第67話 しつこいキョウキ
「全く、ロイズはしょうがないなぁ」
ミンファは思い通りにいかずにイライラした。ロイズの気持ちは分かっていたが、ミンファはそれに答えられなくなっていた。
ホルンにアラタとの事を反対されたのも大きい。そういった弊害がミンファにこのような行動をさせていたのかもしれない。
ミンファは熱くなっていた。
草むらから音がして、ミンファはハッとする。
「ロイズ?」
だが、その姿を見てミンファは後ずさりした。
「キョウキ?!」
「よお。奇遇だなあ。俺様と遊ばないか?」
一歩、キョウキは足を踏み入れる。
「近づかないで!」
「何だよ。つれねぇじゃねぇか」
「あんた。こんな事していいと思ってるの? しつこいよ?!」
「うるせぇな。俺様は欲しいモノはどんな事をしても手に入れる主義なんだよ。ギルドランクAの俺様の女になれるんだ。光栄な事だろ?」
「バカ言わないでよ! 相手は選ぶわよ」
「ふっ。アーハッハッハツ! お前、ギルドでアラタって勇者に絡んでたな。あいつのランクが何か知ってるか? Fだぞ? え〜ふ! そんな奴の何がいーんだ?」
「ギルドランクが全てじゃないわ」
「全てなんだよ。全て! すーべーて! 冒険者にとってはランクが全てなんだ! ランクが上がれば高額なクエストだって受ける事ができる。お前達は今どんな生活してるんだ? さしずめ汚ねー宿で粗末な食事。最低限の装備で安いギルドの依頼。それが今のお前達の生活だろうが。それが何だ? 相手を選ぶだと? 俺様が目を付けてやったんだ。ここは『ありがとうございます。キョウキ様。ぜひ私をあなたの女にして下さい』 だろうが?!」
キョウキはミンファに近付く。ミンファは怖くなって逃げ出した。
「だ、誰かー!」
「アーハッハッハツ!」
キョウキは笑いが込み上げてくる。気の強い女をねじ伏せるのは嫌いじゃないのだ。
夜の山の斜面を逃げるミンファ。
肺が潰れそうだ。捕まったら何をされるか分かっていた。
「た、助けて……!」
息も絶え絶えにミンファは走る。
──「ばあ!」
だが、目の前にキョウキが立ちはだかった。
いつの間に回り込まれたのか。
スキルレベル、冒険者の能力、全てが劣っているのだ。
「がーはははははは!」
キョウキはミンファをねじ上げる。
馬乗りになり、ミンファの両手首を片手で締め上げる。
「あぐぅぅ……!」
手首が折れそうな痛みに苦悶の表情をする。
「やっと……やっと俺のモノに……」
完全に変質者の目をしていた。
胸の皮鎧に手をかけ、それを外す。
「やっ……!」
そして、上着に手をかけビリビリと破く。
「止めて!」
「うひひひひひひひ」
キョウキの卑猥な笑声が響く。
──と、その時、
「おい。その手を離せ。嫌がってるじゃないか」
ドスの効いてない迫力に欠ける声がキョウキとミンファの耳に届いた。
「あん?」
華奢な男が突っ立っている。キョウキのようなギルドランクAを目の前にしても、それを物ともしないそんな男がいる。
「あ、アラタさん……!」
ミンファはその男の名を呼んだ。
「流石に嫌がってるのは分かる。風滑」
アラタはキョウキに突進して、鞘の付いたままの剣で突きを放った。
「ぐぼああああ!」
キョウキは突然のアラタの突きを避ける事はできなかった。
そのまま大木まで飛ばされて激突して、沈黙した。
ミンファに歩みより、自分のローブを彼女にそっとかける。
「大丈夫か?」
「アラタさん!」
ミンファはアラタに抱きついて泣いた。
「遠くから悲鳴が聞こえたんだ。良かったよ。スキル【探知】があって。わりと便利なスキルだな」
「あ、アラタさん、スキルの情報は冒険者に教えたらダメなんですよ?」
ミンファが泣きながら、アラタに冒険者の心得を教える。
「ああ、そうだったな」
「もう、全然ダメダメじゃないですか」
「はいはい」
アラタはミンファの頭をポンポンと撫でる。
自分に出来る事はない。
背中をポンポンと子供をあやすようにたたく。
しばらくそうしていたら、落ち着いたらしい。
「帰ろう」
「……はい」
「こいつ。どうする? 許せないならとどめを……」
「いえ、放っておきましょう」
「だな。人間を殺すのって寝覚め悪そうだしな」
運が悪ければ魔物の餌だ。
荷物をまとめるためにテントまで戻る。アラタのテントは近くにあった。運が良かったのだ。離れていてはミンファの声がアラタに届く事がなかったかもしれない。
ミンファは、上着をビリビリに破られてしまったので、胸の部分に布を巻いた。その上から革鎧を付けるが、上手くいかない。
「止め金が壊れてるな」
キョウキが引きちぎったのだろう。そこで革ヒモで応急処置として縛った。
アラタはミンファが装備した革鎧をグッグと引っ張る。
「あまりハードに動くと取れそうだけど、行動する分には大丈夫じゃないか?」
「ありがとうございます」
アラタはミンファの革鎧を直しながらも、今後こういった部品は緊急時に備えて持っておいた方が無難だと思った。一つ勉強になった。
アラタはブラックコーヒーを入れてミンファに手渡す。
「悪いけど、これしかないんだ」
「にがっ……でも暖かいです」
「そっか」
ミンファが飲み終わるまで待つ。
「冒険者って、あーいう犯罪行為ってどうなるんだ? 俺の世界だと警察って組織が捕まえて刑に処すんだけど」
「冒険者同士のトラブルは不介入になってます」
「そうなのか?」
「管理しきれないっていうのが、現状です。冒険者って荒っぽいのが多いですし。でも、ギルドに申し出れば、ペナルティが与えられます」
「そうか。それじゃあ、サラさんに報告するか」
しかも、アラタは勇者である。勇者の証言というのは信憑性ありと判断されるので、キョウキが異議申し立てをしても、覆らないという。
「それにしても、勇者を信じすぎてるな」
「そりゃ、勇者様ですから」
「言っとくが、俺は普通の人間だから。異世界召喚者ってだけで、特典はあるけどな」
「そうですよね。普通の男の子、ですもんね」
冒険者仲間では、今回召喚された勇者の情報は周知の事実となっている。
中でも、『失恋勇者のアラタ』という二つ名で呼ばれている彼。
元カノがいるから、アラタは冒険者ギルドに入り浸っているというのが、もっぱらの冒険者達の見解である。
「だとすれば、私にもチャンスあるかも……」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ。ロイズ、遅いなぁ。何処で油売ってんだか」
ミンファは話題を反らした。
「そうだな。ちょっと見てくるか」
アラタは立ち上がった。
「あ、私も行きます」
そうして、二人でロイズを探しに行く事にした。
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