アイキャッチ Bパート1

◇◇◇◇◇    ◆◇    ◆◆◆◆◆


 激しい雨ではなかった。


 雨粒が輪舞ロンドを踊っているような、そんな優しい雨が黒と白とに降り注ぐ。


 しかし天国への階段EX-TensionでのGTの銀髪は所詮作り物。

 いくら雨に濡れても、その色は変化することなくその先端から銀の滴を垂らす。

 RAの黒髪は、さらに深さを増して、その黒い眼差しに陰を落とした。


 雨が降り始めて間もなく、二人は足を止めている。


 二人が全力で移動すると、この状況ではハイドロプレーニング現象が容易に発生して、まともに移動も出来ない――というよりも、巨大すぎる隙が発生するからだ。


 シャコン!


 GTがRAを目に前にして、余裕を持ってマガジン交換する。


 そのRAは崩れた瓦礫に腰を下ろして、ラムファータとシキョクをダランとぶら下げた姿勢で、佇んでいた。

 ただ、その視線だけはGTから外さない。


 左手のラムファータからは、蒸気が立ち上っている。

 先ほどまで足を止めて、撃つ避けるの銃撃戦を行っていたから、銃身が熱を帯びているのだ。


 今は、偶然に訪れた小休止。


 いくら仮初めの分身体アバターとはいえ、一時間以上戦い続けていれば、お互いに息も切れる。

 筋肉も疲労を覚える。


「……見ろよ、この有様。ひどいもんだ」


 チャンバーをスライドさせながら、GTが話しかけた。


 確かに、二人の周囲のビルは軒並み倒壊し、無惨な瓦礫と慣れ果てていた。

 天国への階段EX-Tensionでは、現実世界のようないかにもな瓦礫は残らないが、無造作にブロックを放り投げたような状態になる。


 だが、それだけに人の営みが何もかもリセットされたかのような、虚無感がそこにはあった。


「……ひどいのはあなたですよ、ジョージ・譚。何人殺してきたんですか? 公式に発表されているものとは桁が違うでしょう?」


 現実世界の名前で呼びかけるRA。

 天国への階段EX-Tensionではマナー違反だが、今更この二人の間にマナーも何もないだろう。


 嘘の世界のこととはいえ、殺し合いを――それも何度も何度も――繰り広げてきたのだ。


「覚えてないな」


 何事もなく答える、GT。


「ウフフフ……そう。そうでなくてはね。僕があなたと最初に出会ったのは、この天国への階段EX-Tensionじゃないんです。あなたが惑星ナクラでマウリッツを殺した後のことなんですよ」

「そいつは覚えてるな。割と早めに殺したはずだが――お前はその頃から公安にいたのか?」


 期せずして始まった、やりとり。

 恐らくはこれが最後のチャンスだと、お互いが了承しているのだろう。


「いましたよ。まだ新人と言っても良い頃ですが。あなたに関わってから、ずっと窓際族です」


 その言葉に、GTは首を捻る。


「珍しいな」

「何がです?」

「俺は、邪魔した奴らは全員殺したはずだがな」


 ――ドクン。



 一際高く、RAの心臓が鼓動を鼓動を打った。


「……あなたは復讐を終えた後も、身を隠していますが――それは何故?」


 震える声で、RAがGTの疑問を無視して尋ねた。


公安おまえらでも連合でも、きちんとガリキュラーに報復できるなら、俺はそれでも良かったんだ。だけどお前らは何もしなかった。だから自分でやった。その後に、どうして何もしなかった連中に俺を評価されなければならないんだ? 寸法が合ってない。とはいえ、さすがに連合全部を殺して回るのも面倒だしな。結果、身を隠してのたれ死ぬのを待った方が、楽だし筋は通っている」


「ウフフフ……思わず、うなずきそうになりますが――人類社会に遍く敷かれた法には従わないんですか?」

「法?」


 GTは鼻で笑う。


「そんなものは俺の敵だ。邪魔になったことはあるが、役に立ったことはねぇ。そうだな――お決まりの文句を言ってやる。『みんな社会が悪いんだ』」


 今度はRAが苦笑を浮かべる。


「だから俺は、自分の力でやれることをやっただけだ。たまたま“人殺し”が一番得意だったのは運が良かったな」

「……実に迷惑な特技です。ウフフフフ……」


 RAの笑い声が、段々としぼんでいく。


「GT、それは強者の理論ですよ。そして強者が優先される社会では、強者が出来ないことは何も出来ない、そんな発育不全な社会になってしまう。だからこそ法で秩序を構築し、それぞれの人間の個性が発揮できる社会を作るべきなんですよ」

「……その法の執行を保証するのは、なんなんだ?」


 即座のGTの切り返し。


 結局のところ、管理されているか、管理されていないかの違いがあるだけで、人類が“社会”を構築してのち、その法の背景にあったのはどんな時でも、暴力装置でしかない。

 刑罰も、言葉を換えれば、拉致、監禁――そして殺人だ。


 その中で秩序の維持を唱えても、それは強者の否定にならない。

 むしろ圧倒的な、強者の肯定だ。


 しかも今の連合は、その管理システムにさえガタが来ている。

 もはや公安の活動に見いだすべき秩序はない。

 フォロンの作り出したシステムも、モノクルから話を聞かされた後だと何ともちっぽけだ。


 ――だが。


 そこはもはや問題ではないのだ。


 自分のこだわりは、やはりGT――ジョージ・譚。

 あの日、“死”そのものだった、あの姿を。


 希望を……


 ゆらり……


 とRAが立ち上がる。


 その黒い瞳はさらに深さを増し、まるで深淵へと続く“穴”のようにGTを吸い込もうとしていた。


「では、GT。どちらが強者なのかを決めましょうか。強者の論理がまかり通る、野生の獣のように」

「……そうだな」

 小休止は終わった。

 ここから先、言葉が用いられるのは勝敗が決して後だろう。

 GTのブラックパンサーが鎌首をもたげ――


 ズシンッ


 RAが爪先で瓦礫をひっくり返す。

 何事かと、今までの流れで思わず攻撃を躊躇してしまうGT。


 その隙に、RAは“雨に濡れていない”瓦礫に足を乗せると、一気に跳躍して姿をくらませてしまった。


「…………あ?」


 降り注ぐ雨が、一人残されたGTをただ濡らしてゆく。


               ~・~


 RAは気付いていた。


 GTがジョージ・譚ではないことに。


 今まで戦ってきた相手は、あくまで“GT”だ。


 だが、自分が|会い(殺され)たいのは、あくまでジョージ・譚。

 ジョージがGTとしてしか戦わないつもりであるなら――野獣に戻る前に、人の知恵で“GT”を“ジョージ・譚”に戻さなければならない。


 ギギ……


 天国への階段EX-Tensionで罠を仕掛けるのは、まったく一苦労だ。


 過ぎたダメージは、素材そのものを消滅させてしまう。

 だから、ある程度の加工が効くという共通認識されている、素材――例えば鉄骨など――を曲げて舞台を整えていく。


 上手くいくかどうかは全くの賭けだ。


 このまま自分は“GT”に無惨に殺されるかも知れない。

 その時は、情報を渡すだけ渡して、さっさと本当に死んでしまおう。


 モノクルの言葉も何も関係ない。


 ここで“復讐”を果たすことが出来なければ、どちらにしても自分は先に進めないのだから。

 この胸の奥に、虚無を抱えたままでは――


           ~・~


 GTの耳にも妙な音が聞こえていた。

 もちろん、それに作為を見出せないほどに鈍くもない。


(罠……)


 だとしても、それを正面から突き破るのがGT流だろう。

 むしろ、罠が完成するまで待ってやろうかという気分にもなる。


 それ以前に、RAが何処にいるのかわからないわけだが。


 GTは右手にブラックパンサーを掲げ、左手にP-999をぶら下げて進んでいく。


 RAが見えたら、ブラックパンサーをぶち込む。

 遅いジャイロジェットピストルの銃弾はP-999で迎撃する。


 その心づもりで、雨の中を慎重な足取りで進んでいくGT。

 雨の勢いは増すことはないが止む気配もない。


 しとしとしとしとと、絶え間なく、ただ降り注いでいる。


 GTの足音は――響かない。


 相手の姿を見失ったことで、知らないうちに高まった緊張がGTの行動を暗殺者のそれへと変化させていた。

 雨音の中に自分の気配も紛れ込ませるように、GTは自らの殺気を抑えて音のした方向へと近づいていく。


 だが、物陰に潜んで進むようなことはしない。


 RAの持つのラムファータの威力であれば、壁越しにでも撃たれる可能性がある。

 それなら、身を隠さずに自分の視界を確保したままで、近づいていった方が良い。


 ジョージ・譚とGT。


 その二人の境目を歩くようにして、道の真ん中を突き進んでいく。


 音のする方向は、僅かに右の方向。

 もちろん、そこに何があったかは覚えていないし、どうせ破壊しきった後だろうから覚えていても意味はない。

 そこで、RAは何を意図し、どんな罠を築こうとしているのか――


 ゴゥンッ!


 響くラムファータの銃声。

 だが、GTは慌てない。


 その視界に、迫り来る銃弾が現れなかったからだ。


 恐らくは自分の位置を知らしめるための一発。

 あるいは準備が出来たことを知らせるための一発。


 全力を持ってその場に駆けつけたいところだが、フルパワーは使えない。

 周囲には、音のした方向を見下ろせるような、高い建造物は一つも残っていない。


(まさかそれを見越して、壊しまくってたわけじゃないだろうな……)


 と、胸の内で苦笑を浮かべるGT。


 限りなく選択肢が少ない状況に、僅かな苛立ちも感じる。


 そんな想いを抱えながら銃声の方向に進むこと、100m程だろうか。

 瓦礫の山の陰に隠れて今まで見えなかった光景が見えてきた。


 鉄骨が、あちらこちらに曲げられ捻られた、前衛芸術のようなオブジェ。

 その中心に、RAが肩を落とした状態で佇んでいる。


「……仕掛けは粒々か、RA」

「ええ。あなたが“GT”なら、ここは正面突破でしょう」

「けっ」


 気付いていたか、とGTは胸の中で舌打ちする。


 となれば、このあからさまな罠の意味は――


 ――ままよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る