アイキャッチ Bパート1

◆◆◆ ◆◆◆ ◇◇◇ ◇◇◇


 いきなり向けられた鋭い眼光に、クーンは思わずたじろいだ。

 そこにつけいるように、GTが肩を怒らせながら一歩足を踏み出す。


「てめぇ、こんな街作っておきながら、なんだその格好は! こだわりはねぇのか、こだわりは!」

『そこ!?』


 GTの胸元の薔薇が思わず突っ込む。そしてクーンの横では傷面スカーフェイスが緩む口元を何とか押さえ込んでいた。


「お前には、この世界で生きるための美学が足りねぇ」

『ちょ、ちょーっと待って。まだ殺さないで!! せっかくの手がかりになりそうなんですから!! そういう契約でしょう!』


 なおも罵倒を続けるGTを慌てて薔薇が制止する。

 その言葉のせいか、あるいは幾分か時間が空いたせいか、そこでクーンが復活した。


「なんだ、その声は!? 黙って聞いてりゃお前もたいがいなご託並べてくれるじゃねぇか!!」

『ああ、私はですね……』


 とりあえず会話のきっかけになるとでも思ったのか、薔薇がひるんだ様子もなく自己紹介を始めようとする。

 が、そこにGTが割り込んだ。


「これはモノクル。俺の依頼者。とてつもなく弱いので、こういう風にして声だけ連れ歩いてるんだ。こういうちょっとした工夫に美学を感じるだろ?」

「そういうのはなっ! 貧乏人の小細工って言うんだ!!」


 せっかく薔薇の向こう側にいる人物の名前が判明したのに、クーンはまったく注意を払わなかった。


 それどころかクーンは戦闘ヘリからもぎ取ってきたような規格外のバルカン砲をガシャリと出現させた。それも両腕にである。

 どうやらスーツに張り付いている装甲版は、それだけの機能ではなくパワーアシスト機能も付随しているらしい。


 それをぼんやりと座視するGTではない。右手にはすでに銃が出現している。


 もはや一触即発。


 しかし薔薇――モノクルはなおも抵抗を試みた。


『あなたがこの街の制作依頼をした相手は誰なんですか!?』


 ほとんど叫ぶようにして、核心部分を叩きつける。

 その成果は確かにあったようで、二人の動き――そしてやっとボスの行動に従おうとしていた男達の動きもそこで止まった。


「お、おお、その話があったか……ということは、こいつ“当たり”なのか?」


 GTがやっとの事で自分の使命を思い出した。


『やっと思い出してくれましたか』

「……お前、何者だ?」


 クーンもモノクルに興味を持ったようだ。

 バルカン砲を引っ込めるつもりはないようだが、とにもかくにも、いきなり殺し合いを始める気はなくなったらしい。


『では、改めて自己紹介から。とはいってもここの流儀に従って本名は名乗りません。モノクルと呼んでください。そちらはクーンさんでよろしいんですか?』

「……お、おう。クーンで良いぜ」


 モノクルの丁寧な物腰に、さらにクーンの戦闘意欲が削られていく。


「……なぁ、こいつもしかして本名なんじゃないのか?」


 GTが鋭く指摘する。

 クーンの顔色が目に見えて変わるが、


『いやぁ、もうデータベースに検索掛けたんですが、クーンという名前は結構ありますし……司法首都アストライアに問い合わせしてるんですけどね。それは多少は時間がかかりますから』


 モノクルの返事はいまいちパッとしないものだった。

 だが、それはクーンを慌てさせるに十分であったようで、思わず身構えたためにゴテゴテと身につけた装甲板がガシャリと鳴る。


「お、おまえ……警察軍か?」

『実は違うんですよ。行政首都ロプノールの住人ではあるんですが』

「つまり……なんだ?」

「それは俺も確認しておきたい」


 GTまでもが参戦してきた。

 行政首都ロプノールの住人ということは、連合の官僚の中でもそれなりの地位の人物――ということが推測される。


 だが決して確定ではない。


 官僚だけが、あの場所にいるわけではないし、もっと専門的な技術スタッフである可能性もあるからだ。


『そのあたりは全部話すつもりはないんですよ。ただ私は今ひとつの仕事を請け負っていましてね。それはO.O.E.の健全化です』

「O.O.E.?」


『通称“天国への階段EX-Tension”。つまりはこの世界のことですよ。この世界に連合の目の届かない区域がいくつか形成されつつありましてね』

「…………」


 クーンが黙り込む。


『どうもそういった区域で、マフィア、ギャング、ヤクザ。そういったいわゆる裏社会の人達が取引の下準備を行っているようなんですね。なので実際の取引が非常に効率化。つまりは裏世界の流通が強化され、連合にとって実によろしくない事態が起きつつある――というかすでに起きていると考えています』


 その指摘に、バツが悪そうに身をよじるクーン。


「こいつ、なんだか金持ってるのを自慢してなかったか?」


 それをわざわざ口に出して指摘するGT。


『らしいですね。いろいろな意味でクーンさんが最終目標に繋がっている可能性は実に高いと推測されます』

「最終目標?」

『この世界において連合の目の届かない一角を作り出せる誰か――もしくはシステムですね』


 モノクルの指摘に、ざわめき始めたのはクーンでもGTでもなく、むしろクーンの配下達だった。当然と言えば当然の話だが、部下の全員がクーンのそんな繋がりを知っているわけではないらしい。


 ヘルメットに包まれたクーンの頭部が左右に揺れる。そして油断無く周囲を警戒するGT。この場の主導権をモノクルに委譲した状態だ。相手側の同じ立場に相当するであろう傷面スカーフェイスの目つきも厳しい。


『さてクーンさん。あなたの繋がりを話してもらえますか? 今なら悪いようにはしません』


 そんな中、モノクルから放たれるのはおきまりの誘いの言葉。

 行政首都ロプノールの住人であることを認めた上での言葉であるから、それを信じるなら全くの空手形ではない。


 ざわついていた部下達の視線がボスに注がれる。


 この取引にボスが応じるかどうか――ではなかった。


 ボスが、そんな取引応じる性格でないことは彼らにとって自明の理。

 ただ、いつボスがこの無礼な取引を持ちかけてきた相手に攻撃命令を下すか。


 それを見逃すまいとしているのだ。


「……モノクルと言ったか」


 注目の中、クーンがようやくのことで口を開いた。


『ええ』


 応じるモノクルの口調も、どこか争乱を覚悟しているのか--あるいは期待しているのか、短くも挑発的だ。


「お前の言うとおり、この世界での事前交渉が可能となったことで俺のファミリーは一気に潤うことが出来た」

『なるほど、そういう立場の方でしたか』

「俺はその利益を手放すつもりもないし、なによりファミリーを押し上げてくれた……を売るつもりはない」

「チッ、学習しやがった」


 ガシャガシャン!


 バルカン砲が改めてGTに向けられる。部下達の重火器も残らずGTに向けられた。

 そんな中、モノクルから出された指示は、さらに挑発的だった。


『周りは先に片付けましょう。クーンだけは残してください』

「面倒だが了解だ」

「やっちまえーーーーーーーー!!!」


 クーンが吠える。


 同時に、轟音――いやすでに音のレベルを凌駕した空気の震えがGTに襲いかかる。


 男達の重火器が吠え、その空気を叩きつける低音のリズムが支える中、クーンの両脇のバルカン砲の銃身バレルが殺戮の輪舞ロンドを踊る。


 しかしそれよりも速く襲いかかってくるのは、熱く灼けた無数の弾丸。


 身体目がけて襲いかかってくるものばかりではない。

 弾丸はGTが立っている周囲の空間全てを否定する。


 考えるまでもなく何処にもGTの逃げ場はない。

 システム上、こうなれば辿り着くべき未来は一つしかない。


 ――GTの身体が、エフェクトを残して消失する。


 誰もがその未来を幻視する中、GTも抵抗を諦めたのか、微動だにしない。


 ――だが、


 弾切れを起こし射撃が止み、銃声が止み、アドレナリンが噴出した男達の声が止んでも。


 ――GTは変わらずにそこに居た。


 全員の銃が一斉に動作不良を起こしたのではない。

 GTの背後にあるビルの壁面は、散々に穴を穿たれ、もはや抉れていると言っても良い状態だ。


 それだけのパワーが、GTのいた場所に集中したはずなのに。

 それなのに――


 ゴクリ


 と、誰かが唾を飲み込む。

 それがやけに虚ろな響きを伴って周囲に響いた。


「……な、なんなんだ、てめぇは!? 一体何をした? 何でこんな事になってる?」


 クーンが吠えるように問いかける。

 GTは僅かに首をかしげ、常軌を逸した、それでいて現象に対してごく当たり前の答えを口にした。


「弾を見て、それから避けた」


「…………!」


 その当たり前の答えがクーン達から言葉を奪う。

 出来るはずのない“当たり前”を行える化け物。


 それがGT――虐殺時間ジェノサイドタイム


「だけど失敗したよ」


 クーン達が言葉を奪われている間に、GTから続けて放たれたのは自省の言葉。

 それに希望を見いだすべきか、それとも脳裏をよぎる予感に身を任せて絶望を味わうべきか。


 その判断も出来ないまま、ただ呆然とGTの言葉を待つ。

「……避けてる間に、何人か殺す予定だったんだけど、身体が正面向きすぎてた。さすがにあそこから撃つまで持って行くのは面倒くさい」

『……面倒なだけなんですね』


 相方のはずのモノクルからも突っ込みが入る。


 それが、クーン達の精神を地平に引き戻す契機となったのか、今度は傷面スカーフェイスから声が上がった。


「な、何かズルをしてるんだよな? そうだよな? そうだ数値だ。数値をいじってるんだろ」

『これは面白いことを。この世界では分身体アバターに対して能力的に手を加えられないのは誰だって同じでしょう? それにあなたは自分の分身体アバターの“数値”なるものを見たことがあるんですか? ゲームか何かと勘違いされているのでは?』


 モノクルが即座に応じる。


「だけどよぅ。そんな、そんな馬鹿げた能力……」

『この人は、特別です。そういう人だからこそわざわざスカウトしたんですよ。何か小細工が出来るというなら、あなたのボスが何よりもまず先に手を付けているはずですが?』


 その指摘に、思わず傷面スカーフェイスはクーンへと目を向けた。

 だが、そこには苦悶歪む表情があるばかり。


『お金の力でも、出来ることと出来ないことがあるんですよ。これもまた当たり前の話ですが』

「……るせぇぇえええええええええ!!」


 突然、クーンが叫ぶ。

「金の力に不可能はねぇ! お前ら、今日の弾代は全部俺が持つ。全力全開でぶちかましてやれ!!」


 その雄叫びウォークライが、呆然と立ちつくしていた部下達の心を叱咤した。

 それだけ見れば確かにリーダーの素質をクーンに見いだすことが出来たであろう。


 だが、今の叱咤には一つの問題が隠されていた。


『……弾薬代、普段は経費で落としてあげないんですか?』


 その点を、モノクルが突っ込む。


「るせーーーーーー!!」


 勢いを取り戻したクーンが即座に反応した。


「そうだぞ! うちのボスがどれだけケチ臭いか知らないくせに、今のボスの言葉を部外者が軽く考えるな!」


 続いて傷面から悲痛な叫び。


『……それは失礼しました』


 これにはモノクルも返す言葉がない。


「行くぞてめぇら!!」


 クーンのバルカン砲が改めてGTを捉える。男達の銃口も決意を新たにGTに向けられた。

 GTも今度は半身に構え、銃を握りしめた右腕を真っ直ぐに男達へと向ける。


 自然と出来上がる、一瞬の静寂。


 ――それをクーンの声が切り裂いた。


「NO MERCY!!!!!!」

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