Aパート2 アイキャッチ

 “余裕で勝ってくださいね”


 その言葉の意味がわかった。

 なるほど、あんな人でなしでも本気で心配はしてくれたらしい。


 カツン、とブラックパンサーのマガジンが滑り落ちる。


 ジャコン!


 わざと派手な音を立てて、マガジンを再装填。

 必要なのは、自分の立場を確認するための僅かな時間だけだ。


 ここは天国への階段EX-Tension


 ――死に近しい場所。


 そしてこの身体は、現実世界の分身体アバター


 意識しなければならない。


 いや、意識していたはずだ。

 この世界は“偽物”だと。


 “偽物”


 “偽物”である理由はきちんとあった。


 本気では戦えない。


 だが、今までだって偽物の戦い方で、やり合ってきたのだ。

 天国への階段にせものの中で、積み重ねてきた戦闘。


 それは間違いなく――


 ――本物だ!


 ゴゥンッ!


 ラムファータの吠え猛る音が響き、GTが隠れていたビルの影。

 その壁をえぐり取る。


 こそこそ隠れるのは性に合わない。

 GTはビルの影から飛び出して、RAの姿を探す。


 いない――


 ――が、そこで立ち止まってうろうろと視線をさまよわせる愚は犯さない。


 反射的に出現させたのは、左手のP-999。

 視線を向けることなく、その左腕を跳ね上げると、めくら撃ち。


 ドォォオオオオン!


 複数の爆発が、ひとかたまりになって襲いかかってくる。


 RAが懲りずに飛び上がって、上空からシキョクで攻撃してきたのだ。

 その迎撃に成功したGTは、今まで隠れていたビルの中に飛び込む。


 クーンの縄張りだったこの区画のビルが中身まで造ってあることは、記憶の中で確認済みだ。


 RAは飛び上がった。

 では、その着地地点はどこか?


 あいつの溢れすぎる殺意から考えると、高台に位置して上から撃ちまくる――という方法は選択しない。


 で、あれば着地地点は……


「ここだ!」


 GTは、先ほどまで自分が隠れていた路地に面するビルの壁面を内側から蹴り飛ばした。

 いや正確には蹴り抜いた、というべきか。


 GTはそれだけに留まらず、さらに続けて次々と壁を蹴り抜いていく。

 謂わば、ビルの外壁を散弾にして、RAが着地したと思われる場所を面制圧しようという試みだろう。


 基本的に張りぼてである天国への階段EX-Tensionならでは攻撃法だ。


 もっとも壊した端から破片はダメージエフェクトに包まれ消失するので、RAにダメージは通らないだろう。

 しかし目くらましにはなる。


 ホルスターから、今度はブラックパンサーを抜き放つ。


 RAがいるかどうかは確認しない。


 エフェクトで光に満ちる路地の中、“いる”と思われる場所に、


 ドドドドドドドドドドドドッ!


 一気に銃弾を叩き込む。


 滑り落ちるマガジン。左にP-999。

 これもまた撃てるだけ撃ち尽くし――


 ゴゥンッ!


 反撃が来た。


 打ち込んだ位置に間違いはないようだ。

 なぜなら、ラムファータの狙いが無茶苦茶だからだ。


 恐らくはエフェクトの中を突き抜けてきた銃弾を、見てから無理矢理かわしていたのだろう。

 それぐらいはするはずだ。


 だが、いくら何でもその後に有効な攻撃は出来ない。


 ブラックパンサーのマガジン交換。


 エフェクトが風に散っていくように消えていく中、白スーツが浮かび上がっていく。


 さすがに全てはかわしきれなかったのか、そのあちこちにかぎ裂きのような破れが見えた。

 RAのスーツもGTと同じく特別製らしい。


「何の……つもりですか?」


 RAから声が掛けられた。

 この空白の時間を不審に思ったのだろう。


「俺の中で仕切り直しだ。RA」


 GTは歯を剥き出しにて笑った。


「お前なんかに――俺は本気にならない」


 ゴゥンッ!


 ラムファータが吠える。

 それを僅かに身体を傾けるだけでかわすGT。


 確かに、それがいつものGTだ。


 無理に倒そうとはせず、相手をあざ笑うようにしながら、敵の弾をかわし、弄んでとどめを刺す。


 だが、RAにはそんなGTの流儀を否定するだけの力量が確かにあった。


 ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!


 右手のシキョクから、銃弾が放たれる。


 ただしその狙いはGTではない。

 GTの頭上、天井付近。

 先ほどの構造物散弾に対する意趣返しだろう。


 たとえ、これで天井が崩れてきたとしても、それが瓦礫となってGTに覆い被さることはない。

 だが、それでもエフェクトが目くらましになる。


 ドォオオオオオオ……ン……


 頭上で爆発が起こる。


 だが、それに巻き込まれるところまでGTは律儀に付き合うつもりはない。

 一瞬でビルから脱出すると、そのままジャンプ。


 自分とRAとが破壊したビルの屋上に、トンと着地する。


 RAの趣味に付き合ってはいられない。上から一方的に銃撃を加えることに、GTは何のためらいも感じなかった。

 だが――やはり相手はRAだ。


 ゴゥンッ! ビシュッ!


 こちらの姿は見えていないはずなのに、左手右手の銃をぶっ放している。

 路地から出てきてはいない。


 一体、何をしているのか……

 そんな疑問は、すぐに解消されることとなった。


 何しろ、足下が傾き始めたのだから。


 とりあえず退避――としても、傾きにあわせてジャンプすればその後、ビルの倒壊が連鎖する可能性が高い。

 そうなると、さらなる不自由に巻き込まれることになる。


 GTはボルサリーノを押さえて、傾きに逆らう形で屋上を駆け上がると、ジャンプした。


 ゴゥンッ! ゴゥンッ!


 それを見越していたのか、下から銃撃が来る。

 クルリと回転して、その銃弾の軌道を見切ったGTはブラックパンサーで、一つを迎撃、さらには続けて二発を撃って、さらに回転して隣のビルへ。


 ビシュッ!


 ジャイロジェットピストルの銃声が聞こえる。


「げ」


 思わず、漏れてしまう呻き声。


 ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!


 RAの目論見は明白だ。


 GTが足場にしているビルを、ドンドン倒壊させていくつもりなのだろう。

 壊してみてわかったが、このビルはいわゆる一体成形で作られてはいない。


 いくつかのパーツを組み上げて、形作られている。中身も作られているのだから当たり前といえば当たり前の話だが、このこだわりのおかげで、ビルを足場にすることを選択してしまったGTの今の状況は極めて不利だ。


 不利だがしかし――


 ここで、降りてしまうのも負けた気分になる。


「どうせ“嘘”の世界だ」


 徹底的に意地を張ってやる。


 ドォオオオオオンッ!


 案の定、足下から爆発音。


 通常なら、ここで新しいビルへ足場を求めるところなのだろうが、GTは今まさに倒壊して隣のビルと衝突しそうになっている、先ほどまで自分がいたビルへと飛んだ。


 不安定な足場だが、さすがにこれならRAもそれ以上はつぶせない。


 GTは倒れ行くビルの壁面に音もなく着地して、あらぬ方向へと視線を向けているRAのボーラーハットを照星の中に捉えた。


 ドォンッ!


 その銃声に反応してから振り向いては間に合わない。


 だが、RAは振り向かずにその姿を白い軌跡へと滲ませた。

 GTもまた、黒い軌跡を描きながらビルの上を飛び跳ねていく。


 白と黒の軌跡は、このゴーストタウンを縦横無尽に駆けめぐり、


 ――銃声を交差させ、

 ――銃弾を響かせて、


 数多のビルを突き崩し、ゴーストタウンを本物の廃墟に変えながら二人の戦いは続く。

 超人二人による、戦闘の余波はクーンの遺産とも言うべきこの区画を破壊と混沌のるつぼに放り込んだ。


 黒と白の軌跡は、出会った頃のように交差したりはしない。


 一定の距離を保ったまま、お互いに攻撃を行い続ける。


 狙うのは互いに、必殺の一撃。

 かわすのは、損なえば即座に命を奪われる致命の一撃。


 RAのボーラハットは、十の穴を開けられて吹き飛ばされた。

 GTのボルサリーノは爆風に細切れにされた。


 それでも、男達は戦いをやめない。


 刹那の勝機を見いだすために、永遠とも思える戦いの時に没頭していく。


 そして、その戦いが天国への階段EX-Tensionのシステムに働きかけたのか。

 あるいは二人の過去がシステムに干渉したのか。


 廃墟と化したこの街に、雨が降り注ぐ。


 ――二人が出会ったあの日のように。


◆          ◇◆          ◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る