第23話「野獣《おとこ》の尊厳」
アバン OP Aパート1
爆撃を受けたかのように崩れたビルの群れ。
中には、穴を穿たれたかのような特殊な破壊を受けているものもある。
細部を見れば、銃撃の跡、焼け焦げの跡もそこかしこに発見できた。
第三者がこの光景を見れば、ゴーストタウンと判断するだろう。
何しろ、この街には人が誰もいない。
だがGTにとってこの街は、ある種の郷愁すら感じさせた。
最初に、クーン・ガルガンチュアと邂逅した
こういったビルの森が、GT――ジョージにとっては戦場だったのだ。
カツカツカツ……
靴音がビルの谷間に響く。
GTが向かう方向には、ビルの隙間から覗く朝日があった。
そして、その光の中に溶け込むような、真っ白なスーツを着た男がGTを待っている。
まるで自分の出で立ちを反転させたような、皮肉な姿。
持っている銃も――
――いや、これは俺が後から二つ持つようになったんだよな。
目深に被ったボルサリーノの下。
GTの口元に笑みが浮かぶ。
そして鏡写しのように白ずくめの男――RAも笑っていた。
◆◆◆ ◇ ◆◇◆◇◆◇ ◇◇◇◇◇ ◆◆◇◆ ◇◆◇
それは返答を聞くまでもない問いかけだった。
「やろう」
リシャール――RAからの申し出にGTは一も二もなくうなずいた。
半ば、というかほとんどこういう展開になるであろうと予測していたモノクルは、それでもため息をついた。
「……避けられませんか」
「無理なのは、お前もわかってるだろ」
定期連絡に訪れた、例の小部屋。
二人の男はどこか噛み合わない会話を続けていた。
当然リュミスもその場にはいるのだが、この雰囲気をどうにかしようにも、その糸口をつかめないままでいる。
自分はこの戦いに赴くことは出来ない。
それだけは理解できるが、問題は自分の心境だ。
危険だ、と主張しようにも戦う場所は
命を落とす可能性は無い。
GTがこれだけ
それなのに、何故モノクルはこんな態度なのか。
――
ゾクリ、と身体が震える。
この考え方は恐らく正しい。
で、あるならば
それでも連合の正式名称はあくまでO.O.E.である。
だが、それもまた事実を糊塗するための策略なのではないか。
リュミスの中で色々な推測と、不安と、期待とが綯い交ぜになっている。
「リュミス、銃を寄越せ」
そんなリュミスに、GTがニュッと右手を差し出してきた。
「あ、うん。やっぱり二丁無いと厳しそう?」
「厳しいな」
意外にも、と言うべきかGTは率直に認めた。
P-999をその手に乗せながら、それでもGTは負けることはないだろう、とリュミスは思う。
勘、ではなく感覚で。
リュミスは、GTの戦闘とジョージの戦闘と両方を目にしている。
だから思うのだ。
GTの戦い方にはまだ余裕がある、と。
言い換えれば、
だからRAがまだ余力を残していたとしても――結局はGTが勝つことになるのではないか。
「どうした?」
P-999をGTの掌に乗せたまま、その手を離そうとしないリュミスにGTは声を掛ける。
「あ、うん。何というか……いえ、何でもない」
手を離すリュミス。
それをしまうホルスターが装備の中にないGTは、いつも通りそれをストレージにしまう。
「場所は何処だ?」
もっとも優先順位が高いであろう質問を、今更繰り出すGT。
これにもモノクルはやはりため息をついて、
「……向こうの希望を叶えて、市街地です。もっともこちらには“篭”一派のような造成能力はありませんから、再利用になります」
「クーンとやり合った場所か」
即座にその場所を言い当てるGT。
「そうなりますね」
モノクルも、驚くことなく応じる。あの場所しか選択肢がないのだ。
「で、いつだ? これからか?」
と、GTは尋ねはしたが、そのつもりだからこそリュミスから銃を借りたのだろう。
「いえ……向こうは三時間みっちりやるつもりらしいので、明日です」
「ふん」
と鼻を鳴らすGT。
生意気だ、とでも言いたいのだろうが、それを否定しないのだから結局はRAを認めていることになる。
「GT」
そんなGTに、モノクルが意を決したように話しかける。
「何だ?」
「あなたの勝利を今更疑いはしませんが――出来れば余裕で勝ってください」
「あ?」
その要求は――当然なのか、異端なのか。
さすがにGTも即座に返事が出来ず――そして、結局何も言わなかった。
~・~
ゴドゥンッ!
互いに合図を送ったわけではない。
だが、銃撃を開始したタイミングはまったく同じだった。
今この瞬間、二人に唯一の共通した想いがあるとすればそれは、
「言葉はいらない」
という全くの事実だけだった。
ギンッ!
ブラックパンサーとラムファータ。
桁外れの威力持つ銃から放たれた銃弾が真正面からぶつかり合う。
一瞬の火花。
一瞬の衝撃音。
そして、伝播してくる空気の波。
その波に溶け込むようにして、身体を滲ませる黒と白。
銃弾を回避するためではない。
お互いの身体に至近距離から致命的な弾丸を食い込ませるため。
GTとRAは一瞬のうちにぶつかり合う。
上から振り下ろす形で左肘をぶつけようとするGT。
下からすくい上げる形で、右肘を叩き込もうとするRA。
お互いの意図に気付いた両者が、自らの攻撃を迎撃へと切り替えた。
ぶつかった肘と肘が拮抗する中で、銃を握りしめたお互いの利き手が跳ね上がり互いの眉間に狙いを付ける。
GTのエメラルドの瞳と、RAの黒の瞳がこの時初めて交錯した。
互いの瞳がいびつに歪む。
ゴドゥンッ!
お互いに撃たれてしまばかわすのも困難という状況の中、それでも二人は引き金を絞ることを優先させた。
二人の認識能力は、この距離であっても自分に迫り来る弾丸を知覚できる。
だが、そこから先の対処が違った。
GTは、右足を振り上げて曲げた肘を伸ばして身体を捻るようにそれをかわそうと試みる。
一方でRAは身体を丸め前転し、銃弾の下をくぐり抜けようとした。
つまりGTはかわそうとしたところに、RAの前進しようとする力でさらに押されることとなる。
お互いに銃弾をかわすことには成功したが、この差が、次の行動に移るときにタイムラグをもたらすこととなった。
ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!
前転し、さらに身体を開いたRAの右手にはシキョクが握られている。
世にも希なジャイロジェットピストル。
初速の遅いその銃弾が、体勢を崩したGTに襲いかかる。
遅ければかわせばいい――ということにはならない。
迫り来る銃弾は、謂わば小型のロケット砲弾。
ギリギリでかわして、攻撃に繋ごうとすればラムファータの追撃でその砲弾を爆破されてしまう。
選択すべき手段は、先に爆破させるか“かわす”という方法ではなく、この銃弾から“逃げる”
刹那の判断でGTは――
――逃げ出した。
それも音速に近い速度で。
なぜなら状況の不利を悟った以上に、心の位置を直す必要性を感じたからだ。
今、自分は追い込まれた。
それは何故か?
原因を探すとするなら、あるいはモノクルの言葉だったかも知れない。
「余裕で勝って欲しい」
その言葉が自分のスタイルに影響を与えた――いや、根本的な原因はRAを見下ろしていた自分の心持ちだろう。
実を言うと未だに負けるとは思っていない。
だが、それはこちらも本気になって戦った場合だ。
最初から軽くあしらうつもりでいては、RAに飲み込まれる。
――RAが放つ、剥き出しの殺意に。
「ウフフフフフ」
音速で
急制動を駆けるGT。
これほどの速度で実行したことはないが、GTの常套手段でもある。
急に止まれない相手は慣性で、体勢を崩す。
その隙に――
――隙に?
ほんのコンマ数秒で立て直してきたRA。
銃口が鎌首のように跳ね上がってくるところを、GTは無造作に払いのけた。
その後に、攻撃に繋げるのでも何でもなく、ただ邪魔者を打ち払うように。
だが、それだけにその手は何よりも早かった。
ゴゥンッ!
払いのけられたことを知覚し、RAの停止信号が左手人差し指に停止信号を送るも間に合わない。
ラムファータの銃口があらぬ方向を向いたまま火を噴いた。
元々、人間が打つようには出来ていない強力な銃だ。
払いのけられ体勢を崩された状態では、さすがのRAもその反動で、身体が横向きになる。
それでもその反動で、GTの正面に回った右手のシキョクを突きつけてきた。
「うるさい! 少し大人しくしてろ!!」
GTは一声吠えて、今度はRAの身体を下から蹴り上げる――蹴り上げようとした。
元々、初速の遅いジャイロジェットピストルによる攻撃になることを憂慮していたのだろう。
RAはバク転して、GTの攻撃をかわすことを優先させた。
もちろん、その勢いで左手のラムファータをGTに向けることも忘れない。
だが、空中に逃げるという愚かなことを選択したRAに掛ける情けをGTも持ち合わせてはいない。
右手のブラックパンサー。
左手のP-999。
二つを構えて、
ドンドンドンドンドンドンドンッ!
一斉射撃を行う。
ゴゥンゴゥンゴゥン!
弾倉に残された三発を迎撃のため連射するRA。
その迎撃で形成された弾幕の隙間に、身体を捻って滑り込む。
――着地。
ラムファータをリロードしながら、GTを……
「ウフフフフ」
その姿は消えていた。
~・~
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