第25話 アラタ、クロエの部屋で過ごす
次の日、アラタは夜までクロエの家で過ごす事にした。
不用意に出掛けて、もし自分を知ってる誰かに見つかってしまっては、厄介だからだ。
やっとここに来て、アラタはゆっくり出来るのだ。
怪我の功名なのかもしれない。
思えば無理に行動していた。
無理に行動する事で、琴子に振られたあの日の事から逃れようとしていたのだろう。
琴子の事はまだ頭から離れない。
忘れられる時と言えば、魔物と命のやり取りをしている時だけだろうか。
何をしていても、ほんの少し琴子の事を考えてしまう瞬間があった。
クロエやスズ、ヒナコ、ソフィア王女のような女性に会えば胸もときめく事もあるが、何処か自分の胸の中に穴が空いてるような感覚があるのだ。
全てのやり取り、行動が空回りしているような、だが何かをせずにはいられない。
そんな、一週間だった。
朝。
クロエとスズは勇者の訓練に向かった。
宿舎の食堂で集まった勇者メンバーにアラタがギドの村で遭難した事を報告した。
「勇者って、チートじゃないのか? まさか死んだって事はないよな」
眼鏡勇者の設楽タカヒトは動揺する。
「言ってる意味が分からないけど、魔力とスキル以外は普通の人と変わらないから、無いとは言えないわ」
魔法やスキルによって、人外の動きや攻撃を出来るが、刃物や攻撃魔法は通るのだ。
障壁魔法や、それに近いスキルを使えば、ガード出来るが、その強度、効果時間も人それぞれで、無敵になるとは言えない。
「こんなスキルがあれば、魔法があればと誰しも思うものよ。でも都合よく取得出来るものではないわ」
クロエは現実を皆に突きつける。
これはゲームではないのだ。
「だから、私達はあなた方をサポートしているの。魔法やスキルに関しての知識は私達の方が上よ。安心して任せて欲しいわ」
クロエはアラタの元カノである安藤琴子の様子を伺った。
「琴子、アラタが心配?」
そう聞いてみた。
「それは……そうよ……」
そう言う琴子に、
「まだ好きなのか?」
アツシが、場の空気を読まない発言をした。
「そんな事言ってないでしょ!」
琴子は声を荒げた。
アツシは言葉に詰まる。
言い返したい気持ちをグッとおさえ、不服そうなむくれた顔で腕組みして、鼻から息を出した。
別れたから、もう関係ないと言いそうだと想像力の無い者なら思うかもしれないが、振ったから薄情な女ではない。
大抵の人は振ったり振られたりしながら、生涯の伴侶に巡りあっていくのだ。
琴子はアラタに別れを告げたが、嫌いになった訳ではない。
ただ、他の男に惹かれてしまったのだ。
そして、アラタには男性としての魅力を感じなくなったという事だ。
それが心変わりの厳しい現実だ。
アラタとは、友人から恋人へ。
しかし、恋人から友人へ戻る事はない。
それが分かっていたから、琴子はアラタとは、もう会う事もないと言ったのだ。
だが、異世界召喚された事で、アラタの行動は目につく。
だからと言って、高校生の時の様に気楽に話しかける事はない。
自分から、その関係に終止符を打ったのだから。
その点で言えば、アツシは想像力の無い人間であった。
子供の頃から親に甘やかされて生きてきた。
好きなオモチャは買い与えられた。
ゲームソフトも好きなだけ買って貰えた。
といってもアクションゲームは下手くそでクリアできず、RPGしか出来なかったが。
勉強嫌いで本も読まない、高校には行けないと進路相談の先生に言われたが、どうしても行きたかったアツシはスポーツ推薦を貰って高校に入学した。
だが、そこは家から遠いヤンキー高校だった。
朝六時から家を出なければ間に合わない。
一人暮らしさせてくれ。と親に頼んだが、そこまではさせてくれなかった。
憤慨したアツシであったが、親の援助無しにはどうにもならない。
結局、根気が続かず一ヶ月で退学した。
その後、親の会社の手伝いでトラックの運送業をしている。
若くして、手取り二十万だ。
親元で生活しているので、生活費もかからず羽振りも良くなる。
貯金は無く稼いだら稼いだだけ使う二十四歳男性。
パチンコや車の改造で散財していた。
色黒で金髪。体つきはガッシリしている。
首にかけたプラチナのネックレスが自慢だ。
その一方アラタは手取り十五万で、一人暮らし。
それでもコツコツと貯蓄をして、琴子との将来を考えていた。
華奢で、いつも本を読むような文科系だからアツシとは真逆のタイプである。
琴子がアツシに惹かれたなら、アラタには、余りアピールポイントがない。
「まぁ、ここで話してても仕方ない。今日も訓練に行こうぜ」
武内ツバサが、主人公然として言った。
「うん、彼の事も心配だろうけど、ツバサの言うとおりよ。そうしよう」
猪熊トウカはツバサの事が好きだ。
だから賛同した。
そして、アラタの事などどうでも良かった。
クロエがアラタに懸かりきりになっている。
そうクレームを出したのは、ツバサとトウカだ。
自分たちの強化こそ優先させるべきだと、考えていたのだ。
◆◆◆
日が暮れようとしている時間。
アラタは一日中ベッドに横になっていた。
クロエのベッドだ。
「クロエの匂いがする」
クロエの部屋の中は物が少ない。
騎士団長になって間がないのであろう。
二十歳という年齢を考えれば、大出世である。
クロエはスキル【剣士】のレベルが10だと言っていたので、それだけ貴重な人材なのだろう。
「ただいま」
クロエの声が聞こえた。
「おかえり」
アラタは迎えた。仕事の出来る妻を支える主夫もいいな、などと思ったアラタであった。
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