アイキャッチ Bパート1

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 ――およそ三時間後。


 約束通り、GTは再び戻ってきた。


 場所はもちろん、天国への階段EX-Tensionの“篭一派”の本拠地だった黒い部屋。

 ただ、その印象は随分と変わっている。


 もちろん、顔役達が切断ダウンしていることも大きいが、この部屋と外の区画を隔てていた壁が崩壊していた。

 だが、それはいわゆる天国への階段EX-Tensionにおける破壊のような、ブロックごとに消失する壊れ方ではない。


 物体が半端に壊れ“かかって”いる。


 恐らくは、アーディの浸食を受けたのだろう。


 壊れかけの部分には黒い靄がたゆたっている。

 その向こう側にあるのは、乳白色の世界。相変わらずのフォロン好みだ。


「……要するに、外部から見えない、察知されない秘密の基地だったというわけか。RAがキッチリ座標を吐かなければ厄介だったな」


 開けた光景を確認しながら、独りごちるGT。


「注目すべきはそこではなく、破損された部分です。アーディに触れると、ああなります」


 それに対してモノクルが答える。


「人間もか?」

天国への階段EX-Tension分身体アバターは正確には“人間”とは言い難いですから」

「…………それもそうか」


 そう呟くGTの視線の先には、三時間前と変わらぬ、札でアーディを押さえ込む連合職員の姿が。

 消失させるには至らず増殖を抑えるだけで、三時間の間、拮抗状態だったのだろう。


「……アレはどれぐらい保つ?」

「もう保ちません。札がありませんから。札の力はこっちの移植用へと回しました」


 そういって差し出すのは、二丁の22口径のPH22フェニックスエール。

 要人警護のSPが持つような、小口径の拳銃だ。


 ブラックパンサーとは、真逆と言っても良いコンセプトの銃ではあるが――


「懐かしの感触だ。改めて天国への階段EX-Tensionの凄さがわかるな」


 GT――ジョージが現役時代に頻繁に使用していた銃なのである。

 大層な名前が付いているが、どちらかというと名前負けしているという感じの拳銃だ。


 ただ、出回っている数が尋常ではなく入手しやすい、というメリットがある。


「それで、細剣レイピアは預かってきてるんですよね」

「いや、まだだ。というか、リュミスに持たせたままで良いだろう」


 その答えに、モノクルは眼鏡の奥の目をまん丸に見開いた。


「まさか、同行させるつもりですか」

「ああ」

「フォロンは、アーディへの切り札にするつもりだったのか、あの剣の性能を伝えてはいないようでしたが……」

「だろうな」


 GTも、その推測には到達していた。

 もし、知っているのであるなら顔役よりも先にリュミスが襲われるはずだ。


「わかっていて何で?」


 焦るモノクル。

 それをじっと見つめるGT。


「……な、なんですか?」

「やっとわかった。お前、根っこが事務仕事の人間だな」

「え?」


「ここで、リュミスを置いておこうという判断は、もう絶望的に戦闘センスがない。が、そこそこにはやるようだから、事務畑で重宝されてるんだろう――あと基本的に善人だな」


 ズケズケと言い放つGTにモノクルは言葉を失う。


切断ダウンしたら、お友達の人でなしに尋ねてみるんだな。間違いなく、リュミスの同行を選ぶだろうよ」


 その言葉に、モノクルの脳裏に何人の顔が浮かんだのか。

 額にじっとりと脂汗が浮かぶ。


「……いや、私は切断ダウンしませんよ。ここからは退避しますが、例の小部屋でモニター続けます」

「だって、お前時間……」

接続延長薬ハイアップです」


 堂々と言い放つモノクル。

 そして訪れる気まずい沈黙。


「――お待たせ。ちょっと時間掛かったわね」


 そこにタイミング良く、リュミスが現れた。


「はい、頼まれたた服」


 そして、その場の空気には気付かぬままに地味な服を渡す。

 それを受け取るGT――その姿にリュミスが引っかかった。


「――ねぇ“あの”腕時計は?」


 果たして伸ばした、GTの左腕に“あの”腕時計はなかった。


「壊れた」


 あまりにも率直に、GTは告げた。

 その態度は潔かったが、事実として今の今まで壊したことを告白していないのである。

 その点では、まったく潔くはない。


「どこで!? いつ!? どうやって!?」


 決して安くない――というか、目一杯高額な代金を払ったのはリュミスなのだから、この詰めよりは当然といえば当然に思えたが、


「RAとった時に。あいつの最後の銃弾を弾く時に壊れた」


 そう聞かされては、もはや二の句も告げない。


「……あの時計は助かった。ただ……さすがに気まずくてな」

「いいから! 早く装備変更して。やり方わかる?」

「お、おう」


 いきなり声を荒げたリュミスに促されて、GTはリュミスから渡された服に装備変更を試みる。


「……今度、その目をしたら殺すわよ」


 その間に、リュミスが黙ったままのモノクルに剣呑な眼差しを向ける。


「ど、どうしたんです? それじゃまるで……」

「……まるで?」


 その言葉の続きは、モノクルが先ほどまで浮かべていた眼差しと同種のものに違いなかった。

 モノクルは進退窮まって、再び沈黙に沈む。


「よし。これなら、全力でいける」


 今度の静寂を砕いたのはGTだった。

 その言葉にリュミスとモノクルが目を向けると、そこにはグレーのポロシャツ、ダークグレーのスラックスを穿いたGTがいた。


「で、髪の色と瞳の色を元に戻す」


 えっちらおっちらその作業も済ませると――そこに現れたのは、ただの……ジョージ・譚だった。


「その格好で――復讐をしてたの?」


 恐らくはそういうことなのだろうと予測していたリュミスが尋ねてみると、ジョージは身体を斜めにしながら頷いた。


「なんて言葉だ。まぁ……そうなるな」

「何かもっと……真っ黒な格好で、目立たないように……」

「昼日中は真っ黒な方が目立つんだよ。いつもの俺の格好見ればわかるだろ?」


 確かに、天国への階段EX-TensionでのGTの黒スーツ姿は異常なほど目立っていた。

 ただ問題は他にある。


「昼から殺して回ってたの?」

「何か問題あるか?」


 質問に質問で返されたわけだが、真顔で返されると問題点を指摘できない。


「……それがジョージ・譚のスタイルでしたね。どんな時間帯でも正面からドンドン殺してドンドン進む」

「……最悪だわ」

「が、あまりにもジョージ・譚であり過ぎます」


 モノクルが突然、硬質な声を発した。

 その表情も引き締まっている。


「RA戦の時にも注意しましたが、あまり本気を出すと……」

「ここでの分身体アバターが、本体に似すぎていると、危険なんだろ」


 モノクルの言葉を遮るようにして、GT――いや、ジョージが告げた。


「だけど、ここでは魂に添うような分身体アバターで行動すればするほど、いつもの調子が出る。お前の言う“本気”はつまりはそういうことだろ?」


 一瞬言葉に詰まるモノクル。

 だが、ここで引くわけにはいかないと、再び言葉を紡ぎ出そうと試みた。


「それがわかっているなら――」

「わかっているさ。そういう状態で、しかもあのアーディにやられたら、いくら天国への階段EX-Tensionでも死んじまう」


 だが、ジョージはその言葉を遮った。

 そのまま言葉を失ったモノクルに、ジョージは続けて声を掛ける。


「気にするな。それが当たり前なんだから。これでようやくこの世界の一番の“嘘”が無くなった。俺はむしろ清々してるよ」


 そう告げるジョージの笑みは確かに曇りのないものだった。


          ~・~


 パンパン、パン!


 ブラックパンサーのそれとはあまりに違う、軽い銃声が響く。


 右手から二発、左手から一発。

 もちろんその狙いは外れることなく、伸びてきた三本の触手を叩き落とした。


 すでに連合職員は、モノクルも含めて全員退避している。


 理由としては二つ。


 すでに、アーディを抑えるための符が尽き掛けていること。

 それに伴い、無防備となる連合職員を複数守るのは、いかなジョージとはいえ不可能であるし、そもそもジョージには連合職員を守る気があるのか怪しいところでもある。


 それならば、他の人間を退避させることでアーディの的を一カ所に絞った方が、対処しやすい――


 ――そして現状では、その策は一応成功しているように見える。


 相変わらず黒い塊のままのアーディは、残された目標であるジョージとリュミスに向けて触手を伸ばすことで接触しようとしているようだった。

 符と拮抗している間に、何かしらの力を消費したため、エネルギー補給……というところもまた予想の範囲だ。


 では、ジョージ達が有利なのかと言えば、実はこの状態ですでにジリ貧なのだ。

 何故なら、この触手を叩き落としている銃弾には限りがある。


 普通の銃弾では、ブラックパンサーのそれと同じように、アーディに触れる前に分解されてしまう。


 そこでこの二丁のフェニックスエールには、先ほどまでアーディを押さえ込んでいた符と同じ力が付与され、その銃弾はそれを効率よく受けることが出来る一種の触媒であるのだ。


 パンパン!


 触手がひるんだ隙に、本体とおぼしき黒い塊に左手のフェニックスエールから銃弾を送り込む。

 さすがに、この銃にまでリロードを手動で行う仕様にする愚は犯していない。


 だが、銃弾の数を考えてしまうのは一種の職業病だ。

 左右のバランスを考えて攻撃してしまう――どちらで狙ったとしても精度に差はないのだが。


 オオオオオオォォォォ……ン


 銃弾を叩き込まれたアーディから、苦悶の響きが発せられる。


「また……!」


 思わず耳を押さえてしまうリュミス。


「例の違和感か。確かにイヤな音ではあるが――」


 言いかけたジョージがリュミスの身体を抱えて沈み込む。

 そしてジョージは四つんばいの姿勢のまま、銃を構えた。


 アーディの反撃が始まったのだ。


 迫り来る触手は数え切れない。

 しかもその全てが、銃弾以上の速度で、ほとんど同時に襲いかかってきた。


 ジョージの黒い瞳は、一点を見据えたままほとんど動かない。

 だが、そのフェニックスエールを握った両腕は的確に触手の先端を捉えている。


 パパパパパパパパパパパパパン!


 ジョージの迎撃もまた神速だ。

 しかし、それでも触手の全てを迎撃できない。


 四つんばいのまま跳ね上がったジョージは、足を振り回すことで身体を独楽のように回転させると、その銃把で残りの触手を薙ぎ払った。


「ぐ……!」


 そこまでやっても触手の一部が、ジョージの身体に触れる。

 左肩、そして脇腹の一部。


「こなくそが!」


 パンパン!


 自分の身体を浸食した触手の欠片を撃ち砕くジョージ。


「大丈夫!?」

「こんなものは気合いだ!」


 そう言い放つと、本当に身体を浸食し始めていた黒い靄を振り払ったジョージ。


「え?」


 その光景に思わず目を見張るリュミス。

 だが、ジョージは息を切らせたまま吠える。


「言っただろ。元々不条理な力なんだ。不条理さで勝れば、こっちが勝つ! 要するにこれは存在を賭けた縄張りシマ争いだ」

「だ、だけど……」


 ジョージは明らかに消耗している。


 超人的な戦闘を継続して行えば確かに息も切れるであろうが、ここに来て戦った時間は十分かそこらであろう。

 GTの能力がそのままだったとしても、スタミナの消費量が半端ではない証拠だ。


 GTの主張が本質としては正しくても、何度もこれを繰り返すわけにも行かない。

 決着を付けるためには――


(……自分が、アーディを圧倒?)


 確かに、今のジョージの対応を見れば、全くの希望がないわけではないらしい。

 何かしらの不条理さで相手を上回れば、アーディの力は無効化される。


 だが、それは何なのか?


 ――ああ、それにしてもこの“音”が不快すぎる!

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