Aパート2 アイキャッチ
GTは僅かにボルサリーノを傾け、強い日差しから目を庇う。
当たり前の話だが、エレベーターを降りたところで、ここはあの砂漠区域であることに変わりはなく、つまり日差しは相当に強いのだ。
だが、周囲の光景は到底砂漠の真ん中にあるものとは思えなかった。
白い化粧石で覆われた床。精緻な彫刻を施された大理石の円柱が、ある程度の規則性が感じられる間隔で立てられている。
振り返ってみれば、乗ってきたエレベータもこの柱の一つに偽装されているようだ。
視界の端には、女性が水瓶を捧げ持っている彫像が設置された噴水が見える。
何とはなしに、そちらに向かって歩き出すと足下から水のせせらぎが聞こえてきた。
どうやら人工的ではあるが小川が流れているらしい。そんな水回りには青々とした植物――GTに情緒を期待してはいけない――が茂っている。
見れば遠くの柱には蔦が絡まり、そこかしこには葡萄が実っていた。
「……なるほど“空中庭園”か」
『かなり様式美を整えてきてますね』
「しかし、こりゃどこを目指せばいいんだ?」
穏やかな雰囲気に触発されてか、GTも口数が多い。
『さて……まぁ、この場合上流に向かうのが古典的作法というものでしょう』
「上流……」
小川が流れているということは、こんな真っ平らに見える場所でもある程度の起伏があるということになる。
そして、その頂点に何かあると考えるのは、それほど奇異な考え方ではないだろう。
GTはそう判断してモノクルの勧めに従うことにした。
そうして歩くこと五分。
日差しは強いが、足下を砂に取られることもなく、足下を流れる小川のおかげか、あるいは空中にあるという高さのせいか、気温もそれほど苦にならずに歩き続けた結果、再びGTは目立った建造物を発見する事が出来た。
いや、建造物というには色々半端だ。
まず壁がない――いや壁だけがあると言い換えた方が良いのか。
書き割りの如く一枚の壁が背後にあり、その壁を背景に長椅子や寝台をはじめとしたいくつかの調度品が置かれている。
なるほど、それを見ればここが生活空間なのだと理解も出来るが、その空間を保全するための“しきり”がない。
背後の壁の上部から、日差しを遮るための天幕が張られており、それを支えるための白い木の棒が僅かにしきりの役目を果たしているが、それもほんの気休めに過ぎなかった。
「まぁ、つまりテラスなんだろうな、あの部分は」
ざっくりとしたGTの解釈に、モノクルも賛意を示した。
『色々と突っ込みたいところですが、それが妥当ですね――人もいるようです』
「ああ」
確かに、GTが言うところのテラス部分には何人かの人影が見える。
そしてテラスの中央部分は何かが活発に動いていた。
玉座とおぼしき豪奢な椅子があり、そこ座る男性と……
「あ、あ、あああぁん!」
……その上で腰を振りながら嬌声を上げる女性。
いわゆる男の上で腰を振っている状態。
「なんだこりゃ」
『…………』
思わず、突っ込むGTにモノクルもフォローのしようがない。
男性の方はGTに気付いたようだが、一向に行為を止める気配がない。それどころか自分から腰を振り始めた。
女性の方はさらに艶やかな声を上げている。
とりあえず今は話に応じてくれそうにないと、近づきながら左右に目を配ってみると、その左右どちらにもあられもない姿の女性達がいた。
アラビア風の衣装であるが、もっとわかりやすく言うならベリーダンス風と言っても良いだろう。
胸の谷間、へそ、二の腕が完全に露出しており全員が何だかトロンとした目つきだ。
人種も、体格も、スタイルも様々でその点においては差別がなさそうだ――胸の谷間があるべきところが真っ平らな女性もいるからその点でも差別はない。
パッと見では数え切れないほどの数ではあったが、十人以上二十人未満といったところだろう。
全員がしどけなく、絡まり合いながら横たわっている。
『ははぁ、
どこか暢気な口調で、モノクルが目の前の光景を的確に表現した。
「そんなことよりも、未帰還者ってこの女達か?」
『今すぐに確認は無理ですが、その蓋然性が高そうですね』
「つまり……ええと、拉致監禁? で、あれか」
男性と女性の行為はそろそろ終わろうとしていた。
「女が喜んでいる風に見えるな」
『しかし、心神喪失状態とも解釈できます――もっとも、この世界じゃ法整備が追いついてないんですが』
「嫌なら
『だから心神喪失状態が――』
「おいおい! バカ言ってンじゃねぇよ! 俺は女達を愛してるし、女達も俺を愛してるんだ!」
突然、男性が会話に割り込んできた。
どうやら行為は終わったらしい。
立ち上がっている男の足下に、女性が蹲っていた――その身体には申し訳程度の布がまとわりついている。
肝心な部分が上手い具合に隠れているのは、運が良いからか悪いからか。
GTはそんな様子を見て顔をしかめた。
「まず“それ”をしまえ」
男は全裸だったのだ。
~・~
男の髪の色はけばけばしい黄緑色。前髪の一部にショッキングピンクでメッシュが入っている。
原色を主体にしたカラーでフェイスペイントを施しており、人相がほとんど判別できない。
さらに全身にヘビ柄の入れ墨が施されており、何故それがわかるかというと僅かに纏った薄衣からそれが透けて見えるからだ。
下履きだけは、GTに指摘されたせいかちゃんと履いたらしく“それ”は隠されている。
「誰かは知らんが、俺の宮殿に良く来たな。俺はアガンだ」
出迎えの言葉と、自己紹介。
実に気安げであるが、それを女性の胸を弄びながら行うものだから、なんとも表情の選択に迷う。
ちなみに先ほど果ててしまった女性とはまた別の女性である。
そうやって呆れている間にも男――アガンはその女性の首筋をツーッと舐め上げていき、女性に嬌声をあげさせていた。
「俺はGT。勝手に入って悪かったな」
GTはそんな男の行動に、いちいち頓着するのを止めたようだ。
その方面の行為についてはオミットした上で、ごく普通に挨拶を返す。
「なに、気にするな」
GTの名前に反応する様子がない。
しかも何だか度量が大きそうだ。
『初めまして。こんな状態で失礼。私はモノクル』
モノクルも薔薇越しに挨拶をしてみると、アガンは鷹揚に頷いてそれを許した。
その間に、女性の太ももをまさぐっていたが。
『しかし、良い趣味でらっしゃいますね。砂漠の真ん中に空中庭園。女性達の衣装はアラビア風。サラディン、あるいはクライシュの鷹……』
「アッラフマーン一世か。いやいや俺はあんな英雄じゃねえよ。ただどうしようもない女好きってだけだ」
モノクルの言葉を遮って、アガンが謙遜の言葉というよりは自虐的な台詞を吐く。
その間にも腕の中の女性の身体をまさぐり続けているので、反省はしていないようだ。
「だけどまぁ、俺はこの世界にいる限りは、英雄じみた力を手にしていてな。この宮殿はその力に相応しいだけの入れ物ってわけだ」
『……英雄じみた力?』
「少なくとも、鉄砲の弾ぐらいは避けることが出来るさ。お前と同じだよGT」
突然の告白。
GTの右手が腰のホルスターに伸びる。
「いやいや、ちょっと待て。俺は正直なところお前とやり合う気はねぇんだ」
「……何?」
「そりゃ、お前がいきなりぶっ放してきたら俺も対応の仕方考えたけどよ。お前、割とちゃんとしてるじゃねえか」
「そ、そうか?」
いきなり褒められたことで、GTの気勢が殺がれた。
さらにアガンが畳みかける。
「クーンのバカについては許してやってくれ。あいつはもうそういう奴だから」
『アレは先に手を出したのは
モノクルが会話に加わってきた。
「それは仕方ないさ。あんたも雇われたんだし、お互いのことを知らなかった」
アガンはなおも譲ってみせる。
こちらとの会話に集中し始めたのか女性をまさぐる手が止まり、今度は女性の方がアガンの身体にまとわりつき始めた。
どう見ても無理矢理囚われているようには見えない。
「RAも、こっちの番人みたいなもんだからな。出会った頃に行き違いがあるのは良くあることだよな」
「その二人は、仲間なんだな?」
「ン? ああそうだ。俺は連中の仲間の一人だよ。それがわかってるからここに来たんじゃねぇのか?」
「それもあるが……このあたりに迷い込んだ奴等が現実に帰ってこないって話を聞いてな」
「それであんたが調査を? そりゃ、人の使い方間違ってるんじゃないか?」
「言ってやってくれ」
『こっちの人手は、RAさんにやられたんですよ』
同じ言い訳を繰り返すモノクル。
アガンはそれを聞くと、アヒャヒャヒャ、とアッパーに笑う。
「そりゃあ、悪かったなぁ。あいつもGTにコテンパンにやられて雰囲気変わっちまったから」
「……そうなのか?」
「ああ、今度会ったときにでも気付いてやってくれ」
どこまでも愉快そうに笑うアガン。
あの二人を知っているということは、確かに向こうの仲間なのだろうが、どうも仲間意識は薄いようだ。
その笑い声にしても、どこかクーンとRAをバカにしているような響きがある。
もっとも、クーンとRAの間にもそういう意識があるとも思えない。
名前だけは判明しているフォロン――その名を出すか否か。
迷っている内に、アガンがさらに話を続けた。
「で、迷い込んだ奴が帰ってこないって話は、残念だけど俺にはわからねぇよ。ここにいる女達にもそんなこと強制したことはないしな。俺達はお互いに楽しみ合ってるんだ」
そんなアガンの主張に女達は声こそあげなかったが、反対の言葉を紡ぎ出すこともなく、否定的な表情を浮かべることすらしなかった。
「…………」
無言でそんな女達の様子を眺めるGT。
何かを見定めているようにも思える真剣な眼差しだ。
「どうだ、好みのはいたか?」
「いや残念だ」
『ちょっと、GT!』
モノクルが慌てて割り込んでくるが、アガンはそれを無視した。
「中々粒ぞろいだと思うんだがなぁ。どうだ、一つ理想を言ってみてくれないか?」
「顔に関しては、ここにいる女達は全員美人だと思う」
GTは迷うことなく返事をする。
女達は、直球で褒められたことになるが、それに対して反応を示すことはなかった。
アガン以外の男に褒められても仕方がないということなのか、そもそもGTの言葉が届いていないのか。
「胸の大きさは、ぺったんこは正直嫌だな。かといって大きすぎるというのも嫌だ。バランスの良いプロポーションよりも、幾分か胸が大きめが良いな」
「ほうほう」
女の話になって、アガンの目の色が変わった。
相変わらず女性にまとわりつかれているが、まったく構う様子がない。
モノクルも沈黙を保ったままだ。
GTはさらに語り続ける。
「乳首の色は――」
「乳首の色? おいおい、見上げた野郎だな。確かにそこは重要だ」
アガンが乗り出してくる。
「ピンクが良いなんて話を良く聞くが俺はごめんだ。乳首の色はもっと濃いめがいい。やってる最中に女の身体が……ええとなんだ……蒸し上がって……」
一人語りを進めるGTだが、よりにもよってそんなところで言葉が出てこなくなってしまったらしい。
言葉を探して、宙に視線をさまよわせる。
『……もしかして“上気して”ですか?』
「そりゃ“上気して”だろ」
二人からフォローが入る。
GTは二人の言葉に大きく頷いて、さらに説明を続けた。
「そうそう、上気してうっすらと肌に汗が浮かんでくるだろ。その時に最高に映える色は、なんと言ってもそういう感じの色なんだ」
「なるほどな……良いこだわりだと思うぜ」
GTが紡ぎ出した言葉にアガンは熱心にうなずいてみせる。
「尻はなんと言っても逆ハート型に限る。キュっとしてないとな」
「それは同意だ。でもよ、大きいのは大きいので活用方法はあるぜ。後ろからやってるときの眺めなんか最高だ」
言いながら傍らの尻をもみしだくアガン。
そんなアガンにGTは鋭い眼差しを向けた。
「今は俺の好みを語ってるんだろうが」
「お、おお、そうだったな。すまんすまん」
その迫力に気圧されて思わずアガンは謝ってしまう。
「足は細すぎるのはダメだ。特に股に隙間が出来るようなのはごめんだね。あの間に手を突っ込んで、圧迫される感覚が良いんだ――そしてそれをこじ開ける感覚も」
「ふむぅ」
GTの主張が一段落付いたの見計らって、アガンが身を乗り出してくる。
「そこで相談だGT」
「相談?」
「お前の好みに、パーフェクトな理想の女を用意してやる」
アガンはそこで、ヒャハハハハハ、と挑発的な笑い声をあげた。
それを斜めに見つめながらGTはボルサリーノを被りなおす。
「それで?」
「俺達の仲間になれよGT。よく考えてみろ? 俺達に戦う理由なんか無いだろ? 楽しくやっていこうぜ」
思いがけない申し出と言うべきか。
――アガンの瞳が怪しく揺らめいていた。
◇◇ ◆◆ ◆◇ ◇◇ ◆◆
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