アイキャッチ Bパート1

◇◇◇◆◇ ◆◇◆◆◆ ◆◆◆◆◇ ◇◆◆◆◆


 ローダンの商魂は見上げたくなるほどにたくましかった。


 「APPLE DICE」のPV撮影セットを移築することについては、二人とも乗り気になった――というかならざるを得なかった。

 あのセットは使うあてもないまま放置していたものである。

 それで幾らかでも利益を上げることが出来るなら、元々ギリギリ黒字の現状では“受ける”方向に天秤は傾かざるを得ない。


 ローダンがたくましかったのはそこから先で、


「で、ライブはどういう段取りで行いましょう?」

「ライブ?」

「リュミスさん。これは謂わばタイアップですよ。タイアップでそれを盛り上げるためのプロモーション活動しないなんてあり得ないでしょう、どうも」


 断言されると、そういうものかと納得しそうになるから不思議だ。

 しかも、その話に乗っかると「APPLE DICE」を披露するしかなくなる。


 ローダンが去った後に、それに気付いたリュミスは頭を抱えた。

 他の曲との調和が取りにくいことは、すでにジョージが指摘している。


 それに加えて、ライブで歌うためには音響が――


「まぁ、少し安心できたな」


 そんなリュミスの悩みを逆なでするかのように、GTが呟いた。


「何が?」

「いくらモノクルでも、あの欲までは計算できねぇだろ。だから、ここに招待されたのも偶然」


 リュミスはその指摘に苦笑を浮かべる。


「……そうね。そこは安心できたけど、代わりにとんでもない苦労を……」

「ローダンに丸投げすればいいだろ」

「え?」


「ここで歌わせたいのは奴なんだ。徹底的に要求しろ。どっちにしろあの曲はいずれライブで歌わなきゃならないだろ? それなら全部向こう持ちになるこのチャンスに確かめられることは、全部確かめればいい」

「……いいのかしら?」


「今回は会場ハコの持ち主の方が立場が弱い。ごちゃごちゃ言われたら『じゃあ、やめる』で話が済む。こっちの懐は痛まない。セット展示の企画をして、お前を呼べなくて恥をかくのはローダンの方だ」


 断言するGTを見ながら、テーブルに上半身を突っ伏すリュミス。

 その表情には濃い疲労が浮かんでいる。


「その金銭感覚がめつさが、もう少し前に欲しかった……」

「それは何とかなったんだから、もういいじゃねぇか。しつこいぞ、お前」


 堂々と開き直るGTを半目で睨むリュミス。

 やがてリュミスは突っ伏した姿勢のまま、GTからそっぽを向くように顔の向きを変えた。


「……香藍さんのお世話になった方が良い?」


 そして唐突に尋ねてくる。

 GTはその問いかけにすぐには応じずに、ボルサリーノを目深に被りなおして、


「モノクルに何か聞いたか」

「聞きはした。でもそれは確認のため。前に私の周りの環境が変化しているって言われて、この前ホォードラーに降りたことを思い出したの」

「……ロブスター食べるまでに時間は掛かったな」


 GTが投げやりに呟いた。


「……ごめん」


 リュミスも小さな声で呟く。

 GTはその声には即座に応じなかった。

 微動だにせず、焦点を合わせぬままにあらぬ方向を見つめ続けていたが、やがて口を開く。


「――復讐っていうのは、あんまり良くない行為みたいに言われてるがな、結局なんだ――やらないとケリが付かないないというか」


 リュミスが首を回して、GTに視線を向ける。


「復讐しても何も得るものがない、とか言う文句もよく聞くよな。だけど、そこはあんまり問題じゃなくて、復讐は新しいことを始めるための整理作業なんだよな」


 視線を向けたリュミスの眉が寄っていく。

 GTの話がどこに向かうのか訝しんでいるのだろう。


「だから、お前も今新しい事を始めている最中なんだ。ちょっと前後してるけどな。それなら色々不具合が起きるのも当たり前だろ。だから……あんまり気にするな」


 リュミスの目が見開かれる。

 GTはそんなリュミスに目を向けることもなく、相変わらずあらぬ方向を向いたままだ。


 結局、二人の視線は交差することなく数分が過ぎ、やがてリュミスが笑いを含んだ声で混ぜっ返す。


「――復讐した後に、何にもしなくなった人に言われても」

「してるだろ」

「そりゃあ、確かに“篭”とはやり合ってるけど」

「そっちじゃなくて、ほらお前の手伝い」

「え?」

「実を言うと、アレは結構楽しい――その点は、お前に感謝だな」


 リュミスは再び黙り込む。

 さらに、再びグルンと首を回してそっぽを向く。


 ただ、その耳が真っ赤に染まっていた。


                ~・~


 とにかくライブをする可能性があるなら下見でもしておくか、という最大公約数的な妥協点を見いだして二人は行動を開始した。

 そもそも、この遊園地にライブを行えるような場所があるのか、これから作るつもりなのか。


 その点も見極めなければならない。


 そのついでに遊具の安全性、集客率などを見極めていっているのは、もはや職業病と言っても良いだろう。


「……あの辺でやるつもりかな」


 GTが目を向けたのは、観覧車前に設えられた花壇辺り。

 多少手狭だが、花壇もステージ設営に巻き込めばスペースも確保できる。


 ただ客をどう整理して、どのように安全にライブを行うのかという見通しは入口出口が設定しにくい分、難しそうだ。

 それも工夫次第であるのかも知れないが――


「イベントホール的なものを、作るつもりはないのかしら」


 リュミスの不満混じりの呟きが、事の面倒さを端的に現している。


「それ、要求すればいいだろ」

「いくら何でも……」


 リュミスが微妙な表情を浮かべる。


「そうか? どっちにしてもこの有様じゃ、遊具頼りでここの経営回すのも無理そうだし。お前に限らず、他の歌手を呼ぶ可能性を考えれば、作っておいて損はないだろ」


 確かに、ジェットコースター、観覧車に限らず、遊具の乗客率はかなり悪い。

 そうなれば他の手段を模索する可能性もあるだろう。


「最初にお前が歌うとなれば、そのホールにも箔が付くしな」

「なるほど……じゃあ、一度提案してみましょうか」


 そうなると、そのホールの設置場所も含めて提案した方が良い。

 だが、そのためには――


「……そもそもセットを持ってくるとして、何処に置くんだ?」

「わかった――あまりにも情報が不足してるわね。これは下見よりも何よりも、もう一回ローダンに会わなくちゃ」


 その自分の言葉に釣られるように、リュミスが周囲を見渡す。


 そして気付いた。


 男女の二人連れが異常なほど多いことに。


 いわゆるデート中のカップルが多い――多すぎる。

 遊具で遊ぶという選択肢が減っている分、純粋に遊びに来た、という入場者は減り、浮かれた気分だけを味わいたいという非日常の空間を求めるカップル達が……


 ――などと分析をしている場合ではない。


 問題は、自分たちもその“カップル”に見えると言うことだ。


天国への階段EX-Tensionで、人に会うにはどうすれば良いんだ? あ、ここが一体型の施設なら、呼び出しを――どうした?」


 リュミスのただならぬ様子に、GTの右手が腰のホルスターに伸びる。

 敵、というだけでなく、また遊具の不具合に気付いたのかも知れない、という危惧もあったのだろう。


「だ、大丈夫。え、ええとローダンに連絡を取る方法よね。スタッフが多分連絡方法を知ってると思うけど……」

「ということは、入場ゲートか。考えると、あのタイミングであいつが姿を消した意味がわかんねぇぞ。何かやらかしてから事後報告でもするつもりか」


 GTはそう言うと、リュミスの腕を取ってゲートへと逆送していった。


「ちょ、ちょっと」

「お前の知識がないと、連絡が付いても良いようにあしらわれるかも知れないだろ。さっさと歩け」


 そのまま引きづられるのもシャクなので、リュミスも足の回転数を上げて、GTの横に並んだ。

 リュミスの頭の中では、一つの言葉が何度も繰り返されている。


(これは仕事。これは仕事。これは仕事……)


 ――今のリュミスには言い訳が必要だった。


            ~・~


 結局のところ、ローダンが去ったのは接続限界時間が来たからということが判明した。

 そもそも二人が接続した時間に、ローダンが接続していたという幸運があったことを失念していたのである。


「……しかしまぁ、現実でも悪巧みは出来るし、この状況を利用するぐらいのあざとさはあるだろう」


 ローダンの現状を理解したGTが言い訳じみた反応を示す。


「かといって、現実で追いかけるわけにも行かないし。そもそもローダンの現実リアルを知らないわ」

「では、天国への階段EX-Tensionで出来ることをやろう。何しろ遊ばなくちゃならんのだからな」


「遊んで、ローダンを牽制する? わざと事故起こしたりとかはダメよ。そんなの私の理想の天国への階段EX-Tensionじゃないわ」

「……よくそんな酷いこと思いつけるな」

「――しないわよ」


「何でそっち方向に話が展開するんだ」

「酷いことと、あなたがイコールで結ばれているから」


 何のためらいもなく、言い切ったリュミスをエメラルドの瞳でまじまじと見つめるGT。


「――完璧な理屈に思える」

「そこは人として否定して――で、これから先どうするかなんだけど……」


 入場ゲートまで戻ってきて、改めて周囲を見渡してみる。

 さすがに遊園地の玄関口だけあって、真っ直ぐな大通り以外は、この辺りに開けたスペースはない。

 それどころか、各種店舗が軒を並べていて以前より手狭になったようにも思える。


 入場しなければ、こういった店に興味を抱いても入ることが出来ない。

 じゃあ、入るのをやめるか、と考えるほどここの入園料は高くもないのである。


 そして、入園してしまえば店だけ覗いて帰る、という固い意志を貫いてもあまり意味はない。

 結果、園内でも金を落とす――というような効果を狙っているのだろう。


 そんな店舗の中、一軒のディスプレイに、ふとリュミスの目が止まる。


「そういえば……あなたは、そういう格好をしておいて時計はしてないのね」

「時計?」


 リュミスの視線をたどり、GTはそこに時計店を見いだした。


「……別に必要ないだろ。三時間しかいられないんだし」

「そういう事じゃなくて、身だしなみの問題よ。女はほら。色々アクセサリーを身につけることも出来るけど、男はそうもいかないでしょ。だから男は腕時計とカフスボタンで、さりげなくアピールするの」


 リュミスの説明に、思わずまじまじとその顔を見つめてしまうGT。


「そ、そんなものか?」

「なるほど。その方面の知識はないわけね。良い機会だから選んできたら。カフスボタンは時計に合わせて、また別の機会を見つけても良いし」

「…………」


 その提案に、黙り込んでしまうGT。

 提案を頭から拒否しているわけではないようだが、何とも微妙な表情を浮かべている。


「何?」

「金がない」

「は?」


 GTには、十分な報酬を支払っている自信があるリュミスである。

 その告白を素直に受け入れるわけにはいかなかった。


「い、いや、正確に言うと貰った金を天国への階段EX-Tensionで使う方法がわからない。だから、今も最初の分しか持ってない。これじゃあ、時計は買えないだろ?」


 リュミスの剣幕に押されるように、GTが説明を付け加えた。

 情けない話ではあるが、それに納得できてしまうリュミス。

 こうなれば、選択肢は一つしか残されていない。


「仕方ない。私が立て替えておくわ」

「いいのか?」

「まぁ、遊べって言われてるしね。買い物で時間潰すのは割と有意義な方に入ると思うし」


「そう……だよな」

「ちゃんと返すのよ」

「そこは信頼してくれ」


 ヌケヌケと言い返すGTを睨みながらも、二人は時計店へと向かった。


            ~・~

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