Aパート2 アイキャッチ

 二人は切断ダウンした。

 戻ってきたのは、当たり前にプラスチック・ムーン号のリビング。


「……どっかに降りておくか」


 起き抜けに、いきなりジョージが告げた。


「何で?」


 反射的に聞き返すリュミスに、ジョージは淡々と告げた。


「最悪、この船ごとデブリになる」


 さすがにその意味を理解できないほど、リュミスも間抜けではない。

 プラスチック・ムーン号が、死体二つを乗せたまま漂う可能性をジョージは示唆しているのだ。


 そうなると、ジョージ――GTが呟いていた言葉が気に掛かる。


「……なんか東洋の思想がどうとか言ってたけど」

「覚えてたか。やっとわかった。アーディも、それからモノクルが“竜”と呼んでる奴も――“仙人”だ」

「せ……何それ?」


「一種の超人だ。修行とか薬を服用して不老不死を手に入れた連中ということになっている。モノクルの仲間がまともな仙人だとすると、アーディはいわゆる邪仙だな。簡単に言うと、悪いことをしまくって不老不死になった連中」

「それはおかしいでしょ」

「おかしいのは“仙人”が実在しているらしいってことだ。それならもう邪仙がいても、どうってこと無いだろ」

「…………いるんだ」


 どこか諦めたような様な口調で呟くリュミス。


 リュミスにもわかっているのだろう。

 そもそも天国への階段EX-Tensionが便利すぎるということに。


 それに現状の超光速航法でさえ、科学では説明できない技術が使われていると言われている。


「で、仙人が相手となると天国への階段EX-Tensionでいくら死なないと言われてもな。死ぬ準備をしておいた方が良いだろう。デブリよりは惑星ほしにあった方が整理しやすいだろうし」

「そ、そうね……」


 リュミスは、どうにも居心地の悪さを感じていた。


 ジョージの対応は、どうも自分が同行することが前提になっている。


 同行したくない――というわけではもちろん無い。

 むしろ積極的に同行したいのだが、その一方で足手まといになるのではないかという恐れがある。


「そうだリュミス。頼みがあるんだが」

「な、何?」


 思わず身構えるリュミスに怪訝そうな表情を浮かべながらも、ジョージは言葉を続けた。


天国への階段EX-Tensionで服を調達できるか? なりは――」


 ジョージは、そこでごく一般的な衣服を注文した。

 天国への階段EX-Tensionではそういう一般的な服の調達は逆に難しいのだが、さすがに達人であるリュミスはすぐに思い当たる参加者を数名思い出せた。


「……うん、それなら何とかなりそう」

「じゃあ、モノクルのところに戻る前に調達してきてくれるか」

「いいけど……何で? いつものスーツは?」


「あれ、ぶっちゃけ動きにくいんだよ。武器はモノクルに用意させるしかないが、こっちも全力を出せるようにしておかないとな。あの触手みたいな奴の動きは正直見切れなかったし」

「あれが……全力じゃないの?」

「まぁ、お前を守りながらになるだろうしな」


 さらっと。


 ジョージが、肝心なところを告げた。


「守られ……るの?」

「そりゃそうだろ。お前にあの触手がかわせるか?」

「じゃ、じゃあ、何で連れて行くのよ?」

「馬鹿かお前は。俺だけじゃ倒せないからだろ」


 これもまたあっさりと告げる。


「ちょ、ちょっと、言ってる意味が――剣が必要って事? それなら……」

「お前、しっかりしろ。天国への階段EX-Tensionを潰そうとしている邪仙が相手なんだぞ。意志の力で負けるな。光速を突破するのは、航法士が相対性理論アインシュタインを頭から否定しているからだ。それは知ってるな?」

「え、ええ。だけど……」


 思わず、否定しそうになるリュミス。

 だが、ジョージはそれを許さない。


「相手は天国への階段EX-Tensionを潰す意志を持っている。お前は前に自分で言ってたな? 天国への階段EX-Tensionを護る意志でアーディを否定しろ。俺は所詮お前の雇われだし、天国への階段EX-Tensionにさほどの思い入れもない。アーディとの戦いの決め手となるのはお前だ」

「で、でも、だって、どういう風に?」

「俺がわかるわけ無いだろ。お前が考えろ。現場行ってからの時間は稼いでやる」


 なんて無責任な、とも思うが天国への階段EX-Tensionを護りたいと宣言したのは確かに自分だ。


 だから、ここで、


「無理だ。出来ない」


 と、言ってしまうこともまた無責任な様な気がする。


「俺達はチームだ。二人でアーディを討つぞ」


 リュミスが戸惑っている間に、ジョージは宣言してしまった。

 この図々しさに、思わず吹き出してしまう。


 無理矢理、薔薇を狙わされて、その後に遊園地で妥協を重ねた初顔合わせ。

 それほど昔の話でもないのに、この男は堂々のチーム宣言。


「う、ふふふふ……」


 思わず笑いが漏れてしまう。

 この脳天気さが、どこか頼もしい。


 ジョージ・譚。


 復讐完遂者(パーフェクト・リベンジャー)。


 その復讐という言葉の響きに、どこか後ろ暗いものを感じてしまっていた。

 事実、多くの命を絶ってきたことも事実なのだろう。


 だが、だからといってその暗いイメージで、ジョージを見てはいけない。


 ジョージにとっては、復讐それは単に果たすべき事だったのだ。

 そこに暗いも明るいも無い。

 ジョージにとってそれは日常だったのだ。


 ――人はそれを異常者と呼ぶだろうが。


 だが、それでも……


「わかった。やるわ」


 リュミスは吹っ切った笑顔と共に、そう答えた。

 真正面から、ジョージの黒い瞳を見つめながら。


「当たり前だ」


 やはりジョージは淡々と答えた。


 そう。


 ジョージにとって、それは――当たり前の話。


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