第25話「魂《うんめい》に添うように」

アバン OP Aパート1

 アーディ。


 その名前だけが知られていた存在の正体は一体何なのか?


 それは現実世界の誰かが接続ライズした、分身体アバターである――はずだ。

 だがモノクルはアーディに関しては、その正体を探ろうとはしていなかった。


 思い返せば、の話である。


 だが、そんなモノクルの対応の理由わけをGTは、はっきりと理解した。


 フォロンを吸収するまでのアーディは、確かに“人の形”をしていた。

 だが、今ではその黒い塊は人の形を保っていない。


 ボツボツとその表面に泡が浮かんでは、それが弾け段々と大きくなっていく。


 アーディは増殖していた。


 まるでガン細胞のように――見た経験はないはずなのに、自然と想起されてしまう。


 ――そう。


 この“アーディ”は、まるで天国への階段EX-Tensionを浸食するガン細胞そのもなのではないか?

 しかも塊の表面に浮かぶ泡は、人の顔のようにさえ見えてきた。


「あれは……何?」


 傍らのリュミスが思わず呟くが、GT自身もそう呟きたかった。

 いや、絶叫したかった。


 ドゥンッ!


 ほとんど意識しないまま、増殖を続ける黒い塊に銃弾を叩き込む。

 フォロンが日本刀で生み出した靄と同じであるならば、その銃弾はきっと効果は示さない。


 だが、銃弾は黒い塊に吸い込まれることはなかった。


 それ以前の問題だ。


 黒い塊に触れる直前で、銃弾はバラバラに分断される。


 原子レベルで。

 跡形もなく。


「なんだ、これは……」


 これから対処しなければならないであろう“物体”の正体がまったくわからない。


 ズシュッ!



 黒い物体から触手が伸び、顔役の一人に突き刺さった。


切断ダウンだ!」


 反射的に叫ぶGT。


 その叫びが間に合ったのか、あるいはフォロンと同じように吸収されたのか。

 触手が突き刺さった顔役はその場から消え失せてしまう。


「お前達もさっさと切断ダウンしろ! ここから先は俺達も何が起こるかわからん!」

「いい判断ですよ」


 再度のGTの叫びに応える声があった。

 モノクルだ。


 薔薇――はもう散ってしまったが、リュミスの剣越しの声ではなく、この場にモノクルがいる。

 最前線中の最前線に。


 GTはそれに意外さを感じながらも、思わず尋ねてしまった。


「……来たからには、あれの対処法があるんだろうな?」


 かなり本気のトーンで尋ねるGTに、曖昧な笑みを浮かべるモノクル。

 その笑みを見て、リュミスは察した。


「――これ、かなりマズい……?」


◆◆◆ ◇ ◆◇◆◇◆◇ ◇◇◇◇◇ ◆◆◇◆ ◇◆◇


 果たして、この場にやって来たのはモノクルだけではなかった。

 スーツ姿の無個性に見える男達。

 勘でしかないが、連合職員なのだろう。


 その全員が、増殖を続けようとするアーディに札のようなものを突きつけていた。

 総員で、現在のところ十名ほどだろうか。


 そんな札が現状で果たして役に立つとも思えなかったが、どういう理屈か増殖中アーディはその札を分解することも、飲み込むことも出来ずに停滞してしまった。

 素直に考えれば、札から何らかの力が放出されていて、それによってアーディが押さえ込まれている――ということだろう。


「……最近の連合職員は器用だな」


 その光景を見て、どこか諦観の漂う声音でGTが呟いた。


「ちょっと、どうなってるの? これ何かのアトラクション?」


 リュミスがもっともな突っ込みを入れる。


「もっともな反応です。が、先に確認です。接続時間は残ってますか?」

「あまりないな。フォロンを待ってる時間が結構あった……のこり十五分もあればいい方だろう」


 当然、リュミスも右に同じということになる。

 モノクルはそれにうなずいて、こう告げた。


「もう出し惜しみはしません。その時間で出来る限り説明します。あと少しだけ力を貸してくれますか?」

「十五分でか? で、一端切断ダウン。再接続にどれだけの時間が掛かるんだ?」

「……三時間は無理よ。で、接続限界が一時間ほど」


 自分で試したことがあるのだろう、リュミスが即座に説明する。


「三時間……」


 連合職員がその後も続々とやって来てアーディを押さえ込んでいる。

 だが、そこから状況を変えるだけの手段はないようで、停滞させるのが精一杯のようだ。


 しかも、その要であるらしい札が黒く焦げて、消費されていく様が見える。

 そんな光景を見れば、三時間も保つのかと考えるのが自然なところだろう。


「保ちます。あなたたちが仕事をしてくれたおかげでこの対抗策を無駄に散らさずに済みました。戦力を一点集中できてるんです」


 その不安にモノクルが答える。


 だが、GTとリュミスの瞳から不審さが消えることはない。

 モノクルが露骨に褒めてきたのもマイナス材料だったのだろう。


「……結局、俺達はこのバカ騒ぎの大元にたどり着いたって事で良いんだな?」

「ええ。この座標に“竜”がいるはずです。そしてアーディはその“竜”にとりつき、その力を利用しているんです」


「“竜”って前も言ってたわね。“竜”っていわゆるドラゴン? あのトカゲのでっかいの?」

「いいえ。“竜”というのはあだ名のようなものです。もちろん人……」


 なぜかそこで言い淀むモノクル。

 だがやがて、何かを吹っ切ったようないい笑顔で、こう告げた。


「人の形をしていますよ」

「……不安だけが増大していくなぁ」


「そして、天国への階段EX-Tensionを創り出した人物でもあります。連合の公称ではO.O.E.ですが」


 いきなりの報告にGTとリュミスの時が止まった。

 だが、モノクルは構わず話を続けた。


「彼は極めて特殊な人物なので、現実世界よりは天国への階段EX-Tensionの方が馴染む体質なのです。だからここに留まっていてもさほどの問題はありません。そして、本来は連合職員の連絡用だったこの天国への階段EX-Tensionを民間に解放したのも彼です。かなりの反対があったんですが、正直言って天国への階段EX-Tensionは彼の私物も同然ですので」

「ど、どういう人なの?」


 当然といえば当然の疑問を口にするリュミス。


「基本的に人でなしです――まぁ、人かどうかが微妙なんですが」


 思わず半目になるGTとリュミス。

 見事に、類が友を呼んでいる。


「……で、その自分の庭で何だってそいつはこんなややこしいことになった?」

「民間に解放したのが、結局は仇だったんでしょうねぇ。色々な良くないものまで一緒に入り込んできてしまいまして……」

「良くないもの?」


 リュミスの当然の指摘に、モノクルはまたも黙り込み、やがて意を決してこう告げた。


「有り体に言って、幽霊です」

「ゆ……そんな馬鹿な話――」

「――馬鹿でもないぞ。俺達の力が強い理由を考えてみろ」


 即座に否定しようとしたリュミスをGTが押しとどめた。


「“死に近いものが力を得る”だ。じゃあ、死そのものの幽霊であるなら、あの、でたらめな力にも説明が付く」

「せ、説明って……それでいいわけ?」

「現にアーディは得体の知れない化け物として“ここ”にいる。だが、今までの理屈を無視した存在じゃない。俺にはそっちの方が重要だ」


 そのまま牙を剥きそうな勢いで笑みを浮かべるGTにリュミスは若干腰を引かせ、それでもモノクルへの質問を続行した。


「じゃ、じゃあ、もう幽霊で良いとしてそれにやられちゃったって事?」

「彼の名誉のために、ここはキッチリと説明しておきますが、その手の“もの”は彼は積極的に祓ってました。その名残が今職員が使っている札です。それと、リュミスさんの剣に備わっている力」

「あ……」


 あの時、海を切り裂いた力だ。


 それを、あの声――今、思い返せばアーディなのだろう――は確かに剣の力によってかなり慌てていた。


「アーディと名乗る幽霊は、かなり強力なようでしてね。彼の油断もあったでしょうが、彼は囚われの身となって、天国への階段EX-Tensionの所有権を半ば奪われた状態となってしまったようです。それだけなら何ら生産性のない幽霊だったんでしょうが……」

「フォロンが知恵を与えて、利用したわけか」


「そして、アーディの目的も今日でわかりました。良いように操られているのだと思ってましたが……アーディはアーディで、人の悪感情を必要としていたんでしょう。“竜”にとどめを刺すため、自身をパワーアップさせるため」

「悪感情? それは“業”みたいなものか?」


「さすがに中国系チャイニーズ。東洋思想には理解が早いようで助かります。それに思い至ったのが、つい先ほどなんです。これはまったく私の不手際ですよ」


 そういって悔しそうに歯がみするモノクル。


 つまり構図としてはこうなる。


 その“竜”とやらを抱え込んだままアーディは拮抗状態に陥っていた。

 そこに現れたのがフォロンで、アーディの力を知り自分の王国を築く。


 さらに、アガン、クーン、RAと協力者が現れ、欲望に満ちた取引で天国への階段EX-Tensionを満たしていった。

 それらをアーディは吸収していたのだ。


「……で、最後にフォロン自身を吸収して、十分なエネルギーを蓄えたわけか」


 GTのその声には後悔が滲んでいた。

 だが、モノクルはそれに首を横に振って答える。


「フォロンを排除しなければ、アーディは表に出てこなかったでしょう。そこで落ち込まれては私も立つ瀬がありません――今は、この機会を好機と捉えましょう」


 前向きなモノクルの言葉に、GTの表情が引き締まる。

 なんだかんだで、良いコンビだわ、とリュミスがその様子に感心していると、その耳にどこか不協和音じみた、低い響きが聞こえてきた。


「な……何これ?」

「どうした?」

「何か変な音が……あの辺り……」


 そう言ってリュミスが指さす方向は、まさにアーディと札が拮抗している辺り。

 だが聴力ではリュミスに引けを取らないはずのGTがその指摘に、いまいちうなずけないでいた。


「……確かに、何か変な様な気もするが……」

「アーディが何かしら、策を弄しているのかも知れません。それについてはこの場に残る我々で調査します」

「残る?」


「ええ。この場を離れわけにはいきません。下手をすると、一気に天国への階段EX-Tensionを浸食される可能性があります。ここで押しとどめなければいけないんです」

「浸食されると?」

天国への階段EX-Tensionは崩壊でしょうね。そして“竜”を失った我々は、二度と天国への階段EX-Tensionを手に入れられないでしょう」


 モノクルは、その言葉が二人にもたらす影響を正確に理解していたわけではないだろう。

 だが今の二人にとってみれば、そう説明されたのなら、もはや引くわけにはいかない。


「それで、アーディを倒す……だけじゃなくてその“竜”を解放する手段はあるんだよな?」

「ええ」


 モノクルは、曖昧な表情で呟いた。


               ~・~

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