃないけど、アラタさん優良株だわ」


 と、イズミは自分のお尻を擦り、見つめた。


「これは好みかしら……いやいや、後輩の気になってる男性だから流石にダメよね」


 と、一人呟いた。


「今日はありがとうございました。でも良かったんですか? 報酬を半分にして。人食い狼なんてアラタさん一人で討伐したんだから、別にその報酬はアラタさん一人の分にしても良いんじゃないですか?」


 ギルドを出て大通りを二人で途中まで歩いて帰る。


「いや、こちらも魔物の解体方法を教えてもらったし」


「そんな。私も野草については教えてもらったから、私の方が随分得しちゃってますよ?」


「そうか?」


「そうですよ!」


 ミンファは納得してないようだった。

 アラタとしてはスキル【解体】を取得できたし、それはお金には代えられなかった。レベルも10にしておいた。


「これじゃあ、私、何のためにアラタさんに付いて行ったのか」


 本来は、キョウキから助けてもらったアラタを助けるために同好したのだが、おんぶに抱っこという形になってしまった。


「楽しかったから良いよ」


「え? 楽しかったって……それって……」


「じゃあ、ここで」


 冒険者の宿と騎士宿舎はここで道が別れる。


「あ、アラタさん、そっちは騎士宿舎ですよ? 宿ならこっちです」


「いや、騎士宿舎に寝泊まりしてるんだ」


「え? どういう事です?」


「あ、そうか……」


 アラタは少し考えて、別に良いかと口を開く。


「俺、異世界召喚者なんだ。この国で勇者として召喚された。そういうことで。では」


 アラタはスタスタと行ってしまった。

 しばらく呆けていたが、「ほ、ほえーーーーーー?!」とミンファの絶叫がこだました。


 ◆◆◆


「ミンファ、何処行ってたんだ? 探したじゃないか」


 くたくたで宿に帰って来たミンファに、ロイズは詰め寄った。


「ロイズ……ゴメン、私疲れてるの。後で良い?」


「あ、ああ……」


 ロイズはいつもと違うミンファの素っ気ない態度に戸惑いを見せた。幼なじみとして育った二人であったから、ロイズはミンファが何か変わったのではないかと感じていた。

 借りた自分の部屋に、ミンファはそのまま向かう。

 ロイズは階段を上がって部屋に戻るミンファを見上げて、言いようのない不安にかられた。

 そして、それは昨日の華奢な男が関わっている事だと考えた。

 それは嫌な予感ではあったが、おそらくそうなんだろうと。

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