Bパート2 ED 次回予告
時計店はさほど高級店というわけではなく、かといって
デザイン、機能も多種多様でGTよりもむしろリュミスの方が熱心に商品を見て回ったほどである。
腕時計専門店というわけではなかったが、もちろん腕時計も用意されていて、GTが注目したのはその中でも、かなり無骨なデザインのものだった。
「それはちょっと、今の格好に合わないんじゃない?」
「そうですね~。もう少しスリムなものの方が良いように思いますね~」
リュミスの提案に、緩い感じの女性店員が乗っかってきた。
時計店の店員と言うよりは、時計工房から這い出てきた職人といった風情だ。
チェック柄のエプロンを身につけており、ここに時計を提供している職人が持ち回りで店番をしているのかも知れない。
「彼氏さんへプレゼントですか~」
と、乗っかるついでに爆弾を投下していった。
「ち、違います」
「あ、もしかして~リュミスさん? あたしファンなんです~」
「そ、それはどうもありがとう」
話が飛びまくる店員にペースを乱されまくるリュミス。
「おい、これはどれぐらい頑丈なんだ?」
そこに空気を読もうとしないGTが割り込んだ。
「それはですね~、象が踏んでも壊れない、という頑丈さを目指して作られました~」
店員も即座にそれに対応する。
解放されたリュミスは、もう巻き込まれまいとするかのように沈黙を決め込んでいる。
「これが一番頑丈なのか?」
――どうして頑丈さを一番の基準に据えるのよ。
と、突っ込みたい衝動を抑えているリュミスを尻目に、
「いえ~、他にもありますけどちょっとお高いので~」
「出してくれ」
躊躇無く答えるGTにリュミスは目を剥くが、
「いいですよ~」
と、店員はあっさりと答えると、店の奥へと引っ込んでいく。
その隙にリュミスがGTに詰め寄った。
「何で頑丈!?」
もはや言葉も惜しむリュミスに、
「どう考えても荒事に巻き込むことになるんだぞ。使うからには長く使いたいからな」
言われてみれば納得の理由だ。
「モノクルが提供してくるものなら、使い潰してもやるんだが」
「だけど腕時計を使い潰すっていうのも、あんまりないような気がするけど」
「まぁな。ただ、壊れやすい状況になる可能性はあるわけだしな」
「わかった。それは納得。ただ、やっぱりデザインがねぇ……」
なおも渋るリュミスの前に、
「お待たせしました~」
と、店員が戻ってきた。
「こちらが、当店で最高強度の腕時計になります~」
と、店員が開けたケースの中から現れたのは真っ黒、そして、薄く飾り気のないモデルだった。
ほぼブレスレットのような一体成形で作られているらしく、楕円形の文字盤にホロで長針と短針が浮かんでいる。
「これが……いちばん強度が高いの?」
さすがに疑問を感じたリュミスが尋ねる。
強度を裏付けている部分はと言えば、一体成形であるという部分ぐらい。
「これはですね~、これを制作した職人が、ごく少量、偶然に生み出せた堅い金属を加工して作られてまして~」
「時計作るのに、そんなに堅い金属が必要になるの?」
リュミスの疑問に、店員は緩い笑みを浮かべたまま、
「はい~。出来ることなら歯車を全部ダイヤモンドで作りたいぐらいですよ~」
と、今までとは微妙に違った口調で説明してくる。
「その点、この
「わかった。わかったわよ。何だかわからないけど、私が悪かったわ」
早速、撤退を決め込むリュミス。
「試して良いか?」
やはり二人のやりとりには気も止めず、GTが店員に告げると、
「どうぞどうぞ~」
と、これにはあっさりと応じる店員。
本当に、私のファンなのかしら、とリュミスは内心で呟きながらも時計をはめたGTへと視線を向けるリュミス。
一見では、左腕に黒いブレスレットをはめたようにみえるGT。
GTは左拳を握った状態で、文字盤を自分の方へと向けた。
そんな仕草によって強調されるスラリとした黒スーツのシルエット。
店内に差し込んでくる、柔らかな陽の光が照らし出すそんなGTの立ち姿はなかなか絵になっていた。
「よくお似合いですよ~」
店員が、そんなGTを称賛するが、それは仕事と言うよりも素直な感想に思えた。
「そうか。で、強度は間違いないんだな?」
しかし、GTはぶれない。
「はい~。強度計算はしてませんがダイヤモンドに匹敵すると言ってました~」
「じゃあ、これにするか。デザイン的にも問題ないんだろ?」
「……わかった」
突然にリュミスが呟く。
「立て替えるんじゃなくて、それ、プレゼントしてあげるわ。この前のホォードラーの件のお詫びとお礼をかねて」
「だからそれは……」
「私なりのケジメの付け方よ。ちょっと痛い目見ておこうと思って」
さばさばとした物言いに、GTも少しの躊躇いを残しながらではあったが、無言でうなずいた。
「わぁ、やっぱりプレゼントだったんですね~。では~、お会計はこちらに~」
店員ののんびりとした声に誘われて、レジへと向かったリュミスは――
――絶望を知った。
~・~
赤い。
何もかもが赤い。
――そして赤い。
ここに閉じこめられて、どれほどの時間が経過したのか――もちろん、それを簡単に悟らせるようでは監禁の意味がない。
自分を客観視する、頭の中の冷めた部分が、この状況を合理的だと判断する。
『――少し話をしましょうか』
シェブランが、ここに訪れる周期もきっとまちまちになっているはずだ。
『どうも、以前の申し出をあなたは誤解されているようなので』
「誤解? ウフフフ……僕を“仲間”にしてしまえば、情報が自動的に手に入る――そんなところでしょう」
『ああ……やはり誤解されていましたか』
リシャールは、シェブランのその言葉に驚き、次の言葉を待つ。
だが――シェブランの言葉はそこで途切れた。
誤解。
ただ、その言葉だけが頭の中で繰り返す。
誤解。
――何を?
他に出来ることもないので、ただただリシャールの思考は深く沈んでいく。
赤い。
赤い海の中で。
『“誤解”は解けましたか?』
唐突に、シェブランの声が響く。
「……解けるも何もありませんよ。僕を混乱させるだけの手法じゃないんですか?」
苛つきながらも、出来るだけ平静な声でリシャールは応じる。
シェブランがいつ接触を打ち切るのかわからないのだ。
言葉は出来るだけ自己完結させた方が良い。
『我々が、情報が欲しいがためだけにあなたを仲間に引き込みたがっている――それが誤解です』
「それは……」
返ってきた言葉に戸惑うリシャール。
『我々はあなたを恒久的な仲間にしたいんですよ』
「僕を? 公安に居場所もない、そしてこれからきっと免職になる僕を? 何のメリットが?」
『公安に、あなたの居場所はあります。というか、これから出来るのです。
それは、リシャールの思考の外からの奇襲だった。
情報を搾り取られて、そのままうち捨てられる。
それならば、この情報を対価に、たった一つの望みを達成しよう。
――そんな風にも考えていたのだが……
「な……に……」
リシャールの口から漏れだしたのは、どうしようもない疑問を呈する言葉。
言葉の意味を知りたいという、人間ならではの欲求がリシャールの理性を越えてしまった。
『経歴を調べさせて貰いましたが、あなたの能力はトップクラスです。ですが、無能な上司がそれを扱いかねている。矛盾しますが、公安で扱いきれないならば他部署に転属させる選択もあったはずです。ですが今のあなたは飼い殺し状態のままだ』
「…………」
『我々は、ある目的のために、いろんな場所に頼りになる仲間が欲しいんです。あなたは公安で我々の仲間になって欲しい。だからこそ、ここまで手間を掛けたんですよ』
「目……的?」
『それを聞いたら、もうあなたに選択肢は二つしかありませんよ。我々の仲間になるか――死ぬか』
唐突に放たれた最後通牒。
はぐらかされるのではなく、ここに来て突然事態が大きく動いた。
シェブランがそう決意した外的要因は何だ?
時間だろうか。
だが、その時間がわからない。
ここに来てから、それほどの時間が経過したのか。
外では何が起こっている?
そして
「聞か――せてくれ……」
囁くように、リシャールは呟いた。
そこに希望を見いだしたわけではない。
あるいはそこに死を見いだしたのかも知れない。
希望と死がイコールで結ばれる、あの感覚。
その懐かしい感覚に包まれる中、シェブランが“目的”を告げた。
――弾ける。
頭の中で。
脳の奥で。
そして、納得が心の中に降りてくる。
「ウフ、ウフフフフフ、アハハハハハハハハハハ……」
笑った。
笑わずにいられなかった。
なんと滑稽な。
そんなものに、自分は心を委ねていたのか。
だが――
「――そのお誘いは魅力的です。ですが僕も
滑稽であるが故に、ケリを付けねばならないこともある。
大きく事態は変わったが、結局のところ自分が望むことはただ一つ。
『……GTですね』
シェブランが、どこか疲れたように呟いた。
「ええ。GTと戦わせてください。GTが僕に勝てば、情報を提供しましょう」
即座に返事は返ってこない。
だが、リシャールはシェブランが去ったわけではないと確信していた。
ここでシェブランが引く理由――合理性がない。
『……わかりました。あなたにはそれが必要なのでしょう』
果たしてシェブランが、ため息と共にそれを了承した。
『重要な決意に必ず伴う“言い訳”が』
――かくして、二人の
◇◇◇ ◇ ◇ ◆◆◆◆◆◆◆ ◇◇ ◆
次回予告。
雨の日に出会った二人の男。
しかし、その出会いによって自らの運命をねじ曲げたのは、一人だけ。
だが捻れに捻れきった、運命の果てに、二人の男は再び対峙することとなった。
――互いの能力が拮抗するあの
次回、「
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