第49話 くしゃみと転移

 アラタが目を覚ました時、既に夕方を過ぎていた。

 汗をびっしょりとかいていて、身体もダルかった。


「カイルさんの言ってた民間療法でも試すとするか……」


 今日は様子を見て、風邪が長引きそうなら大聖堂に行こうと思った。

 ここ騎士団宿舎の男子風呂に行く事にした。考えてみれば、殆ど風呂に入っていない。

 本館二階に男子風呂はある。

 その内装は日本の旅館の風呂といった純和風のテイストになっている。

 召喚される勇者は日本人が多いとの話なので、そういった文化が伝わったのかもしれない。

 時間帯のせいなのか、誰もいなかった。

 脱衣場で衣服を脱ぐ。

 風呂場に入ろうとドアを開けた時、脱衣場と風呂場の温度差があったので体を冷たい風が撫でた。


「ぃいーーーっ、ぐし!」

 くしゃみが出た。


 アラタは転移した。


 ◆◆◆


 アラタはお湯の中へ落ちた。

「ひぃぃやぁぁぁあ! 何ですか? 君はぁぁあ?!」

 湯船から上がって見ると、悲鳴を上げたのはカナリン・シュリンプスだった。

 カナリンは入浴中で眼鏡を外していた。

 彼女は仕事が山積していたものの、隙間時間を縫い自宅に戻り、入浴タイムを楽しんでいた。

 アラタはキョロキョロと周りを見た。

「ここは君の家?」

 カナリンは幹部であるから、家が与えられていた。

「そ、そぉですよぉ、何で君がここにいるんだよぉ」

 カナリンは脇に置いていた眼鏡をかけた。

「何でって……」

 転移してきたと、説明するのははばかれる。

「ま、まさか! 君は僕をどぉにかしようと?」

 カナリンは頬を赤くして動揺する。

「いや、別に……」

 アラタはカナリンが苦手であったので否定した。

「じゃあ、下半身のそれはどぉいう事ですかぁ?」

 アラタが自分のそれを見ると、形が変わっていた。

 カナリンの巨乳は致し方ない程の迫力を持っている。

 ぶるんぶるんしていた。

 男としては反応して当然だ。

「ひぁぁああ! そ、それで僕にあれこれと、如何いかがわしい事をするんだな、君はあああぁぁ!」

 カナリンは、壁に手をつけお尻をこちらに向けた。

「は?」

 突きだしていると言っていい。

 親指をしゃぶって、こちらを物欲しげそうに見ている。

 アラタには、如何わしい事をしてくれといったポーズに見える。

 自分の指を執拗になめ回している。


 何だ、コイツ?


 アラタはカナリンが苦手である。

 例え気の迷いでも、手を出してしまったら、とんでもない事になりそうな気がした。

 アラタは無言で風呂場のドアを開けて出た。


 脱衣場は寒かった。


「ぃいーーーっ、ぐし!」


 身体が冷えきったので、くしゃみが出た。

 アラタは転移した。


 カナリンは風呂場の扉をそーっと開けて脱衣場を覗き見る。

「いない……」

 と一言。バスタオルを巻いて出たカナリンは、リビングにある一冊の本を手に取る。

「あれぇ? おかしいなぁ。この本には男はこのポーズでイチコロって書いてあるのになぁ」

 カナリン・シュリンプスの大好きな書物【奥様は痴女 モローネ夫人愛追憶の日々】を見てそう言った。

「まぁ、僕の身体には反応してたから、まんざらでも無いのかもしれないねぇ」

 カナリンは、わずかに笑みを浮かべるとその本を棚に戻した。


 ◆◆◆


 アラタはお湯の中に落ちた。

「きゃ!」

 頬をもちもちの何かが、受け止める。

 目を開けると、そこには美しい女性のアップ。

 ソフィア王女の胸に顔を埋めていた。

 アラタは身を引いた。

「す、すまない……」

「……い、いえ」

 頬を赤らめるソフィア王女だ。


 ソフィア王女はアラタの能力を自分のスキル【鑑定】を使って既に把握していたが、まさかアラタが、自分の入浴中に、転移してくるとは思わなかった。

 もしかしてアラタが約束した通り自分を抱きに来たのではないか? と思った。

 あまりにも大胆な行動なので、ドキドキとしていた。

 だが、アラタには、その約束した記憶がない。

「あ、あの、それで今日は何用でこちらへ」

「実は意識して使ってないのに、何故か転移してしまうのだ」

 制御出来ないスキルは使い勝手が悪い。

「宜しければ、お力添えをいたしましょうか?」

「本当に?」

「はい」

 浴室は、王族専用で広い。

 お湯は白濁の湯である。

 温泉を引いているという何とも贅沢な作りをしている。


「王女、何かありましたか?」

 メイドが中の様子を伺ってきた。

 ソフィア王女は、アラタをお湯の中に沈めた。

 浮いてくるので、自分のお尻で重しにする。

 入浴中しているソフィア王女を担当しているメイドはシロ家の者ではない。

 その為、事情を説明しても通じない。

 バレたら、アラタは王女の入浴中に侵入した罪で死刑になってしまう。


「いえ、足を滑らしてしまって、声を上げただけですわ」

「……」

 訝しげな目を向けるメイドだ。

 彼女はおそらく大魔法使いゲイリー・オズワルドの息がかかった者ではないかと、タマキが言っていた。

 王女の弱みや情報を調べようとしている可能性があった。

 アラタは息が続かないのか、苦しむ。

 アラタの足がバタバタと湯から出てきたので、王女は自分の足が出てるかのように振る舞う。

「はー、気持ちいいわー」


 メイドは王女の足がゴツゴツしていて、毛が生えていると思った。

「──で? 何か?」

 ソフィア王女はメイドを睨んだ。


 ゴボッとアラタが息を吐いた。

 それが王女の背中辺りから、ゴボッと気泡となって上がった。


 二人の間に沈黙が起きた。


 ソフィア王女は、キリキリと機械仕掛けの人形の様な動きで、メイドの方へ首を動かす。

「ひっ!」

 メイドに戦慄が走る。

「出ていって……でないと……」

 ソフィア王女は、普段見せた事の無い様な表情をしていた。


「は、はい! すみません」

 メイドはとんでもないところを見てしまったと、浴室から出ていった。

 足が、ゴツゴツとして毛深く、放屁をした王女の事を流石にゲイリー・オズワルドには報告するのは酷であり、身の危険も感じるメイドは、この事を自分の胸にしまっておこうと決めたのだった。


「ぶはっ!!」

 アラタはしこたま湯を飲んだ。

 ゲーゲーとお湯を吐く。

「アラタ様。大丈夫ですか?」

 ソフィア王女はアラタの背中をさする。

「だ、大丈夫だ」

 アラタは口を拭う。

「そうですか。では、いきましょう」

「行くって何処へ?」

 ソフィア王女は風呂場に備え付けてある隠し扉を開ける。

 これは入浴中に狼藉者が侵入してきた際の避難通路になっている。

 アラタを招き自分も入る。

「ここから、私の寝室に抜けることが出来ます」

 通路は狭くて暗い。四つん這いで進む。

 アラタもそれに付いていく。

 アラタにはスキル【暗視】がある。

(いい眺めだ)

 四つん這いで先を進むソフィア王女のお尻を見つめながら、アラタは思った。

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