アイキャッチ Bパート1

◇◇◇ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆


 嫌なものには、まず銃弾。

 言うこと聞かせるため必要なものは、銃弾。


 それが生活信条なのではないかと誤解されがちなGTのとっさの行動は――


 ガガガガンッ!


 迫り来るスフィンクスの足に銃弾を叩き込むことだった。


 無駄に思えたが、ブラックパンサーのパワーは見事に巨獣の必殺の一撃の軌道をそらすことに成功した。

 その僅かばかりの成功が、GTに普段の対処を思い起こさせたらしい。


 タッ!


 エトワールの身体を抱えて、サンドホバーから飛び降りた。


 それたとはいえ、巨獣の爪はほとんど変わらぬ軌道で振り下ろされている。

 果たして、その一撃でサンドホバーはエフェクトと共に消失した。


 ここまでは、納得の光景。


 だが、至近にスフィンクスの足を見ることとなったGTは、そこで納得できない光景を目にすることとなる。


 スフィンクスの右前足。

 GTは確かにそこに銃弾を撃ち込んだ。


 だからダメージを受けているのはわかる。


 だが――血を吹き出しているのは何故だ?


 ここは現実ではない。一定以上のダメージを受けた物体は消失するはずだ。

 巨獣には消失させる程のダメージが通らなかったから消失しなかった。


 そこまでは良いとして、何故血を流す?


 そんな風に一瞬ではあるが、GTがその光景に目を奪われたこと。


 エトワールがスフィンクス出現のショックから立ち直れないままだったこと。


 原因は恐らくこの二つだったのだろう。


 消失するサンドホバーから飛び降りることには成功したGTだったが、そのまま綺麗に着地とはいかなかった。


 エトワールを庇って背中から落下。ゴロゴロと転がり続ける内に、その手を離してしまったのだ。


 だとしても、そこは柔らかい砂地の上。

 肉体的なダメージがそれで増加するわけではない。


 問題なのは、バラバラになってしまったということだ。

 GTの庇護から外れてしまったエトワール。


 そしてダメージは軽微とはいえ、激しく揺すぶられた三半規管。

 エトワールはすぐには立てない。


 巨獣がそのエトワールに襲いかかる。


「く……!」


 エトワールが何とか移動しようと試みるが、上手くいかない。

 スフィンクスはそんなエトワールを巨大な口に咥えると、そのまま砂漠の果てへと駆けだしていってしまった。


「な……!」


 驚きに目を見開くGT。


 予想外の行動ではあるが――それは今までの自分の予想が間違っていたというだけの話だ。

 そうと気付いたGTはボルサリーノを押さえて立ち上がると、全速力でスフィンクスの後を追った。


 全力で振るわれるGTの脚力が砂の海を割る。


                      ~・~


 スフィンクスは「人を喰う」という伝承も背負っている幻獣である。


 「天国への階段EX-Tension」経験の長いエトワールではあるが、さすがに“何かに喰われる”という経験はなかった。

 そもそも、こんな「天国への階段EX-Tension」に巨獣を作り出した人間が居ない。


 自分の陥った状況に気付いたエトワールは、反射的に身をよじった。


 このまま巨獣に嚥下されてしまうのは、どう考えてもゾッとしない。

 そんな経験をしたいとも思わない。


 だが、スフィンクスはその歯でエトワールを噛み砕こうとはしていないようだった。

 エトワールの身体を咥えたまま、ひたすらに走っている。


(これは……?)


 コントロールされていない獣のすることではない。

 要するに自分は囮の役目を果たすことは出来たらしい、と一応前向きに考えておく。


 だが、その後の目論見――GTが側にいるから安心――が見事に外れているわけだが。


「よっ」


 兎にも角にも、このまま甘噛みされている趣味はない。

 そういう趣味にも目覚めたくない。


 少し抵抗はあったが、自分を捕らえるスフィンクスの歯に手を掛ける。

 そのまま思いっきり力を込める――が、それは何の変化ももたらさなかった。


「な、なんて化け物――」


 この世界で授かったパワーには自信があった。

 だが、それもこんな巨獣相手にはほとんど意味をなさないと言うことか。


 次に思いついたのは腰の剣を使うことだが、これはただのファッションで吊しているだけだ。

 実際には、ただの棒、と大差はない。


 ならば選択すべきは当然、スナイパーライフルだ。

 現状に適した武器とは言い難いが――


 ――その時、先ほどの光景がエトワールの脳裏に閃光のように瞬いた。


 GTは確かにこのスフィンクスの足を撃った。

 撃ったがしかし、それはほとんど功を為さず、しかも流血?


 そんなこと、あり得るはずがない。


 エトワールはライフルを装備した。

 出現するのはデフォルトで右手側。

 幸か不幸か、その右手側はスフィンクスの口の中。


 もう一度、この化け物が流血するのか確かめたい、という欲求に対しては不向きだが、とりあえずこの囚われの身から脱したい、という欲求には役立ちそうだ。


 チュンッッ……!


 引き金を引く。

 くぐもった音がスフィンクスの口蓋の中で響く。


 だが、スフィンクスは微塵もそれを気にした様子がない。

 まともな生物であれば、ダメージが通らないはずはないのだから、やはりこのスフィンクスは――


(――今は、そんなこと確認してる場合じゃないか)


 GTの様な懐古趣味は持ち合わせていないので、リロードは自動で行ってくれる。


 チュンッッ……!


 さらにもう一撃。

 ほとんど無駄だと諦め半分で放たれたその銃撃。


 だが、スフィンクスは突然動きを変化させた。


 まず、その頭を大きく下に振る。

 もちろん口に咥えられたエトワールもただでは済まない。


 振り回され、そのために生じたGがエトワールの全身を打ちのめす。


「クッ、……ゥゥ」


 もはや銃撃どころではない。

 それが収まった瞬間、今度は逆にGが働いた。


 スフィンクスが頭を振り上げたのだ。


 そして、ベクトルが完全に上向きへと切り替わったところでエトワールは解放された。


 エトワールは為す術もなく空中へと放り出される。


 この急激な慣性への挑戦のために、エトワールにはサンドホバーから投げ出されたとき以上のダメージが蓄積された。

 もっとも、あの時はGTに庇われていたのだが。


 それでも意識を失わないでいられるのは、さすがと言うべきか。

 漏れ出しそうになる悲鳴を奥歯で噛みしめて、逆に目をしっかりと開く。


 情け容赦のない太陽。

 抜けるような、雲一つ無い青い空。

 どこまでも続く砂の海。


 そして、スフィンクスの上にいる半裸の男。

 それを確認したエトワールは、今度こそ状況を理解した。


                       ~・~


 左足で砂地を蹴り、地面とほぼ水平に跳躍する。

 その時すでに右足は正面へと真っ直ぐ伸ばされていた。


 右手はボルサリーノを押さえていて、左腕からは力が抜かれている。

 どうやら跳躍の際にバランスを調整しているらしい。


 やがて右足が砂地に接地する。


 普通ならそこで、右足を駆動させるところだが、砂地の上でそれでは足を取られるだけだ。


 感覚としては、右足でその足裏の砂を圧縮していく。

 そうやって堅い足場を形成しておいて、順次畳んでいく感覚で右脚を撓め――


 ドン!


 一気に力を解放。

 GTは再び水平に吹っ飛んでいく。


 最初は力任せに砂地を走っていたGTだったが、しばらくするとこの幾分かは効率の良い方法を編み出した。


 これで疾走するスフィンクスとの差が広がることはなくなった。

 いや、僅かばかりではあるがスフィンクスとの差は縮まりつつある。


 時を置けば、あるいはGTはスフィンクスに追いつけるかもしれない。


 だが――


「モノクル」

『あなた、この状況で話をすることが出来るんですか!?』


 モノクルの声は純粋な驚きで満ちていた。


「そんなことは良い。さっきのは何だ? あの化け物をどう倒す?」

『一つの推測はあります』


 現状の最大の問題点は、そのスフィンクスの正体が全くの不明だということだ。

 特にあの流血。


『あなたの服が特別仕様なのは話しましたよね。恐らく設計思想アーキテクチャは同じです。ダメージを受けた部分を自動的に切り離して、ダメージの波及を他に及ぼすことを阻止する』

「特別でなければどうなる?」


『破壊力はそのまま伝播して、対象にダメージを与え、それが規定値に達すれば消失する』

「それで説明できないのもあるぞ」


『そのあたりは実はアバウトなんですが……忘れてはいけないのは、弾丸にもダメージは蓄積するということです。そして弾丸の多くは金属製で酸には弱い』


「――つまり攻撃を加えると、向こうも噛みついてくるわけか。そのためにダメージが大幅に軽減される。となるとあの血に見えたのは……」


『酸かどうかはわかりませんが、弾丸への対抗物質でしょうね。そしてあの化け物の中に満たされていて、動きもコントロールしているのではないかと。それに加えて水分子一つ一つが独立していて、ダメージの波及を防いでいる。一石三鳥ぐらいのアイデアですね。あれは』

「よくわかった」


 跳躍を続けるGTは、モノクルの説明に納得して見せた。


「で、対抗策は?」

『銃じゃ無理です』


 端的な答え。そして、続きを待つGT。

 だがモノクルの言葉はそこで止まってしまった。


「……おい」

『もはや現場の工夫に頼らざるを得ない状況でして』

「なんと役に立たない……」


 その時、スフィンクスの速度が僅かながらに鈍った。

 そして空へと投げ出されるエトワールの姿をGTは観る。


 スフィンクスがそのような行動を取る理由を考え、GTも状況を理解した。


               ~・~


 状況。


 それはスフィンクスは生け贄を運ぶだけの装置ではなく、謂わば移動式の枕席。

 これほどの巨大生物の背中となれば、その上部はさほどの影響はない。


 しかも自然発生したわけではないこのスフィンクスは、走るに当たってそのあたりも加味されて創造されているに違いない。

 それでも消しきれない上下運動は――


 ――言わずもがなであろう。


 巨獣の背中に投げ出されたエトワール。


 柔らかい毛の上に落ちた為にダメージは少ないが、己の意志とは関係ないところで、あり得ない動きに蹂躙され続けた結果、すぐには立てるはずもない。


 三半規管が深刻なダメージを受け止め切れないでいる。

 だが、自分の状況はわかる。


 ここで動かなければ、あらゆる意味で蹂躙される。

 動く――物理的に動けなくとも、意志を動かせ。


 自分にはまだ技がある。


 認識阻害――それを引き起こすための心構え。


 ――生きながらに殺されていたあの日々を思い出せ!


「……消えた?」


 声が聞こえる。

 この声で自分の能力が発動したことがわかった。


「だが、だめだなぁ。わかるわかるぞおまえの居場所は」


 飢えた声だ。

 まさか臭いでわかるとか言い出すのだろうか?


「お前が落ちてきた場所はわかる」


 エトワールは、ずりずりと這いずってその場を移動した。


「今、移動したな」


 声が近づいてくる。


「お前の姿は確かに見えないがな、毛の動きまでは消せないなぁ」


 毛?

 エトワールは自分を柔らかく包み込んでいる毛を睨み付けた。

 こ、こんな馬鹿な状況、想定できるはずはない。


「さて、お前の毛触りはどんな具合かなぁ?」


 最悪だ。

 その最悪が空に身を躍らせ、自分にのし掛かってくる。


 狙いは微妙にずれていたが、伸ばした指先――アガンの指先がエトワールの髪に触れた。

 そこにいる、と確信されてしまえば認識阻害は意味をなさない。


 アガンはそのままエトワールの髪を引きずって、自分の身体の下にその身を組み伏せた。

 エトワールのパワーに対抗できるパワーをアガンも有している。


 ポタリ、とエトワールの鼻にアガンの涎が落ちてきた。


 この世界の妙な再現性の高さに憤りながら、エトワールは顔をそらす。

 アガンはそんなエトワールを、視線でねぶる。


 そして、ふと何かに気付いたように表情を変えると、ぼそりと呟いた。


「お前……もしかしてリュミスか?」


 ビクン!


 と、身体が反応するのをエトワールは抑えきれなかった。


「やっぱりそうだ。天国への階段EX-Tensionで調子に乗ってアイドルだとか言ってる跳ねっ返り。リュミス・ケルダー。何だってこんな事をしている?」


 アガンの右手がエトワールの両手を押さえる。

 空いた左手で、エトワールの顎を掴み強引に自分の方を向かせようとするアガン。


 ここに来てようやく、エトワールは自分に出来ることを思い出した。


 切断ダウンすればいいのだ。


 あのピラミッドから引きずり出し、この場にアガンがいることで、囮としての役目は十分に果たしている。

 あとはGTに任せておけば、きっと何とかするはずだ。


 現実への復帰を望む。


 いつも限界時間を迎えて切断ダウンしていたために、自分の意志で復帰を果たしたことはほとんど無い。

 だが、それを願えば確実に切断ダウン出来るはずだ。


 この危機から脱出できるはずだ――った。


「逃げられないよなぁ」


 アガンの舌がエトワールの首筋を舐め上げる。


 その感触と、その言葉と。

 両方がエトワールの全身の毛を逆立てた。


「お前も妙な能力を持っているようだが、俺もそうなんだよリュミス」


 もはや、アガンはその名に確信を持っているようだ。


「俺に触れている限り、切断ダウンはできねぇぜ。俺の欲望の強さがシステムに干渉してるらしい。詳しいことは俺も知らねぇがな」


 アガンの左手が、エトワールの胸をまさぐる。

 その感触に怖気が立つ。


「――やめなさいよ! この下手くそ!」

「ああ? 当たり前だ。お前が気持ちいいかどうかとか、俺は考えねぇ!!」


 アガンの手が、ビスチェ風のエトワールの服を引き裂いた。


 エトワールはバストが外気に晒されたのを感じる。

 思わず悲鳴を上げそうになるが、それを意志の力で押さえ込む。


 ここで弱みを見せたら負けだ。


 粘つく視線が絡みついているのも感じたが、それも無視。

 復讐を誓うが、それを口にしたりもしない。


 言ってしまえば、この場の負けを認めることになる。


「……なんだお前、GT好みのカラダしてるじゃねぇか」

「はぁ?」


 しかし、このアガンの言葉は聞き咎めた。


「あんた、何言ってるのよ!?」

「隠すなよ。どうせあいつともよろしくやってるんだろ。男と女、揃ってしないはずねぇもんな。俺にもヤラせろよ」


 そう言って、ヒャハハッハ、と下卑た笑い声を上げるアガン。


「……何度も思っていたけど、改めて言ってあげるわ。アンタ最悪よ」


「お前はその最悪な男に今から犯られまくるんだよ! 切断ダウンも出来ないんだぜ。よがり狂って、てめぇの方から股を開くまで、徹底的にヤッてやるからなぁ!」


 アガンの左手が再び、エトワールの顎を捕らえた。

 そのまま顔を近づけてくるアガン。


「まずは、お前の唇をねぶらせて貰おうか。お前の唇にはこれから色々と働いて貰わなくちゃならないからなぁ。誰がご主人様なのか、教えてやるぜ!」

「誰が!」


 その言葉を即座に否定しようとするエトワール。


 だが、その言葉の裏でエトワールは感じていた。

 心の中に諦めが侵入してくるのを。


 あの化け物じみた能力を持つGTが今の今まで、この場に現れないのだ。


 これで都合良く、GTが間に合うなどという容易い未来をエトワールは信じることが出来ない。

 そういう未来を信じなかったからこそ、今の自分がいる。


 だからこそわかる。


 今から自分は屈辱的な目に遭わされる。


 それに抗う事を止めたりはしないが、今はとにかくやり過ごしてしまおうという、謂わば保留する知恵が働き始めていた。

 そしてエトワールは、その時初めて正面からアガンの顔を見据えた。


 けばけばしい化粧に彩られた、アガンの顔。

 しかし、ここまで近づけられたこの状態ではその化粧もほとんど役に立たない。


 アガンの唇が、エトワールの唇を蹂躙するその直前。

 エトワールの唇が、ほとんど意識しないまま、ある名前を呟いた。


「……カイ? カイ・マードル?」

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